容易く得られた回答――6
「……よう、ジョニー。なにやってんだ、こんなところで?」
救いの主は、もう見慣れてきた下膨れの顔に半ばトレードマークの虎の耳で……どう見てもジョニーだった。
また我ながら少し人情味に欠け、さらに馬鹿みたいな発言だったとは思う。
「そ、それは俺の台詞だろうが! こんな戦争用区画で……なにしてんだよ! しかも囲まれて!」
と怒鳴り返された。
……やはり助けてくれたらしい。
見れば隠しようもないほど足は震えていた。少し涙目にもなっている。
それは理解できた。
殺し合いの真っ只中へ割って入るとしたら、俺も尻込みすると思う。
そして「なぜ?」という疑問も湧いてくる。正義感だとか道義心なんていう……通り一遍の理由だけじゃ足りない。
「……相手は追い返したのか?」
「うん。いや……ジョニー達が来ると判って、逃げてった」
キョロキョロと周囲を警戒するジョニーへ答える。
その様子は妙にユーモラスで、なぜだか乾いた笑いが漏れてしまった。
「な、なんで笑うんだよ! 失礼だろうが!」
「あー……悪い。緊張で笑いの沸点が低くなってるかも。うーん? 一人? いや、二人? 他にもこっち来るの?」
女性の声もしたし、もう一人いるのは確定だ。……まあ誰かは想像もつくが。
「外で待たせてる……危険すぎたからな」
言われて指し示された方を見てみれば頼りない街灯の下、境界線ギリギリのところで心配そうにしていた。
……トレードマークの真っピンクの髪も健在だ。この距離なのに、視神経がメチメチと痛くなる。
だが、それ以外の人影は見当たらない。
「さやタンは賢いからな。機転を利かせてくれたんだ」
考え込む俺を、話に引き戻すようにジョニーが説明してくれる。
どうやらジョニーは、架空の仲間へ指示を出していたらしい。
なんというか図々しくて、意外に豪胆だ。バレたらどうすると問い詰めたくもなるが……即興の作戦としては悪くない方か?
それを受けたさや………………なんとか――いや、さやタンもフォローしてくれた。そんなところだろう。
しかし、疑問というか……不思議な感慨も強まる。
俺とジョニーの関係を端的に言うのであれば、敵同士だ。どう考えても味方じゃないし、友人とも言い難い。
これまでのいざこざを考えれば、それは当然といえた。
『RSS騎士団』の通常の対応ではあるが、ジョニーはリア充として俺に断罪――PKされている。
かなり手心を加えた覚えもあるが……ジョニーにとっては不愉快な思い出だろう。
そして俺の方でも引っ掛かりは残った。
リア充どもに『RSS騎士団』との決闘が流行してしまったが……きっかけはジョニーとさやタンのような気がしている。少なくとも一因は担っているはずだ。
あれは全団員が困惑する大問題だったし、事実関係の追求を諦めた訳でもない。
まあ不具合が始まってからは、ゲームの時の怨恨は棚上げにしている。色々とあっても、いまは言うべきじゃないだろう。
そして荒野へ行方不明者を捜索へ行った折、期せずして救出することにはなったが……ようするに休戦中だったからだ。
どこまでいってもカエデや所在不明の団員探しのついででしかなく、恩に着せるようなことじゃない。
やはり、なんというか……助けてくれたことに驚いてしまう。
しかし、それはそれとして……礼はいうべき……なのか?
だが理由が判らない。居心地の悪さと申し訳なさで一杯だ。
この一瞬の逡巡が良くなかった!
……人としても、この後の展開的にもだ。
「べ、べつに……タ、タケルを助けたかったんじゃないからな! お、俺は……俺は借りを返そうと思っただけだ!」
おお、神よ! ジョニーの野郎、照れてやがります!
気まずい沈黙が降りかける中、ありったけの勇気と精神力を総動員して返答する。
「確かに貸しは返してもらった。返して貰い過ぎたぐらいだ。元々、大した貸しでもなかったし。………………あ、ありがとう」
これだけで精神力が尽きてしまいそうだった。先ほどの戦闘でギリギリまで削られているというのに!
「ば、馬鹿野郎っ! て、照れ臭えこと言うんじゃねぇっ!」
顔を真っ赤にしてジョニーが怒鳴る。
……ジョニーはこういうキャラだったのか。
全身がむず痒い!
その場で暗黒太極拳を踊りだしたい気持ちを、必死で押さえ込む。額に第三の目が開いてしまってもおかしくない。
男同士で見つめ合い、互いに恥らうという地獄から救い出す声がした。さやタンだ。
「ちょっと、ジョニー! いつまでそんなところに居るの? 早く出て!」
どうやらご立腹のご様子だ。
まあ無理もないとは思う。
自分の恋人が義侠心なんぞを起こし、殺し合いの真っ只中へ赴いた挙句……なにやら意味不明に雑談を始めてしまっている。しかも戦争用区画でだ!
とにかく大人しく従い、ジョニーと二人して境界線の外を目指す。
……逆の立場だったらジョニーを見捨てていたと思う。非情なようだが、それが正しい選択だ。
しかし、それも今日この瞬間までか。
命の借りは命でしか返せないなんていうが……ジョニーとさやタンが窮地に陥ってたら、見てみぬフリはできそうもなかった。
そして何もかもが元通りになり、また平和なゲームが再開されたとしても……二人をリア充として処罰できる気がしない。
……リア充へ剣を振るえない『RSS騎士団』メンバーなんて、役立たずもいいところだ。
「やっべぇー……さやタン、超怒ってるぜ……おい、タケル! お前も一緒に謝ってくれよな!」
「あ、ああ……うん……まあ……及ばずながら、少しぐらいは……」
青い顔で隣を走るジョニーへ、もごもごと答える。
……なんとリア充の仲裁までしなきゃならんらしい。
しかし、筋から考えて断れなかった。もう『RSS騎士団』でいる資格を失ってしまいそうだ。
そんな黄昏ている俺の様子には気付かなかったのか、ジョニーは突拍子もないことを言いだした。
「俺はよう……ハッキリ言って、タケル……お前のことは嫌いだぜ。いつか再戦して、ケリをつけなきゃとも思っている。でも、こんなことで死ぬこともないとも思った。そ、それだけなんだぜ、お前を助けた理由は!」
ジョニーは照れ臭そうにそっぽを向くが……そんなことを言うのはずるいと思った。
どんな顔をすればいいのか、判らないじゃないか。




