日常――3
目指す『ドワーフの街』は、『あかスライム』の出没する荒野の先にある。
荒野では『あかスライム』狩りが盛んだったが、それに混じっても益は少ない。しばらく、ただ歩くだけの行程となった。
「ところでこのタケルの『ダガー』……なんで根元のところがギザギザしてるの?」
「ああ、それ、『ソード・ブレイカー』って言うんですよ。相手の剣を折るのにそうなってんです」
「えっ? そんなことできるの?」
「……あれ? このゲームだと……できない?」
説明役を買って出ていたリルフィーは、そこで詰まってしまった。
「このゲームの武器は絶対に壊れないから、『ソード・ブレイカー』付きでも意味はないな。ようするに飾りで……フェイクだ」
厳密には心理効果があるが、そこまで説明しなくても良いだろう。
「やたらガード……ガード?が大きいのも飾り?」
「ああ、それは違うっすよ。それは細かく言うと『マインゴーシュ』っすね。『ソード・ブレイカー』付き『マインゴーシュ』になります」
さすがリルフィーだ。この手の厨二臭いアイテムを語らせたら右に出るものがいない。
「逆手で持って、盾みたいに使う武器だからな。ガードが大きいほうが便利なんだ」
「逆手? こういうこと?」
そう言って、カエデは『ダガー』を『逆手に』持ち変えた。
まさかの『逆手論争』か?
「違う、違う。利き腕じゃないほうで持つって意味」
「ああ、逆腕って意味ね!」
だが、カエデは最初に勘違いした意味で、『ダガー』の持ち方を悩みだしてしまった。
順手で持ったり、逆手で持ったり、何度も試してみては首を捻っている。
「ねえ、短剣ってどう持つのが正しいの?」
どうやら『逆手論争』の開始らしい。
「そりゃ当然、逆手に持つのが正解っす!」
「……なんで?」
「かっこいいから!」
自信満々にリルフィーが答えるが、カエデは納得いかないようだ。
短剣の持ち方は二つの流派があり、そのどちらが正しいかで議論になることがある。俗に言う『逆手論争』だ。
普通に剣を持つように、刃が親指側から出るように持つのが順手だとか、サーベルグリップなどと呼ばれる。小指側から刃がでるように、普通とは逆に持つのが逆手持ちだ。
「基本的にどっちでも良い。自分のフィーリングに合っている持ち方が正解だぞ」
「じゃ、逆手で決まりですよ、カエデさん!」
やけに逆手を推すリルフィー。
「……タケルはどう持つの?」
さすがにそれで納得はいかないのか、カエデは食い下がった。
「俺は……短剣だけで戦うときはサーベルグリップ。他と合わせる時は逆手にしている」
「どっちが正解とかないの?」
「調べた範囲で、絶対に正しい持ち方は判明しなかった。ただ、いくつかの事実は知ってる。まず、逆手持ちが基本の剣術流派は存在しない。だから、短い剣として使うなら逆手はあり得ない」
二人とも興味津々で聞き入っている。そんなに気になることか?
「次に逆手持ちのメリットは二つある。一つは手首の内側を晒さないで良いこと。もう一つが突き刺すときに強い力が掛けられること。色んな意見はあるが、この二つは否定できない」
「じゃあ、逆手っすね!」
やたら逆手推しだな! あれか? 死んだ爺さんに遺言されたとか……その類のことでもあるのか?
「あれ? でも……」
「カエデの考えている通りだ。急所の手首を隠せたり、強い力で刺せるとかは……ゲームじゃ全くメリットにならないんだよな」
「そ、それは逆手が不利という理由になりませんよ!」
ああ、理解した。リルフィーは『逆手で持たなきゃ死んじゃう病』だ。
「一応、ナイフコンバット……短剣を持って格闘戦の距離で戦うなら、逆手の方が都合が良いこともある。でも、基本的に長物相手なんだから……重視するべきじゃないな」
それでとりあえず、二人とも納得したようだ。……リルフィーはいまいちではあるようだが。
「……でも、珍しいっすね。タケルさんが投げれない『ダガー』にするのって」
まぐれ当たりなのか、珍しくリルフィーが冴えたことを言い放った。付き合いが長いと色んなことを知られてしまうから厄介だ。
「飛び道具はこれで十分」
そう言って、鎧の隠しから『スローイング・ダガー』を取り出して見せた。
「全体的には用途に合った武器を使い分けるのが正解だ。複数持ち歩いてもかさ張らないし、重くもない。メニューウィンドウから取り出すだけだからな。一つの武器で賄おうとするのはナンセンスだ」
……この意見は説得力に欠けるかもしれない。
「一つの武器で――」という思想の最右翼が、史実ではトンデモ武器だった『バスタード・ソード』である。片手剣と両手剣を一本で兼ねようとした、十得ナイフならぬ二得ソードで……運用実績は惨憺たる有様だったと聞く。
その『バスタード・ソード』を愛用している奴に言われても、納得いかないだろう。
「これは、これは……良い物をお持ちで」
そう言いながら、ネリウムが近づいてきた。
さっきまで興味なさそうな感じ……それどころか軽く呆れていた感じで、会話には加わらなかったのに……いつの間に?
そのまま何気ない仕草で、『スローイング・ダガー』を取り上げられてしまった。いや、まあ……一本くらい良いのだけれども。
だが、まだ期待に輝いた目で俺を見ている。
試しにもう一本取り出すと、深く肯きながら奪い取っていく。……それに、まだ満足していないようだ。
「いや……あの……『スローイング・ダガー』といっても……これ『鋼』グレードだから……それなりに値段も……」
俺の言葉に何度も肯くネリウム。そして、満面の笑みで両手を差し出してくる。
諦めよう。人間、諦めが肝心だ。溜息をつきながらメニューウィンドウから手持ちの在庫を取り出す。
遠慮なくネリウムは必要分を確保した。……ごっそりと。
「これで当面の武器が確保できました」
満足したと言わんばかりの様子だが……完全に強盗ですからね?
しかも、便乗してリルフィーもやってきやがった! 遠慮がねぇな、この主従は!
「ちょっ! もう少しくださいよ!」
「うるせえ! 三本もあれば十分だろうが! 贅沢いってないで、使ったら拾え! 使い捨ての武器じゃねぇんだぞ! ……カエデは三本で良いのか? 好きなだけ持っていっても良いんだぞ? アリサも遠慮するなよ?」
「ボクは三本もあれば……仕舞う場所もないし」
「わ、私は杖がありますから」
「……贔屓だ」
「お前ら二人で手持ちの半分持っていったんだぞ!」
「ネリーは身を守る手段が『スローイング・ダガー』しかないんすよ? 多く持っていないと不安なんです」
そうなのかもしれない。そうでないのかもしれない。だが、それは俺が配慮するべきことなのか?
「なにが『ネリー』だ、この『リーくん』め! 大方……『君の剣は俺だ』とかなんとか言ってたんだろうが!」
この嫌味にはぐうの音も出まい! ……と、思ったのに、なぜかリルフィーの奴は顔を真っ赤にしやがった! そしてネリウムも顔を赤くし――
「やだ……タケルさん……見てらっしゃったのですね」
なんて言いながらモジモジとしだす。
……やる気しなくなった。怒る気にもならない。その場に寝転んで、意味不明の単語で鳴く生き物になりたい気分だ。
「……素敵」
なぜその結論になるのか不思議だが、アリサまでそんなことを口走り始めた。
よし、なんて鳴く生き物になろうかな!
直球だが、やはり、「しねぇー」なんてどうだろう? ヤギばりにビブラートを掛け「しねぇー」と鳴く、死んだ目で大地に寝っ転がったままの友人。
その大惨事を見れば、この二人も反省するはずだ!
「あ、ほら! ゾーンが変わるよ、タケル! そろそろ警戒しないとね!」
気まずさで顔を赤くしたカエデが話題を変えたので、大地へのダイビングを披露し損ねた。
……あとちょっとだったのに!




