新人勧誘――2
「入団希望のハイセンツ君。こちらはタケル大尉だよ」
ヤマモトさんが紹介してくれた。
「ハ、ハイセンツです! ……であります? とにかくハイセンツです」
「……タケルです。あー……やりたいなら止めないけど、堅苦しくしないでも。俺も気楽に話すし」
ハイセンツはなんというか……普通だった。
さすがに緊張はしている。そりゃそうだろう。なぜか一人だけ特別な面接だ。不思議に思わないはずがない。せっかちな奴なら、面倒臭くなって諦めるくらいだろう。
しかし、それを除けば俺と同世代の感じで……とりたてて変に思えることもない。
それに見覚えがないから、俺が外部でリクルートした奴では無さそうだ。
ありとあらゆる集団は常に新しい血を必要とする。
それはMMOのギルドも同じだ。
普通のギルドなら何も考えず、適当に新人勧誘すればいい。だが、条件が厳しかったり、敵対ギルドがいたり、目的が特殊だったりすると……気楽に勧誘とはいかなくなる。
例えば適当に集めた相手が、リア充だったら?
それを避けるべく、『RSS騎士団』ではスカウトや紹介が中心だ。
最初から適正のある者だけ勧誘すれば、お互いに不幸なことは起きにくい。これは本気の攻略をしているギルドや、戦争などが激しいMMOなどでも一般的な方法だ。
利害が一致しない仲間や温度差があるメンバーなんて、不和の元にしかならない。
また、βプレイヤーはβプレイヤーで、人間関係を掘りつくした感がある。
いくらなんでも全てのβプレイヤーと顔見知りではないが、知り合いの知り合い……少なくともそのまた知り合い程度で、全βプレイヤーを網羅しているはずだ。
これがMMO特有の面倒臭さを引き起こす。
敵の味方は、どちらかといえば敵。理解できるはずだ。
では、味方の味方は? 敵の敵は?
『味方の味方は、味方』、『敵の敵は、味方』と簡単に判断はできない。
例えば『聖喪女修道院』は友好ギルドであるから味方だ。
だが、『聖喪』は『聖喪』で『不落の砦』と同盟を結んでいる。つまり、『不落』は味方の味方だ。
では、『RSS騎士団』と『不落の砦』は味方同士だろうか?
残念ながらそうはいかない。良くて消極的な敵対関係程度だ。いつ本格的に事を構えるか解ったもんじゃない。
全プレイヤーは誰かと利害関係を持って当たり前だし、それはどこかで『RSS騎士団』と繋がる。
こちらでも味方になりそうな人には、片っ端から声を掛けたし……敵になる者も、まあ、順当に敵となってしまった。
もう、『RSS騎士団』が探せる人材はゲーム内にいない。
そこで正式サービス開始などの、大きな節目でしか使えない手だが……ゲーム外で勧誘してみることにした。まっさらな環境から探せば、色々な因縁はない。
ここに集まっている入団希望者はゲーム外での勧誘に応えた者達だし、見覚えがあるのは俺が直接リクルートした相手というわけだ。
ハイセンツの志望動機は、思わず同情したくなるものだった。
一言でいえば女性不信だ。
ハイセンツは憧れの女性に告白、なんとOKを貰う。それだけなら「おめでとう。今度は戦場で会おう」程度なのだが……その相手が性質の悪い女だった。
結論から言えば四股……ハイセンツが四股目だ。
その怒り、悲しみ、嘆きを……『RSS騎士団』で正義の刃へ昇華させようというのだが、なんの不思議もない。むしろ、納得の志望動機だ。
確かに原則的には副団長預かりの案件ではある。
だが、なんで副団長は悩んじゃっているんだ?
「タケルく……大尉、その志願者なんだが、『第二王子』なのも報告しておくよ」
考え込む俺に、副団長直属部隊の一人が小声で囁く。
「……説明はしました?」
「した。むしろ気に入ったみたいだ」
……もしかしたら、その辺が引っ掛かっている理由か?
『第二王子』とは『僧侶』のステ振りパターンの一つだ。
この『セクロスのできるVRMMO』でもソロ志向のプレイヤーは多い。
体力型の『戦士』系統で回復薬を使いまくるか、全ての能力値を近接戦闘に注ぎ込んだ『僧侶』がソロ向きと考えられている。
もちろん、『知力』や『魔力』を上げてないから、『僧侶』としては最低の働きしかできない。
『腕力』『器用度』『体力』を上げて強くなっているとはいえ、あくまでも『僧侶』としてだ。『戦士』には遠く及ばない。
接近戦能力と僧侶魔法を両立したハイブリットとみなすか、どっちつかずの産業廃棄物とするかは……俺とカイの間でも意見が対立している。
ただ、集団としてはソロ志向プレイヤーは完全なお荷物だ。
『戦士』一人分の戦力としても、『僧侶』一人分の回復力としても勘定できない。ソロに向いているだとか、ソロが上手いなんていうのは……最も重要なパーティプレイが苦手と言い換えれる。
そう考えられたら、敬遠されるかもしれない。……ヤマモトさんにしては珍しいが。
ちなみに入団希望者には、能力値割り振りを申告してもらっている。親切として、大惨事回避のためだ。
もし一ポイントでも『魅力』に割り振ったら大失敗である。メリットがなさ過ぎて、弱くなるためとしか考えられない。まかり間違って、『魅力』全振りなんてしてしまった日には……。
その事実の指摘は早ければ早いほどいい。
何ヶ月もの苦難のレベリングの果てに「お前のステ振りありえねぇから!」などと言われたら……心の弱いものなら引退もありえる。
悩んだが、結局は受け入れることにした。これも縁というものだろう。ただし、釘だけは刺しておく。
「君は入団したら『情報部』に配属される。そこは裏方作業ばかりで、決して目立たない部門だ。それでも良いか? ああ、ステ振りについては歓迎しないが、変えるように強要もしない」
俺の問いかけに、ハイセンツは力強く肯いた。
キャラクターの強さなんて、究極的にはどうでもいい。仲間として信用できるかが一番大事だが……十分に期待できそうじゃないだろうか?
俺の決断を待っててくれたのか、全員が動き出した。
予定ではVRMMOに慣れている者は本隊に合流、初心者はチュートリアルと基礎的な説明会のはずだ。
俺もとりあえず、本日の任務は終了となる。
ようやく肩の荷が下りた気分だ。夜には先生方のところへ顔を出すが、それまでは自由にできる。なにをしていようか。
アリサやネリウム、リルフィーは狩りに出ているだろうし、カエデはログインしていない。
一人で遊ぶのもつまらないし、街をブラブラして知り合いでも探そうかと思ったところで気がついた!
俺、ログインして結構時間経つのに……全く狩りしていない!
末期のMMOプレイヤーが陥るものに、ゲームのチャットルーム化というのがある。
日がな一日、ログインしては知り合いと話すだけ。……実に退廃的だ。
いや、そういう日があってもいいと思うけど、初日に――正式サービス開始初日にその境地はまずい!
不思議な焦燥感に追い立てられるように、俺は『ゴブリンの森』へ走った。




