仙人の群れ――4
親しき仲にも礼儀ありだ。断固として抗議の言葉を叩きつける。
「はい、ミルディンさんはプリンですね」
「ああ、悪いね、タケル君。せびったみたいで……」
『象牙の塔』ギルドマスターのミルディンさんは謝罪の言葉を口にした。
「僕は苺ゼリーがいいな」
「はい、苺ゼリーです、クルーラさん」
『妖精郷』ギルドマスターのクルーラホーンさんは、目の前で手刀を切るようにしてから受け取った。
よし、厳粛な抗議の結果、謝罪の意は返してもらえたぞ。俺と先生方の仲だ。これで水に流すことにしよう。
……この件と関係ないが、『RSS騎士団』の参謀役まがいのことを始めて、強く自分に戒めていることがある。それは――
勝てない戦いは絶対にしないことだ。
「ふむ……なかなか良い出来だな。コンセプトがはっきりしている。デフォルメ程度に抑えたのも正解だ。タケル……これはお前達の財源か?」
そう言うのは、強欲にも一人で両方要求した先生なのだが……目の高さまで持ち上げて、真剣な目で観察している。
「いえ……ここだけの話にして欲しいんですが、アリサ達専用の財源です。『RSS騎士団』を通さず、自由に使える予算が必要でしたし……うちにも色々とごちゃごちゃいう奴がいるんで」
「人が集まれば揉め事は起こるもんだ。……うん、赤点だな。さっきの女の子達とのことも見ていたが……タケル、やるならしっかりやれ」
目が真剣だった。いつものお茶らけた雰囲気じゃない。
「ど、どういうことでしょう?」
「狙いは悪くないが、あの程度で効果を得るには相当の幸運が必要だ。効果を期待するなら、あの十倍は仕掛けておきたいところだな」
もしかしたら、リアルで広告だとかを手掛けているのかもしれない。
「それに……タケル君、あの子達に宣伝だって言わなかったよね? いや、察されるのはいいんだ。でも、口が裂けても自分から宣伝と言ったらいけないよ。消費者はそういうことに敏感だから」
「うっ……はっきりとは言わないで済みましたけど……」
俺の答えに、落胆の溜息がもれた。
それにもっと多く仕掛けるといっても……あまり表立って動くわけにもいかない。どうしたものか……。
「……タケル、生きているうちに頭を使うもんだぞ? お前、『聖喪』さんにコネがあっただろう? 『正式サービス開始ですし、ご挨拶に伺いました』とか何とか言って、お土産と称して配ってくりゃ良いだろうが。後は勝手に話題にしてくれる」
それは妙手に思えた。この世界にもマスコミに相当するものはあるが、最も強いのは口コミだ。
「そ、それがその……院長のところへはご挨拶に行ったばかりで……」
「あー……みんな、すまん。そりゃ俺のせいだな。坊主には『義理だけは必ず通せ』って口を酸っぱく言ってたもんだから……」
「それはそれで正論だから問題ないでしょ。『聖喪』さんなら開幕はゆっくりだろうから、まだ取り返しつくよ」
「だな、それより今からでも打てる手を考えた方が――」
先生方は俺の未熟な作戦を、取り繕う算段を始めてくれた。なんとも頼もしい。
『セクロスのできるVRMMO』では珍しいが、先生方のギルド『象牙の塔』と『妖精郷』はいわゆる『大人ギルド』だ。
『大人ギルド』は年齢制限の無いMMOでは珍しくもなんともない。
特徴は単純明快で、色々な加入時の条件――通常は各種マナーに対するスタンスなど――に加え、リアルでの年齢制限もあるだけ。
ある問題を抜本的に解決するのが狙いだ。
全年齢対応ゲームの場合、小学生程度の子供と大人が一緒のギルドになることがある。この子供が笑って許せる程度の言動であれば、何も問題が無いのだが……礼儀知らずだと厄介ごとを引き起こす。
下手したら自分の親より年上の人に向かって、いわゆるタメ口程度は序の口だ。一プレイヤーとして立場は対等だとばかり、まるで遠慮の無いガキだって珍しくない。
その考えはある意味正論なのかもしれないが……やられる方は怒り心頭だし、周りで見ている者だってドン引きしてしまう。ギルド解散にまで発展するのも珍しくは無い。
そのような大惨事は予め回避してしまおうという発想が『大人ギルド』だ。
先生方のギルドも色々な加入条件――俺は『魔法が使えること』が絶対条件だとにらんでいる――に加え、『象牙の塔』は三十歳以上、『妖精郷』なら四十歳以上の制限がある。
加入条件や活動内容が同じに見えて、先生方にとってこの年齢制限は譲れないことだ。
βテスト中に四十歳になった『象牙の塔』所属の先生がいたのだが、先生方は全員集合してお祝いをした。
俺や情報部の奴らも参加したし、カエデにアリサ、リルフィー、ネリウムも顔を出し、大騒ぎになったのを覚えている。……『先生方』が企画するお祝いだ。常に『本気』な先生方がどこまでやっちゃうかは……言わないでも判ると思う。
まあ、それはそれとして、誕生日を祝うのは珍しくもなんとも無い。
個人情報は伏せるのがネット上での常識とはいえ、親しい相手になら別だ。それにMMOでは大騒ぎする方法に事欠かない。花火程度――手持ちの小さいやつじゃない。花火大会で見るような打ち上げ式の方だ――は標準装備ですらある。
だから誕生日のお祝いは解るのだが……締めくくりに主賓の四十歳になった先生は、『象牙の塔』を脱退して、『妖精郷』に移籍した。
それほどまでに先生方はこだわりを持っている。正直、一つのギルドとして運営したほうが楽だと思うのだが……俺のような若造には理解できないからこそ、『こだわり』なのだろう。
先生方が打ち合わせしているの、直立不動でただ聞くしかない訳だが……なんというか、職員室にでも呼び出されている気分だ。……先生方には申し訳ないが。
いや、正確にはもう少し変な気分か。
中国の王様やら、中世の騎士やらが、賢者の知恵を借りに深山へ、仙人やら魔法使いを探す物語がよくある。
たいてい、見つかる仙人や魔法使いも偏屈だったり、変わり者だったり……まあ、根性曲がりだったりだ。
それは仕方がない。隠棲している人にわざわざ会いに行ったのだ。相手に合わせるべきだろう。
だが、深山の奥深く、とうとう探し出したのに……大勢いたら?
仙人が群れをなしていたら?
「じゃ、これで決まりだね」
「だな。仕事の奴もいるから……開始は夜からか?」
「そうしよう。どのみち、いますぐ打てる手も少ないし」
馬鹿なことを考えていたら、先生方の会議が終わってしまった。
「ありがとうございます! あの、俺に手伝えることなら、なんでも――」
「いらん、いらん。お前が手を出すとややこしくなりそうだ」
顔の前で手を振りながら、すげなく断られてしまった。
「気になるなら見学に来るといいよ、タケル君。でも、まあ……あまり期待しちゃ駄目だよ? いまから打てる手は少ないし」
「ま、坊主の勉強にはなるな」
ありがたいことに、そんなフォローもしてくれる。
「それじゃ、この件はここまでね。元の議題にもどろう!」
そう言ってクルーラさんが目の前で拍手を打つようにし、それで空気は元に戻った。
本当に頼りになる人達だなぁ。切り替えも早いから助かる。……ん? 元の議題?
「では、まず、タケル。お前はロリガーター派か? ロリハイソックス派か? それともロリスパッツ派か?」
『本気』の目で聞かれた。
俺は……愚か者だ! 予想できたのなら……模範解答を考えておくか、逃げ出すかしていれば! それにロリスパッツ? スパッツって女子が体育のときにはいているアレか?
落ち着け! まずは落ち着くんだ!
先生方を感心させる必要はない。やるべきことは……真剣に答えることだ。
だがどうやって? 心の中にないものを……どうやったら真剣に答えられるんだ?
「やれやれ……タケルには教えることがまだ沢山あるようだな」
先生の一人を落胆させてしまった。……でも、それって俺のせいなの?
「聞け、タケル! 妄想するべきは、常に最高に可愛い嫁の姿! これが奥義にして基本だ!」
……全く解りません。
『嫁』を妄想なんて言われても、俺には高尚すぎて……。
だが、唐突に俺は先生の言葉が理解できた。いや、相変わらず言葉の意味なんて理解できやしない。でも――
視えた!
そう、例えばカエデなら……ミニスカートではない。捨てがたいが、それは違う。ロングでもタイトでもない。もちろん、パンツルックでもない。いや、ホットパンツは魅力的だが……それは少しやり過ぎだ。
結論はキュロットスカートだ。ほんの僅かに短めのキュロットスカートが至高だろう。
ならばそれの最適な組み合わせは?
ガーターとストッキングもアリだが……ややもすると妖しい魅力を醸しだす。それはそれで良いものだが……カエデには似合わない。
ならば定番の組み合わせでタイツやストッキングか?
それでも良い。それでも良いが、しかし……ここで選ぶべきはニーソックスだろう。
キュロットの活動的で健康的なイメージをベースに、ほんの僅かに短くしてあるスカートとニーソックスが生み出す真っ白に輝く絶対領域!
それがカエデの美を完成させる。
ではアリサの場合は?
実はどんな服でも着こなす万能選手だ。さすがに超ミニやホットパンツ姿は見たことはないが……絶対に綺麗だろうと確信が持てる。
そんなアリサに一番似合うと思ったのは……普通のミニスカートだ。何も強調しないで良い。ただ自然にそのままなのが、一番可愛いかった。となると……
まず、スパッツを諦めるしかない。ちらりとスカートからのぞくスパッツの裾……悪くはないが、スカート丈が短くなければ成立しない。
普通にタイツやストッキングか?
いや、タイツでは少女趣味的だし、ストッキングでは背伸びをしている感があるし――
なによりも俺が視たのと違う。
俺に視えたのは、膝上丈のストッキングにストッキング止めだ。
ニーソックスよりは大人な雰囲気でありつつ、ガーターベルトの過剰な色気を排する。狭いとすら思われる絶対領域が、成熟と若さを両立させるだろう。
咲き誇る寸前の華なのだから、ごちゃごちゃ手を加えないほうが良い。
解りましたよ、先生方! こう言うことだったんですね!
そう思って見やれば――
全員でニヤニヤ笑いながら、俺を観察してやがった!
「な、なにをやらせんですか!」
たまらず文句を言う俺を見て、ゲラゲラと笑い出す始末だ。
本当にこの人達は……悪い大人の集まりだな!




