『神殿』――4
そして甲冑野郎が得意げに刀を振り回していたのを思い出したら、また腹が立ってきた。
いや頭部を完全に覆う兜を被っていたから、表情などは窺い知れなかったが……どうせ自信満々だったに違いない。そうに決まっている。
あの浅さに殺られかけたかと思うと、情けなくて涙すら出てしまいそうだ。
「はぁ……いまさら言うことでもないけどよ。このゲームでは斬ることに大きな意義はない。そもそも出血が致命傷にならないだろうが。もちろん延長線上にある切断なども起きない。細かく言ったら骨折すらしないんだぞ? 急所や重要器官へのダメージだって無視される。その点では突くのも同じだ。わざわざ扱いの難しい武器を使うのに、メリットが全然ない。ようするに全ての武器は叩く様に使うんだから――」
つい批判に熱が入ったが、そこまでしか続けられなかった。
気付けばグーカが必死になって、俺の注意を惹こうとしてくれてる。
指し示す先では先生が、ご愛用の刀――長さから考えて、忍者刀などに分類されるものだ――を抜いて……まじまじと眺めていらっしゃった。
「おろっ? どうしたでござるか、タケル氏? 気にせず話を続けるでござるよ、にんにん。どのみち拙者は……格好だけのファッション忍者ゆえ」
……まずい。期せずして身内への個人攻撃にもなっていた。
情報部の中にも、肩を抱かれ「お前の刀、俺は悪くないと思うぜ?」などと慰められてる奴がいる。
……大失策をしてしまった。
他のプレイヤーの装備に――特に外見上の問題に口を挟むのは、VRMMOにおけるタブーの一つだ。
装備の外見に制約が少ないのは、VRMMOの売りでもある。
しかし、この自由というのが曲者で……まあ二人に一人はやらかす。
ちょうど初心者を脱する頃合に、手の込んだ『自分らしさを前面に打ち出した』オリジナルデザインの装備に手を出してしまうのだ。
つまりはようするに『ボクの考えたかっこういい装備』であり……知人からノーリアクションという優しさを教えられる。
そこまでいかずとも、各自で独創的な装いなのは珍しくもなかった。
またVRMMOの特性ともいえるから、責められるようなことでもない。
「い、いやっ! 先生とか皆は良いんですよ? 判っている人はっ!」
慌てて言い繕うが……駄目か、これは?
「タケルさんの言う通りっすよっ! 『KATANA』は強いっすからっ! 選ぶのは正義です! そもそもタケルさんだって、『KATANA』重視じゃないっすか!」
フォローのつもりなのか、リルフィーは妙なことを口走る。
……純粋に厚意からのフォローだろうと、迂闊に奴の助け舟に乗るのは考えものだ。これまでの戦績が良くない。
「……俺が『KATANA』重視って、どういうことだよ?」
「なに言ってるんすかぁー……タケルさんは『IAI』が好きじゃないですか! つまりそれって『KATANA』重視ってことですよ!」
うん。やはり泥舟だ。確かめて良かった。
「俺が抜刀術を齧っているのは、ロマン目的じゃねぇ! 実利目的だ!」
「えー……仲間内で謙遜は止しましょうよー……良いと思いますよ、鞘でタメを作ることによる最速っ! 強いじゃないっすかぁ!」
しかも、デコピン理論派だ。
なぜか昔から『居合い斬りは速い』とされている。
俺にいわせれば、まず論拠となるソースを示して欲しいところだが……その定かでもない剣速の秘密――理論すら吹聴されていた。
それは俗にいうデコピンの如く、『力を溜めて一気に解き放つから、通常より速い』というものだ。
念の為にいっておけば、それら全ては立証されていない。『居合い斬りが最速』という定説も、『力を溜めるから成立する』の理屈もだ。
「あのなぁ……抜刀術は、武術の基本概念に忠実だから重要なんだよ!」
「基本……概念? なんなんですか、それ?」
心底不思議そうにしているリルフィーを見て、頭痛がしてきた。
そもそもコイツの場合、本当に『KATANA』が最適解で、『IAI』とやらが最強へ至る道であるのなら……理屈抜きで選択しているはずだ。
認めたくないが、本能だけで正解へ至る才能がリルフィーにはある。
「抜刀術において『せーの』で斬り合うのなんて、一つの前提に過ぎないんだよ! そもそも抜刀術の達人だって、これから戦うと判明してたら、敵と会う前に抜刀しておく! それよりも大事なのは、色々なシチュエーションでの抜き方を考えていること――前以て考えておく発想が凄いんだよ!」
一般人でも抜刀術の異質さは、すぐに理解可能だ。
俺が甲冑野郎達に襲われた時、右手が塞がっていたため、やむなく逆腕逆手の抜刀をする羽目になった。
実はこの技、抜刀術に存在している。それもかなりポピュラーだ。
右手が塞がっている時に、抜刀してない状態で、敵から斬りかかられ、左手で対応するしかない。
そんな限定的な状況の技を、糞真面目に研鑽している。どころか似たような条件設定の技は枚挙に暇がないほどだ。
これも抜刀術の一つの側面だし、武術の基本概念でもある……と思う。
ようするに本番になって焦ったりしないで、前以て考えておいた理屈に身を任せる。
今回の場合だって、ネット上に転がっていた抜刀術の教本を、半ば興味本位で調べたのが命を救ってくれた。
つまり、知っていたから生き延び、知らなかったら死んでいる。
そのような見解を、かいつまんで説明したのだが――
「ははっ……タケル氏……拙者、よく解らなかったでござる。ロマン派は駄目でござるなぁ……」
だとか――
「た、隊長……俺、部活で剣道してて……それでよく考えずに刀にしたんですけど……拙かったですかね?」
などと言われ、なぜか事態は混迷した。
……先生の方が剣術にも抜刀術にも造詣がおありのはずなのに!
また――
「危機一髪……そうだったんですね……タケルさん……死んでもおかしくないって……運が良かっただけって……」
と、アリサは細かな表現が気になるようだった。
……まずい。この問題は早急に対処した方が良さそうだが、なんでこんなに怒ってるんだ?
そして真剣な作戦会議をしているはずなのに、全く進まなくなっている!




