支払われるもの――3
再び待機となったが……なぜか奇妙な感覚に囚われていた。
大事なことを忘れているのに、それでいて何なのか思い出せない。そんな焦燥感にも似た不思議な違和感だ。
……自分で思っているより緊張しているのか?
それとも本当に見落としたことが?
しかし、すぐに思考は中断された。
俺と同じように不機嫌そうなグーカに呼び掛けられたからだ。
「隊長、こいつが話があるとかで――」
……グーカに訊ねれば、何を忘れたのか教えてくれるだろうか?
そんなことを考えながら、紹介された人物を眺める。
しかし、その顔に見覚えはない。
それでも所属ギルドとプレイヤー名を調べてみれば、説明されなくとも素性は判った。
やはり名前は知らなかったが、所属ギルドは『流星会』だ。
こいつらにしてみれば、ギルドの仲間が絶体絶命のピンチにある。俺達と交渉するつもりだろう。無駄に思えても試すだけの価値はあった。
「総員、境界線に注意。全方位にだぞ。いま攻撃される可能性だって残ってるんだ。呼子笛を吹ける奴は、援軍要請も視野に」
交渉役を値踏みしながら、一応の警告はしておく。武力行使も解決方法に含まれるからだ。
それを聞いてニヤニヤ笑いで見物していたハイセンツ達も、慌てて周囲の警戒へ戻る。
……念の為に注意は促したものの、俺達は圧倒的な優位にあった。
さすがに少し悪趣味とも思うが、皆の態度も判らなくもない。それなのに――
なぜ俺の心は晴れない?
「あー……先に話しても良いか? まず最初に断っておきたいんだけど……俺達に逆らう意思はない。だから警戒なんてしなくても――」
そこまで言ったところで、交渉役の男は口を噤む。グーカに睨まれたからだ。
指揮権に対する横槍とも受け取れるし……他に気に入らないことがあるようにも思えた。
……グーカもなのか? でも、何が?
そんなことを考えながら、改めて交渉役を観察して……突然に思い出した。ギルド『流星会』についてだ。
確か最初に名前を聞いたのは、『聖喪女修道院』の姉さん達からだったと思う。
『大小賭博』を最初に始めたのが、こいつら『流星会』だったとかで……他にも色々な騒動を起こしているはずだ。イカサマがバレただとか、女性を質草にしようとしただとかの。
そして、そもそもアレックスはリア充に襲われたはずだった。
つまり、番の片割れも存在しているはずだ。
いまさらなボーンヘッドだが、我ながら呆れてしまうし……もしかしたら質草にされた女性というのは、その片割れか?
ほんの少しずつ間違え続け、いまの現状になった。
……そんな邪推すらしそうになる。
「自己紹介が後になってすまない。俺はギルド『流星会』のギルドマスターを務めさせてもらっているビクトルと――」
「駄目だ、駄目だ。交渉は受け付けない」
俺が憮然としていた隙に、抜け目なく交渉を再開するビクトルへ、乱雑に手を振りながら返答する。
「とにかく話だけでも頼むよ! まずは降伏を受け入れてくれ! それからコルヴスの非も認める。悪いのは俺達で、あんたらは被害者だ。その前提で条件を――」
話を続けるビクトルを観察しながらも、少し感心してしまった。
まず、この場へ赴くだけでも命懸けだ。
街の一部とはいえ戦争用区画であり、つまりはPK可能な場所となる。もう他には交渉の機会は無いとはいえ、俺達の腹積もり一つで殺される危険すらあった。
まあ、仮にコルヴスがギルドの鼻つまみ者だろうと交渉は試みるべきで、ギルド運営陣にとっては義務ですらある。
しかし、同じように身体を張るだけの勇気が、俺にもあるだろうか?
「――即金では金貨十万枚、少し待ってくれれば二十万枚までなら準備も――」
しかし、話が賠償の申し出になったところで、空気が変わった。
「そこまで。交渉はここまでとする」
一方的に宣言しながら、殺気立つ皆を宥める。
「いや、でも……せめて条件だけでも聞いてもらってから……足りないと感じるのであれば、そちらで条件を加えるなりで――」
「駄目だ。第一、最初に言っただろう? 交渉は受け付けないと」
双方共に、声が大きくなりだしていた。
境界線の外が再び騒がしく――つまりコルヴスが再び連行されつつあったからだ。
……加えてビクトルは、感情が抑えられなくなりつつあるのかもしれない。『RSS騎士団』メンバーの怒りにも触発されたか?
ただ、俺はそれほど熱くはなっていなかった。
皆は賠償の申し出を侮辱と受け取ったのだろうが……相手の立場だったら、俺も似たような提案をする。
いや、それぐらいしか手はない。他にどんな条件があるというのか。
ただ、こちらも納得は出来ないだけだ。
「……悪いな。うちのギルドメンバーには値札は付けてない。おたくもそうだろ?」
「いや、そんな言い方をされたら、こちらとしても――」
「それにギルド同士の問題にする気も無かった。あくまでも俺達『RSS騎士団』とあいつの――コルヴスの話で済ますつもりだったんだ。でも、まあ……べつに良いけどな。『流星会』さんがどうしてもと言うのなら」
ビクトルの勇気と責任感に敬意を表し、一撃で止めを刺す。
仲間を救いに来ているのだろうが……正式にギルド同士の話にしてしまったら、ギルド間抗争となってしまう。
その決断には、より多くの犠牲を――仲間を危険に晒す覚悟が必要だった。
「……いこうか」
悔しさを噛み締めるビクトルから目を逸らしながら、皆に声を掛ける。
我ながら卑怯だとは思う。
しかし、続けたところで互いに譲れなくなるだけだし……もう話し合う時間は無くなっていた。
すでにコルヴスが境界線の近くまで来ていたからだ。
境界線の外側から内側へ、荷物のようにコルヴスは投げ込まれた。
すぐに両脇からメンバーが拘束する。
同時に軽く殴っているのは、戦闘状態に持ち込むためだ。戦闘中の扱いとなれば、もう『帰還石』は使えない。当然、『禁珠』によって『護符』も禁じておく。
そのまま俺の前まで引き摺られ、腕を捩るようにされ……跪くような体勢となった。
こちらを見上げ、驚愕に引き攣った顔で――
「お、俺を……俺を殺すのか?」
と口にする。
それを耳にして……やっと違和感の正体と直面することになった。




