『神殿』――3
そして期せずして場は戦略会議の様相を呈してきた。雑談のように先生方は質問をぶつけ、俺がそれに答える形だ。
もちろん間違っていたら正してもらえるし、確認にもなって一石二鳥ともいえる。
合間々々に、情報部の奴らやアリサ達『HT部隊』からの質疑もある。情報の共有というか、目的意識のすり合わせとなるのだろうか?
とにかく大事なことだと思う。
少し気にかかるのが『神殿』という公共の場であることだが、どうせ誰も使ってやしない。またリンクス達も、抜け目なく周囲を警戒してくれている。
諜報戦はMMOで――対人戦で優先して狙う作戦で、最も警戒するべき攻撃だ。
それを踏まえての用心なのだろうが……やはりグーカやリンクスのキャリアは信頼できる。
「一つ心配になったんだけど……タケル君達は最低二人組での行動から、四人組に増やしたよね? でも、それって……相手を三人組と断定しちゃってない? それとも何か根拠あるの?」
クルーラホーンさんが思案気に訊ねられるが――
「それは逆でござろう。タケル氏は相手方の人数を想定しておりますまい。むしろ逆に……相手方へ最低人数を強要する策でござろう」
と自己解決というか、先生方同士で決着なされた。
一応、肯定の意思は示しておく。
「その通りです。相手が全部で何人かは考えてません。別の理由から、大勢とも思ってませんが……予想することが穴にもなりそうだったので」
「どういうこと? こっちが増やすと相手も困る? いや、困るのは当たり前か。でも対応して増やすかな?」
なおも首を捻る先生に、俺に代わってミルディンさんが答えてくれた。
「単純に可能不可能の問題じゃない? 相手が襲い掛かってくる――四人組に襲い掛かってくるとするでしょ? でも敵側が四人未満だと、こちらは常に『翼の護符』で逃げられる。『禁珠』の上書き合戦に勝てるからね。そして攻守を逆転させても、同じ理屈で相手は離脱不能となるんだ」
まさしくその通りなのだが、リルフィーがアホな混ぜっ返しをした。
「でも、それだと……相手は五人組で行動するような?」
「それこそ隊長の狙い通りですね。相手が五人以上で行動するのなら、発見もしやすくなるでしょう。かといって四人未満で動き続けるようなら、攻守に渡って不利を押し付け続けることができます」
親切にもカイは噛み砕いて説明してやっていた。
まあリルフィーならともかく、カイは説明無しでも解ってくれないと困る。
「基本的に襲われない前提だけどな。いくらPK可能なシステムとはいえ、注意深く立ち回れば避けれる。また万が一、優勢な相手から仕掛けられても……四人組ならそう簡単には落ちない。その場合は友軍が駆けつけるまで粘れば――」
そこで一旦黙ることになった。ニコニコと笑うアリサと目が合ったからだ。
……怖い! 正直、怖い! 超怒ってる!
便乗するようにカイを筆頭に情報部一同も、強い非難の意思を眼差しに籠めてくる。
どうやら襲撃された結果、俺は相当の信用を失ってしまったらしい。なんというか……これこそ踏んだり蹴ったりだ。
アリサはともかく、情報部の奴らには釈然としないものを感じるが……不注意だったのは事実だし、ここは甘んじて何も言い返さないでおく。
「――それに何よりも相手の攻撃を限定したい。最大の狙いといっても良いな。……ただ、少し消極策かと思わなくもない」
悩みを打ち明けると、カイとネリウムは考え込む様子になる。
だが、問題点の指摘にまではならなかった。この二人が即座に反対しないのなら大丈夫か? しかし――
「うーん……タケル君の見立てを疑うわけじゃないけど……その……相手の武器が疑わしい……のだよね?」
クルーラホーンさんからは、言葉を濁しながらの懸念を表明された。
それだけで俺と先生方には伝わる。思い出す言葉があった。
「自分ができないだとか、仕組みが解らないからってチート呼ばわりしたら……全部がそうなるだろうが、坊主? そんな無意味なことをする暇があったら、敵のテクを調べろ。盗め。考えろ。必ず方法はある」
知らず剣を握り締めていた手から、ゆっくりと力を抜く。
……駄目だ。
ご無事にログアウトされたのかを考えたところで、絶対に答えへは辿り着けない。それが判っているのなら……つまりは感傷に浸るのと同じだ。
いまは時間を無駄にせず、真剣に考えなきゃならない。この場に居られたら、そうお叱りになるはずだ。
また自分が困ったからといってチートと断ずるのは、たんなる思考の放棄でしかない。
初見ではチートに思えても、カラクリを調べてみれば……熱心な攻略や練習の成果、コロンブスの卵的アイデアだったりだ。
やはり先生のお言葉は正しい。何度でも立証されている。
でも、先生……今回ばかりはチートにしか思えないんです!
相手が本当にチーターだったら、どうすれば? しかも、この不具合の真っ最中に!
「隊長がチートを疑うのなら……かなりの高確率で事実だと思いますね、私は」
一瞬の沈黙を打ち破るように、カイの発言があった。
カイは『攻略チーム』と『解析チーム』の両方を束ねる長でもある。最も仕様に精通しているプレイヤーといえた。やはり説得力がある。
「うーん……チートを疑うぐらいに脅威なのは間違いない。でも、チートと断定するのも……しかし、チートにしか思えないのも事実で……」
あべこべに俺の方は、また悩む羽目となる。だが――
「なに言ってるんすか、二人とも! 『KATANA』ですよっ! KATANAの……『KATANA』っ!」
との珍説が披露される。もちろんリルフィーの奴からだ。
問答無用で張り倒すのは訳もないが、念の為に真意は質しておく。……これでたまに正解へ飛躍することもあるし。
「……なんなんだよ『KATANA』って」
「ええっ? タケルさん、知らないんですか? 東洋の神秘『KATANA』を? 細かい性能は謎に包まれてますが、とにかく凄いんです! きっとモンスターからドロップで……敵はレアを引き当てたんですよ!」
説明しながらも大興奮だ。
……説明になっているか? とにかく奴は、そのつもりだろう。
嗚呼、損をした。リルフィーに期待なんて掛けるんじゃなかった。俺が馬鹿だった。
そして先生、すいませんでした。
俺が素っ頓狂なことを言った時、こんなお気持ちだったんですね。いまさらですが、申し訳なさで一杯です。
万感の思いを込めて、俺は叫ぶ。力一杯にだ。
「んなっ訳あるかっ!」




