新人勧誘――1
宿屋を見るたびに疑問を覚えることがある。
この宿屋の仕様は謎だ。なぜか妥当な数しか部屋がない。
この説明だと理解しがたいと思う。しかし、それは道理に合わないことなのだ。
VRゲームでは物理法則を『必ずしも』守らなくて良い。同一の人や物が重複しててもいいし、空間が歪んでたっていい。再現さえできれば、辻褄が合っていることになる。
チュートリアルでお世話になるNPCなどは良い例だ。
第三者からだとチュートリアルを頼むプレイヤーは、NPCによってテレポートさせられたかのように見える。NPCはその場に残るからだ。
しかし、当事者のプレイヤーからすると、NPCと一緒にテレポートしたと感じる。NPCも移動先にいるからだ。
つまり、誰かがチュートリアルを頼むたびに、NPCは一時的に増えている。
三次元的に繋がっている空間でこのようなことをやると、内部的な辻褄あわせが大変らしいが……テレポート先は完全に孤立しているから問題ない。
解析チームの調査でも、同時に十人までは確認できている。……さらに調査を続けようとしたところで、待ったを掛けた。『教授』はご立腹だったが、何事にも限度というものはある。
とにかく、似たような方法で宿屋の部屋も、増やすことができるはずだ。
だが、実際には見た目通りで、二階の数部屋しか存在しない。四次元的なインチキ無しだ。シームレスに各部屋を移動できたりで、丸ごと占拠している俺たちには便利だが……インフラとしては疑問視せざるを得ない。
宿屋は『砦の街』に二軒、南の街に一軒しか確認できてないから、全部で十数部屋しかない勘定だ。十万人規模に対し、十数部屋では足りなすぎる。
『教授』によれば、デザイナーの主義主張とシステム面での意義があるらしい。むくれたままの『教授』はそれ以上のことを教えてくれなかったが。
……どうしてスペシャリストってのは扱いづらい人ばかりなのだろう?
理屈はともかく、それなら占拠するのは簡単だ。
俺が入る前の『RSS騎士団』がやっていたように、出入り口を封鎖する必要はない。全ての部屋を借り続けるだけで占拠しきれるし、リア充の野望もあらかた阻止できる。
リア充が目的達成するには『パンツ』が邪魔だ。
『パンツ』を解除できるのは宿屋か街の外だけだから、宿屋を押さえれば街中の対処は十分で……街の外でならいくらでも実力行使で止めることができる。
『パンツ』とはプレイヤー達が使っている通称で、βテストで緊急実装されたシステムのことだ。他に『貞操帯』などとも呼ばれている。
表向きには『マラソンマン事件』が実装のきっかけだ。
世の中には色々な趣味の人がいるもので、飾らない自分自身を見てもらうのが好きな人もいる。もちろん、そんなことは許されやしない。リアルでそんな自己解放をしたら、すぐ警察に捕まる。……春先にはよく聞く話だ。
だが、βテスト開始直後、止める方法は何もなかった。
それに気がついた無駄に賢い男が、文字通りに赤裸々な自分を見せて回ったのが……通称『マラソンマン事件』だ。
……事情を知る関係者全員が堅く口を閉ざす、もっと深刻な事件もあったが。
宿屋に入ると『RSS騎士団』のメンバーと大勢の部外者がいた。
メンバーの方は副団長のヤマモトさんを中心とした、副団長直属部隊の面々。部外者の方は半分は顔見知り、半分は初対面といったところだが、全員が入団希望者のはずだ。
なぜか入団希望者の一人と対応しているメンバーが口論している。気にはなったが、まずは副団長に挨拶だ。
目指す副団長は……部屋の隅で居眠りをしていた。
……なんというか、力が抜けることこの上ない。見かけるたびに居眠りをしている気がするし、VRゲーム中に眠れることにも驚く。
見た目もなんというか……複雑な気分にさせられる。いや、かっこ悪いとか、だらしないからではない。
目上の人に言って良いのか疑問なんだが、全体的に小動物じみた印象を受ける。……それも愛玩動物の系統だ。
また、なぜか頭頂部の辺りだけが薄い。
その薄くなった部分を残った左右の髪隠しているのだが、なんでそんなことをしているんだろう? 気になるなら頭髪再生医療でも受ければいいと思うのだが……ポリシーなんだろうか?
そんなヤマモトさんが居眠りしているのだが、これがいつも試練だ。
用があるから会いに来たわけだが、どうやってこの……幸せそうに居眠りするお父さんを起こせばいいのか。何もできずに葛藤していると――
「……ああ、タケル君か。どうかしたのかね?」
気配を察して起きてくれた。
「……おはようございます。予定通りに様子を見にきました」
「君も心配性だね。若いうちから心配しすぎると……僕みたいになっちゃうよ?」
などと面白そうに言うが……まるで笑えない!
これ笑ったほうが良いのか? 失礼にならないか?
「ところで……あれは?」
曖昧な愛想笑いをし、目の前の口論に話題を変える。
「ああ……独断で悪いけど、彼は断ったよ。五分五分でSだろ、あれは」
「なるほど。副団長がそう判断するなら、俺は支持します」
副団長が言う『S』とはスパイのことだ。
スパイなんて大げさと感じる人もいるだろうが……プレイヤー間の争いが激しいMMOでは常道手段でしかない。
ある意味、MMOはスパイ天国だ。
仮にスパイと発覚したとしても、MMOでは失う物は何もない。現実なら命がけのミッションだが、駄目で元々の気楽さで仕掛けられる。僅かな情報で戦局が左右することはありえるし、重大な局面で裏切られたら大損害だ。
また、スパイ対策をしながら人員増強しなければならない。実際、いるかいないか微妙なスパイより、対策の方が面倒だ。
「タケル君に聞いた時は大げさだと思ったんだが……いるもんなんだねぇ。あと、悩んでいるのがもう一人いるんだ」
「……よほどの相手じゃなきゃ、疑わしきは入れずの方が良いですよ? ただギルド加入するだけで怪しく感じるなんて……そいつはよっぽどです」
「いや、Sの疑いがあるんじゃないんだ。その子は原則的には僕のところなんだろうけど、上手くやっていけるか心配なんだよね。タケル君のとこに頼みたいんだけど、引き受けれるかな? ……無理ならここで断ったほうが良いね」
だいぶ厄介な奴なのかもしれない。
ヤマモト副団長率いる直属部隊は、『RSS騎士団』で最も異色といえる。
そのメンバーは全員、元リア充なのだ。
過去にリア充だったどころか結婚経験があったり、現在も妻帯していたり、子供を持つ父親だっている。ヤマモトさんにしてからが、奥さんと年頃の娘さんがいるそうだ。
嫁と娘がいたら立派なリア充のはず?
俺も最初はそう思った。だが、そうではないのが人生の苦さらしい。
勇気を出してその辺のことを聞いたことがある。
「誰が悪いとか、何とかしなきゃとか……もうどうでもいいんだ。ただ、残業で終電になった夜、暗い部屋のテーブルにカップ麺が一つだけ置いてあるだけだったり……娘に洗濯物を箸で抓まれたり……僕には帰る家がないんだと悟ったよ」
そう、ヤマモトさんはさびしげに語った。
副団長とその直属部隊は、多かれ少なかれ似たような感じなのだろう。
ヤマモトさん達を認めない、裏切り者だとか背教者などと断じるメンバーもいる。ハンバルテウスの奴なんかが筆頭だ。
正しくはその通りなんだとは思う。
でも、俺達は――『RSS騎士団』であることを選んでからは、『正しさ』を第一義にしていないはずだ。少なくとも俺はそう思っている。
目の前にいるのは仲間かどうか。それが今の判断基準だ。
「とりあえず、詳しい事情と……できたら会ってから判断したいですね」
ヤマモトさんはしばらく考えてから、賛成の意として肯いた。




