対面――4
「俺は何もルール違反をしていない!」
挑むようにコルヴスは言い放った。
その視線に込められた力から本気と伺える。人によっては不遜と捉えるかもしれない。
……不可解だ。
確かに想定外な口火の切られ方で、思ったように話は進まなかった。それは完全に俺のミスでもあるだろう。
しかし、それを考慮したとしても、コルヴスの態度は腑に落ちない。
そもそも犯人との――コルヴスとの対決は不可避にしか思えなかった。
俺の方でも脳内でシミュレートというか……色々な展開を想像している。
しかし、立場を置き換えて考えると、泣き喚きながらの命乞いしか残されてなかった。
決して短くない思考の筋道を、余人に説明するのは難しいが……この結論で間違いない。
……何かを見落としてる?
それとも劇的な勝利を、都合よく夢想していた?
何かがズレはじめているような、奇妙な違和感も覚える。
「わ、悪くないだと? き、貴様っ! 謝れっ! アレックス隊長に謝れ! それとボブに! チャーリーにも! 俺達みんなにもだ!」
熱くなっていた『RSS騎士団』メンバーが叫ぶ。
そのまま掴みかかろうとしたのを、同僚によって抑えられる。
……気持ちは痛いほど解った。
俺はいつのまにか出来事に慣れていたのか?
「おい……取り消すのなら今のうちだ。それと必ずお前には償わせる。必ずだ」
脳内で鳴り響く警鐘を意識しつつも、コルヴスに叩きつける。
……まずい。この結末は良くなかったはずだ。確か――
「はっ? 償わせるだぁ? これだから騎士団ゴッコに夢中な厨房は。いいか? 何をしようが、何を言おうが……ルールを守っている限り、それは許されるんだよ、この糞餓鬼どもがっ!」
しかし、予見していた何かを思い出す前に、暴言でもって応じられる。
そして煮え湯を飲まされる気分ではあるが、「ルールを守っている限り許される」とは事実でしかない。
これはMMOで、いやネットゲーム全般で……それどころかネット上の全てで通じる。それが万人から『やってはならない』と判断されるようなことでもだ。
「……少佐。俺が囮をやります。ですから……こいつだけは……こいつだけは必ず――」
そう言いながら『RSS騎士団』メンバーが剣を抜こうとする。
……熱くなり過ぎだ。
もう怒り狂っているというより、奇妙な落ち着きすら感じさせて……完全に怒り心頭なのがよく判る。
いまメンバーが口にした「囮をやる」とは、街中でPKを狙う方法の一つだ。
この場でコルヴスに囮役が斬りかかったと仮定しよう。
そんなことをすれば当然に、近くの衛兵全てが囮役へ目掛けて殺到してくる。
無事に街の外まで逃げ延びられるかは、本人の技量次第となるが……まあ囮役は必死に近い。
その囮役が必死の最中……別の誰かがPKを試みた場合はどうなるのか?
システムごとに色々ではあるが、このゲームでは一時的な無法状態と化す。
次の衛兵のターゲットに予約されるし、囮役が死ぬか街の外へ逃げ出すまでの僅かな時間だけとなるが……システムから邪魔をされないでPKが可能となる。
実際にβの時に敢行したし、それでPK役だった俺の悪名も轟いた。
だが、街中でのPKが可能といっても、囮役の負担は半端じゃない。
あの時はリルフィーとシドウさんがペアで、それもサポートを何名もつけて、やっと数分の無法状態を作り出した。
それに囮役だった二人はもちろん、PK役だった俺も衛兵からの手配解消の為に殺されている。
誰かを街中で、それも数回連続でPK可能とはいえ……こちらものべ数人の犠牲では、基本的に採算は取れない。損得勘定抜きの時しか使えなかった。
ましてや今は不具合の真っ最中だ。失うものは経験点などではなく、命になってしまう。
「おい、剣なんか抜くんじゃない。そんな方法で上手くいくわけないだろ」
そう窘めながら、慌てて柄頭を抑える。
……すぐにシステムからの警告されなかったから、力は抜いてくれたらしい。
多少は冷静さが残っている証拠なのか、俺を信用してくれてる結果なのか……とにかく誰かが爆発する前に、事を納めた方が良さそうだった。しかし――
「おっ? なんだ? お偉い騎士様は、口で負けたら剣を抜くのか? すげえな! 俺だったら恥ずかしくて死んじまうぜ。でも、もう俺は街から出ない。だからお前らは、俺に指一本として触れる事はできないのさ!」
どこまで事情を理解しているのか、嵩にかかってコルヴスは煽る。
そして、その場は奇妙な沈黙に包まれた。
俺達が歯を食いしばって耐えていたのもあるが……周りのプレイヤー達からの無念も感じられる。
贔屓目に見なくとも、俺達の方に共感を持ってるはずだ。
多少、日頃の行いに問題はあったとしても、ギルドの仲間を殺されている。俺達の怒りに疑問を持つ奴はいない。
だが、事実として報復すら難しかった。
最大手ギルドの一つである『RSS騎士団』ですら、仲間を無残に殺され、ギルド総動員で犯人を捜した挙句に――
結果として相手から暴言を吐かれたい放題だ。
つまりは奴の言うことは正しく……何をしようと「ルールを守っている限り許される」し、「指一本として触れる事はできない」のか?
そんな嘆きすら聞こえてきそうだ。
これは俺達が――MMOプレイヤーが、諦めとともに受け入れざるを得ない問題だった。
それこそVR技術が導入前なMMOの時代から……いや時代を問わず、全てのネットゲームが持つ構造欠陥ともいえる。
先にやった者が、あるいは言った者が――突き詰めれば他人を不愉快にしても気にもしない者が、ただ一方的に勝つ仕組み。
勝ち負けだけで物事を見れば――
「画面の向こうに人なんていないし、アバターの中にだって誰もいない」
と考える奴の方が強い。
ノーマナーでノールールに――ひたすら我侭に振舞えるからだ。
これは大袈裟でもなんでもない。
どんなに不愉快で屈辱的なことをされようと、相手がルールを盾に身を守れば何一つとしてやり返せなかった。
できたところで、相手の言葉尻を捉えての裁判沙汰が関の山か。
それも珍しい事ではなく、万が一に備えて各種メッセージが別サーバーに保管されてるほどだ。
沈黙の中、ゆっくりと指を伸ばしコルヴスの額を突く。
何をされるのか理解できなかったらしく、俺が手を伸ばす間、呆然とした顔をしていた。
……ようやく一つやり返せるか?
「お前は間違ってる。ほら……指一本だが、触れてみたぞ? 特にペナルティもないな? 次は何をして欲しい? なんならリクエストに応えても良いぜ?」
我ながら意地の悪い顔をしていたと思う。
馬鹿にされたと思ったのか、コルヴスは顔を真っ赤にした。
「……厨房どもには付き合っちゃいられんねえ。まあ騎士団ゴッコを頑張ってくれや。俺は忙しいから、もう行くぜ。――発動『帰還石』」
そう言い捨て、懐から取り出した『帰還石』を顔の高さでかざす。
当然、キーワードに反応してコルヴスの身体か光に包まれて飛んでいった。
街中で使おうとも『帰還石』は、使用者を手近な街のリスタート地点へ……つまりは同じ街へ移動させる。
あまり使う方法じゃないが、取り囲むような俺達や野次馬を無視できる分だけ便利か?
自分の言いたいことだけ言って、相手との会話は徹底的に避け、最後には逃げる。
……不愉快極まりないが、手軽に勝つには最適な方法だ。
そんな事を考えている俺を他所に、周りでは深い溜息が漏らされる。
「結局、『RSS騎士団』であろうと、やった者勝ちは対処できない」
そんな落胆だと思う。
認めてしまえば明日は我が身であり、この世界は無法状態へ舵を切ることとなる。
……殺すのを躊躇わない奴が強い世界だ。
そんな重い空気を打ち破るように、声を張って宣言する。
「よし、それじゃ奴を『確保』しよう」




