日常――1
結局、明け方に緊急メンテがあった。
システムメンテナンスをする場合、いったん全プレイヤーを強制的にログアウトさせ、それから作業に取り掛かるのが一般的だ。
そのメンテナンスでも、問題対応で止む得ず行うのが緊急メンテになる。
場合にもよるが、緊急メンテは運営にとって敗北宣言に近い。
不具合があった。それも急いで対応の必要があるということだ。また、正式サービス開始から二十四時間も経っていない。未完成でのリリースと誹られても、一言も言い返せないだろう。
ある意味、大勝利である。
作戦は一定以上の成果があり、運営すら脅かした証拠だ。あと二日、いや、一日あれば完全勝利できただろう。
当事者になるのが――ゲームの仕様を変えさせた張本人になるのが、多くなってきたが……いつも感じることがある。
それは仕様変更されても、基本的に困らないことだ。
今回で言えば、今後、『錬金術』で各種材料を好きなだけ確保とはいかなくなる。確かに痛い。計画を立て直す必要がある。
でも、それだけだ。
新しいルールは全員に適用されるし、すでに確定した結果が取り消されたりもしない。
むしろ、利益が全く無かったのに、新しいルールに従わねばならない一般プレイヤーの方が大変だ。
MMOの仕様変更、特に今回のような修正では、常にこんな結果な気がする。
問題を起こす者より、一般人の方が常に割を喰う。
……考えすぎか?
待ち合わせ場所には、ネリウムが先に到着していた。
まだ、こちらには気づいていない。
慣れてしまった感があるが、やはり目立つ人だ。……アクが強すぎるが、間違いなく美人ではある。……変わり者でもあるが。まあ、俺に実害が多いわけでなし、気にしても仕方がない。
とりあえず、挨拶をと思ったところで……ネリウムに近寄っていく男に気がついた。
十中八九、ナンパだろう。厄介なことになりそうだ。
知り合いの恋人……違うな、なんだかしっくり来ない。知り合いの恋人、彼女、配偶者、パートナー、つれ合い……どれも正確じゃないな。
しばらく考えていたら、唐突に正しい表現が閃いた。
知り合いのご主人様だ! これが正解だろう!
で、その知り合いのご主人様がナンパされそうなんだが……俺はどうしたもんだろう?
ナンパ男を追い払うべきだろうか?
これがカエデやアリサのことなら悩みはしない。「ふざけんなよ?」といって、ナンパ男をぶん殴るだけだ。だが、ネリウム相手にそこまでしていいものなんだろうか?
リルフィーなら実力行使も辞さないだろう。あれで気の短いところがある。すると、奴の代理をしなきゃならん俺としては、強面に対応するべきか?
このような不思議な状況になるたびに、リア充の奴らに感心してしまう。敵ながら凄い奴らだ。こんな問題は考えるまでもないらしい。
まあ、義理ぐらいは通そう。
だが、とりあえずナンパ男を止めようとしたら、先を越された。
「新人……ナンパか? あの人は止めとけ」
「……なんだよ、お節介な奴だな。ほっといてくれ」
「知らないようだから教えてやる。あの人は『ブラッティさん』だ」
「はあ? なんだそれ……どういう意味なんだよ?」
「……『ブラッティさん』は『ブラッティさん』だ」
意味不明の会話は続いていたが、そんなことはどうでもいい! 世の中で交わされている会話の全てが、理解できなくても生きていける!
「やあ、ネリウムさん! 待たせました?」
少し声が上ずったが、揉めている二人の男にも聞こえただろう。
……これでリルフィーへの義理は果たしたし、『ブラッティさん』の犠牲者も出さずに済んだはずだ!
俺を認めたネリウムは、じろじろと遠慮ない視線で上から下まで観察してきた。
「……なるほど。今朝の緊急メンテはそういうことでしたか」
さすがに賢い。一を見て十を知るだ。
これでリルフィーを見て、何も知れてないのが謎でならない。
「死亡ペナルティで制限になりましたから、未だに作れますけどね」
「死亡ペナルティで? ……何分です?」
「五分で一つ」
省略した情報だが、ネリウムにはこれで十分だ。
実際、納得したのか何度も肯くようにしている。
「こちらからも情報が……灯が復帰している様なのです」
その名前を思い出すのに、しばらくかかった。β初日以来、ログインしてなかったようなのだが……正式サービス開始に合わせて戻ってきたのだろうか?
「見かけたんですか?」
「いえ、私ではなく、リーくん………………リルフィーさんが見たそうなのです」
『リーくん』だ。
おそらく、二人っきりのときは『ネリー』、『リーくん』と愛称で呼び合っているのだろう。いや、別にそれはいい。それは個人の自由だ。「リルフィーが『リーくん』という面か?」なんて思わなくもないが……それはいい。
ただ、顔を真っ赤にしないで欲しかった。こっちの方が恥ずかしくなる。
「え、えっと……別に灯は敵というほどの脅威ではないですし……」
「し、しかし……また同じベースアバターのようなのです」
となると、ネカマ活動をするつもりか? 厄介ごとの臭いがする話だ。
……それよりも、いい加減に平静に戻って欲しい。
美人が頬を染めているのは、綺麗ではある。だが、これだと……俺が苛めているかのようじゃないか!
「あ、タケル! ネリーを苛めてるな? そんな悪い奴は……ボクが相手だ!」
そう言いながら、カエデも待ち合わせ場所にやってきた。おどけるように、何か武術の構えみたいなポーズをとっている。……実に可愛い!
「ごめんね、待った?」
すぐに可愛らしい神拳の構えを解き、そんなことを聞いてくる。
思わず動揺した。
誰だって積年の夢が叶う瞬間は動揺するはずだ。
「待った?」と聞かれ、「いま来たところ」と答えるのは……誰だって『人生で一度は言ってみたい台詞』リストに入れてるんじゃないだろうか?
だが、落ち着かねばならない。噛んだり、声が裏返ったりしたら最悪だ。
俺は落ち着いているか? ……大丈夫だ。
よし、いまこそ万感の思いをこめて「いま来たところ」と――
「私達もいま来たところですから」
そう言うアリサは探すまでもなく、いつのまにか定位置……俺の左側にいた。アリサはいつも俺の左側にいる。それはいい。それは俺とアリサの日常だ。
ただ……ほんの僅かに……アリサが悪戯をした猫のようだったのは……気のせいか?
まあ、気のせいに違いない。たまたま先に言われてしまっただけだ。
「もう、みんな集まってたんですね。……待ちました?」
そんなことを言いながら、最後にやってきたのは……リルフィーだ。
……なぜかドヤ顔なのに腹が立つ。
「うっさい、はげろ!」
「ちょっ! タケルさん! 久し振りなのに、最初の一言がそれですか?」
まあ、これが……いつもの俺達って奴だ。




