『神殿』――5
「全身甲冑だったのも理解に苦しむな。大したメリットもないのに、動き難さというデメリットだけあるはずだ。実際、動きがおかしかったし」
場繋ぎ的に話題を鎧へと変える。
全身鎧派はMMOプレイヤーでもかなりの少数派だから、誰かへの個人攻撃になることはない。が――
「あっ……露骨に話題変えた!」
「それはずるい。若旦那、ずるい」
などと『HT部隊』の面々からは批判があがった。
やり辛くて仕方ないが、聞こえなかった振りをして続ける。……そもそも『HT部隊』の子達に、勝てる気がしない。
「そもそもリアルみたいに、『掠り傷ですら避けるべき』なんてことはない。このゲームでは鎧なんて、ようするに身体に括りつけた盾だものな。鎧を抜かれる危険性があっても、動きを阻害しない作りの方が有利だ」
しかし、断言しておいてなんだが……謎も残る。
なぜ甲冑野郎は、全身甲冑なんていう不便な選択をしたのだろうか?
例えば兜一つとっても、そこにはゲームならではの選択がある。
このゲームでは頭を叩かれたところで――直撃したところで、脳震盪を起こして失神なんてことは起きない。もちろん首を刎ねられたりもだ。
さらに目や口、耳、鼻などの……顔に付属している重要器官を損なうこともない。それどころか傷跡すら残らない。
この前提で実用的な兜となると、かなりラフな物が選ばれる。
つまりオープンフェイスで視界を全く阻害せず、当然に耳は全てが露出が好ましい。
ようするに心配性な奴で帽子型のヘルメット。省略は嫌いなタイプでも鉢金――鉢巻状の頭部防具――程度が実情か。
もちろん効果的とは言い難いが、視界や聴覚を制限するよりマシという……なんだか捻れた世界観になってしまっていた。
そして、それすら男は面倒臭がって省略していることが多いし、女性プレイヤーもファッションアイテムの一つ程度に捉えている気がする。
リアルなら最重要防具である兜も、ゲームでは逆に軽視されるという……VRMMOの不思議なセオリーの一例だ。
「敵が愚か……それは一番に辿り着いてはいけない結論だとは思うのですが……しかし、特にメリットが思いつきませんね」
「史実ですら、完全鎧は使い物にならなかったというか……選ばれた人間専用装備という説すらあるし……」
「脱いだら誰だったか判らなくなっちゃうのは、メリットなんすか?」
「あのさぁ……タケルくんには、本物の甲冑に見えたんだよね? うーん……他のリアル系システムかなんかで見たやつと? でも、このゲームだと……作るだけでも一苦労だよ?」
皆で色々と意見を挙げていくうちに、ミィルディンさんが面白いことを言ってくれた。
「……それは俺も考えてました。あり物を――運営の用意したテンプレートを改変程度じゃ、逆に手間が掛かると思いますね。おそらく一から設計図を引けるような人が必要かも? 意外にネット上で探せば見つかるんですかね?」
「それこそ詳しい人に聞いてみたら? うちの鎧職人は運良くログインしてないけど……タケルくんのところにも居たよね? 熱心な人? けっこうな腕前だと思ったけど?」
うちの装備制作担当といえば、ヴァルカンさんにディクアールヴさんだ。
二人とも『アキバ堂』を高く評価していたから、先生方から褒められたと聞けば悪い気はしないと思う。
……いやヴァルさんは、喜んだだろうというべきか。
いつだかの朝から見なくなって、それっきりだ。不明者リストに載せたのは次の日だったか?
いまだにディクさんは熱心に探しているし、もちろん他のメンバーだってそうだろう。
だが、静かな諦めもあった。
このゲーム世界はそう広くない。
本人に隠れるつもりでもなければ、探そうとすれば簡単だ。いや逃げ隠れしようとも、ただ見つかるのが遅いか早いかの問題でしかない。
同じくログアウト不能でゲーム世界に居るのなら、必ず発見できなければおかしかった。
それなのに発見できない。
絶望的だ。誰の心にも、同じ絶望が――疑問があった。「もうヴァルさんはゲーム世界に居ないのではないか?」と。
ログアウトの望みを賭けての挑戦。それをヴァルさんはしたのかもしれない。
それも余人には知らせず試みる場合だって、十分に考えられた。
……誰にだって、命の賭け方ぐらいは選ぶ権利はある。
しかし、誰一人として探し続けるディクさんへ、その疑問を突きつける者はいない。
俺ですら思うことがあるのに、ディクさんには尚更のはずだ。
いつもヴァルさんとディクさんは、いがみ合ったり張り合ったりしてたけど……お互いが友達だったんだと思う。
そのディクさんが諦めない以上、俺達に言えることはなかった。
「……どうかしたのかい?」
「いえ。こちらのことで……なんでもありません」
一瞬の逡巡を咎められるが、なんとなく誤魔化しておく。
わざわざ知らしめるようなことでもない。共有の必要すらなかった。
……この場に居る誰もが、同じような思いをしているのだから。
「これについては忘れずに確認しておくとして……やはり本命は印の付いた残り二人ですね。甲冑野郎から攻めるより、先に顔の割れた二人の方を狙います」
俺の宣言には、幾つもの肯きで返された。皆も同じことを考えていたのだろう。
そしてリルフィーから質問もされる。
「あのー……タケルさん? 指示に――『RSS騎士団』のギルドメンバーじゃないのに『RSS騎士団』の装備の奴を優先して狩る――とありましたけど……そんな人います?」
「いる。というか、いるはずだ。これは相手の手を制限するのに、探していると知らせるのが目的だけどな」
が、それだけでは解らなかったらしい。不思議な顔をしてやがる。
「……リーくん。相手は『RSS騎士団』の装備を使って、仲間を装った罠を張ります。しかし、それには罠を張る前後で、偽の装備を身につけるということです。こちらが優先して探していると知れ渡れば、相手も気軽に偽装は使えなくなるでしょう」
とネリウムが噛み砕き、やっとリルフィーは納得したとばかりに手を打つ。
……大丈夫か? ネリウムがついているから平気とは思うが、少し心配にもなる。
「それと『RSS騎士団』の装備なのに別ギルドやギルド無所属だったり、『隠蔽』で隠している奴もですね。もちろんプレイヤーネームを見せない場合もです。大々的に喧伝すれば、本命以外が引っ掛かる可能性は無いでしょう」
さらにカイが補足して、またあちこちから肯きで返された。
それなりに正しい方針になってるか?
「これは相手の作戦を封じるだけで……ジャブ程度だな。でも、向こうは逃げ回るので忙しくなるんじゃないか? 相手の似顔絵も確保できたしな。時間の問題というか……もう攻守は逆転済みだ。今度は俺達が奴らを狩る」
やや悪い顔になっていたらしい。肯くことよりも、苦笑いで応えられた。
……まあ俺が少し怒り心頭なところで、皆も理解してくれるはずだ。




