『神殿』――2
気付けば『大神官ちゃん』の聖句だか祝詞だかは終わっていた。少し注意力散漫というか、考え事に気を取られすぎか。
……現実逃避が正しい表現かもしれない。
というのも『大神官ちゃん』が祈りを捧げる最中、ずっと先生方は声援を送っていらした。
つまり、一種独特なコールやら踊りやら飛び交い、最後には拍手で終わる。
まるでジュニアアイドルのコンサート会場みたいだ。ハッキリいって、きつい。
念の為に断っておくと、『大神官ちゃん』はNPC――ノンプレイヤーキャラクターだ。
それが幼女設定なのは、ちゃんとした理由がある……らしい。
『神殿』で受けられるサービスは、死亡ペナルティの解消だ。
スキルやアイテム使用で課せられる分など、高が知れているが……実際に死亡した場合は、けっこう重かったりする。
まず死亡そのものが不愉快。そしてペナルティが課せられて二重に不愉快。さらに代償を要求されて三重に不愉快だ。
金貨や経験点などで清算する段にもなれば、ほとんどのプレイヤーは煮えたぎってしまっている。
その時に対応するNPCが、癇に障る設定や立ち振る舞いだったら?
例えば説教臭く、エリート意識をバリバリに感じさせるとしたらどうだろう?
もちろん死亡ペナルティ復旧を司るNPCの殺害にまで発展する。
これはまだVRMMOとなる前から――たんなるMMOだった時代からあった話らしい。
システムによっては不可能だし、可能だったとしてもペナルティのあることがほとんどだ。すぐにNPCも復活してしまう。
しかし、少なくとも溜飲は下がる。
そんな荒みきった暴力の抑止が『大神官ちゃん』、つまりは幼女設定……らしい。
まあ、ようするに――
「いくらムカついたからといって、いたいけな幼女に腹癒せするのか?」
という非常に卑怯な問いかけだ。
……いや幼女NPCを設置の方が目的で、理由は後付けの可能性も否定できない。このゲームのデザイナーは、頭のおかしなところがあるし。
とにかく『大神官ちゃん』は舌足らずにつっかえつっかえ、聖なる任務を続ける。
……ほとんど『はじめてのおつかい』状態だ。これはこれで父性を刺激されるというか、妹の小さかった頃を思い出させられる。
「さあ迷える信徒よ! 誠意を神へ示すのじゃ!」
その台詞と共に、やっと中空にタッチディスプレイが出現した。これで数値の入力も――金貨か経験点の支払いもできるようになる。
……まさしくやっとだ。
実のところ『大神官ちゃん』の儀式は必須ではない。その気になれば省略できる。
少し考えれば、当たり前と判るはずだ。
この世界に『神殿』は、まだ二箇所しか存在しない。
『神殿』の利用者が一日に何人なのか知りようもないが、その度に儀式で待たされるとしたら……あっという間に長蛇の列だ。それこそ四重目の不愉快となるだろう。
さすがに運営側でも配慮していて、神殿の横手に簡易な無人支払機も設置されている。それを利用すれば一分も掛からなかった。
つまり『大神官ちゃん』の儀式は雰囲気だしに過ぎず、俺が暢気に見物する羽目になったのも……先生方に強いられた結果に過ぎなかった。
……ちなみにいうと、もう一箇所の方は『大神官くん』だ。幼女ではなく、半ズボンの少年が出迎えてくれる。これも男女平等思想の反映か?
「うん。ありがとう、タケル君! これでまたしばらく戦えそうだよ!」
満面の笑みでギルド『象牙の塔』ギルドマスター、ミルディンさんからお礼を言われた。
……ご満足にお見受けできる。それも非常に。
先回りしていっておくと、ミルディンさんは良い人だ。それは間違いない。
また二次元限定で萌えるだとか、三次元でも父性を刺激される程度なら、良性ロリコンの範疇だろう。軽くではあるが理解できなくもない。
ただ、なんとなくモヤモヤしたものは心に残る。
「そうだね……レアパターンの撮影ができなくて残念だったけど、良いものを見せて貰ったよ!」
ギルド『妖精郷』のギルドマスター、クルーラホーンさんもニコニコ顔だ。
色々と抱いた感想を全身全霊をもって流す。
……人の趣味嗜好に、他人がとやかく言うべきではない。だから俺が何も言わなかったのは、礼儀に適った振る舞い……のはずだ。
それに――
「正しく眼福でござったな。して、タケル氏……色々と忙しい目に会われたとか?」
とのご発言で、その場は真面目な空気へ変わった。
とりあえず一通りの説明が終わり、小休止的な時間となっていた。
ありがたいことにアリサ達が率先して飲み物を給仕してくれてたりで、それなりに空気も弛緩している。
が、俺だけは針のむしろのようというか……居心地の悪い思いをしていた。
なぜか場の空気がおかしい。その場の全員から非難されている。
先生方には初耳となることも多いし、俺の迂闊さを責められるのは理解できた。
いま『神殿』に集まっているのだって、最初から先生方は助言を授けてくださるつもりだったのかもしれない。
……いや一石二鳥なのは否定できないか?
まあ、とにかくお小言ぐらいは覚悟していた。
しかし、粗方は聞き及んでいた者たちが、再び怒り出している。それには納得いかなかった。
何も新事実など発覚してないし、そもそも仲間に情報を隠す習慣もない。情報部の奴らもアリサ達『HT部隊』のメンバーも、すでに知っていることばかりのはずだ。
それなのに思い出し怒りとでも言うべき感じで、新たに不満の炎をかき立てられたらしい。
仮にダッシュで逃げ出したら、アリサはカンカンになって追いかけてくるだろう。例えるのなら……脱走癖のある幼稚園児を見張る保母さんの如くだ。
場をとりなしたのがリルフィーだったといえば、どれほど異常な空気だったのか解って貰えるだろうか。
その奴にしても、なぜか腹は立てているようではあった。
まあ、いつもの如く見当はずれにも――
「あの、みんな……その辺で止めた方が……タケルさん、見た目以上にキレているから……」
などと言っていたが。
やはり腐れ縁も長くなり、リルフィーに隠し事は難しい。
だが現状でヘラヘラしていたら――ギルドマスターを殺られ、仲間も殺られ、自分まで殺られかけたのにヘラヘラしていたら、たんなる間抜けだ。
俺だって煮えたぎらんばかりの怒りを覚えている。そんなのはリルフィーでなくても察せれてるはずだ。




