仙人の群れ――3
『食料品』の登録が有料なのは、ある種の歯止めだ。
運営側からすれば、多彩な『食料品』が実装されている方が望ましい。プレイヤーだってその方が楽しいはずだ。
仮に無料登録を受け付けたらどうなるか?
登録申請されても、一品ごとに登録作業と安全検査――VR料理でも『人を害せる』ものがあるらしい――をしなければならない。もちろん、データを保存するリソースだって必要だ。
それを無料で受け付けたら、あっという間にパンクしてしまう。
『食料品』は重要な調整も担っているから、多少は利用されなければ困るものの……無制限には対応できない。落としどころが有料だったのだろう。
これは素直に考えれば良いシステムだ。
運営は新しいメニューを獲得し、登録の手間賃程度は回収もできる。
登録者は望みの品を実装してもらいつつ、余禄として収入がある。
プレイヤーは多彩なメニューと一定の品質――課金してまでの登録だ。ある程度は期待できる――が楽しめる。
三方損ならぬ三方得といったところか?
それは俺達の間でも似たような感じだ。
アイデアの発端となったカエデは、あれだけ食べたがっていたプリンと苺ゼリーを食べられる。
実行者のアリサは課金を負担するが、その収益を得る。
企画した俺はカエデとアリサを喜ばすことができる。
……うん、誰も損していない。それどころか全員が得をしている。
この上手い作戦で、後ろめたさを感じることなど無いはずだ。
そりゃ、VR演算室を使ったり、登録の申請をしたりでアリサは大変だったろうが……そのフォローは全力でやった。その労力に見合う見返りも期待できる。
仕組みが擬似RTMであるかのように思えたから、気になったのだろう。
それだって厳密には違う。課金はいわばエントリーフィーで……お金さえ払えば誰でもできるわけじゃない。努力と時流を読む目が要る。実質的なRTMだとしても『擬似』だ。『業者』に金を払ったわけじゃない。
この何ともいえないモヤモヤは……たぶん気のせいだ。感じすぎに違いない。
いまはアリサの作品を試食し、作戦の成功を祈るべきだろう。
アリサの力作はどちらも真っ白な皿に載っていた。そして饅頭型とでもいうべき丸さだ。
悪くない。『きいろスライム』や『あかスライム』を連想させるが、あくまで連想させる程度の感じ。……あまりにも似ていたら『スライム』を食べる気分になってしまう。まあ、このゲームのは美味そうな見た目だが。
プリンはカラメルソースを本体にかけず、皿に敷くようにすることで、『きいろスライム』のイメージを損なっていない。
苺ゼリーはコアの代わりなのか、苺が一粒入っているのが透けて見えた。
どちらからも美味しそうな香りがする。
プリンの方は甘い香り――たしかバニラエッセンスだかなにかのはずだ――だが、ゼリーの方は苺の香りがする。確信は持てないが、ゼリーは匂わない食べ物だったような? これは香りを追加してあるのだろうか?
アリサは才能があるのかもしれない。どちらも美味そうだ。
その辺のベンチで食べようと、各々の手で皿を運んでいたら……じっと観察する視線に気がついた。
数名の女性プレイヤーだが、心当たりがない。それに見ているのは俺というより、運んでいる皿の方だ。なんだろうなと思っていると――
「あ、あの……ちょっといいですか? それ……食べ物ですよね?」
近づいてきて、そんなことを聞いてきた。
『食料品店』の前だし、どうみても食べ物に見えるだろうが……これはもしかして今日からゲームを始めたうえに、VRに疎い人なんじゃないだろうか?
そう思い、簡単に『食料品店』のことを説明してやれば――
「そっかぁ……VRゲームって、お菓子も食べれるんだ」
「た、食べたい……けど、ダイエット中だし……」
「いくらなんだろ?」
「というか、あたし達……お金持っているのかな?」
などと、ひどく感心している。
ゲームを始めてすぐに街の探検に出ているのなら、残念ながら彼女達は無一文だ。
伝統的にMMOでは、作成時のキャラクターは無一文となっている。理由は簡単だ。僅かでもお金を持っていたら、その所持金狙いの攻略をされてしまう。
チュートリアルをすれば多少の小銭は手に入るのだが、それすら知らないかもしれない。その説明をしてやると――
「あー……噴水のとこの行列、それだったんだ」
「最初にでた変なのに書いてあったもんね」
「ま、まあ! 買えないんだから、我慢するしかないってことで」
「とりあえず、噴水の行列に並ぶ?」
などと納得している。
この人達はチュートリアルを受けたほうが良い。VRMMOの基本動作も教えてくれるから、その方が確実だ。俺がこの場でレクチャーしきれる段階じゃない。
だが、そこで良いアイデアが閃いた。
「……良ければ皆さん方にご馳走しましょう。いや、ナンパとかじゃないです」
いきなりの申し出に不審がられた。慌てて否定しつつ、話を続ける。逃すには惜しいチャンスだ。
「ただ、簡単な条件があります。『噴水広場』で食べること。誰かに聞かれたら『食料品店』で購入したプリンと苺ゼリーだと教えること。それでどうです?」
新商品の宣伝として「繁華街で女の子にタダで配る」というのを聞いたことがある。人は他人の持っているもの、食べているものが気になるのを利用した宣伝方法だ。
女性プレイヤー達はしばらく顔を見合わせていたが――
「君の名前も宣伝したほうが良い?」
「いえ……これを作ったのは知り合いで、俺じゃないんです。しないでくれた方がありがたいですね」
俺の名前を出したら薮蛇だ。えらいことになる。
それでも宣伝目的であること……公正な取引であることは伝わったようだ。
「みんなにプリンとゼリーひとつずつ?」
一人が抜け目の無さそうな顔で確認してくる。
拙いが交渉の形にはなっている。MMOプレイヤーの資質があるかもしれない。
「ま、まあ良いでしょう。一人に一品ずつ」
ちょっと困った感じで答えてやった。ちょっとしたサービスだ。
最初からそのつもりだったんだから、譲歩でもなんでもない。
それに代金だって半分は運営に取られてしまうが、残りはアリサの懐に入る。痛くもなんとも無い要求だ。
ほとんど落ちたようなものだが、なおも考え込む風の彼女達に駄目を押す。
「VRゲームで飲み食いをしても……ダイエットを止めたことにはなりませんよ? 何を食べても美味しいだけで、カロリーはないですから」
それで決まった。
『食料品店』で作品を買い込み、彼女達に配る。実に嬉しそうだが、俺だってホクホクだ。
これはいわゆるステルスマーケティングなのか?
サクラを使った……古典的な宣伝手法か?
まあ、どっちでも良い。効果が無くても痛手ではないし、なにより自信回復ができた。
リリーにしてやられたのは、さすがにノーダメージとはいかなかったが……俺だってアドリブで上手い作戦を立案できたりするんだ。一戦々々の勝ち負けを考えすぎは良くないだろう。
『噴水広場』に向かう彼女達を見送りながら、ささやかな満足感に浸っていたら――
「おーい、タケル! なにナンパしてんだ? なんだか分からないが、俺達の分もな!」
と呼びかけられた。先生方だ。
い、いい歳して、年下からたかる気か?
「アリサ大姐に言いつけるぞ?」
「拙者……カエデ殿派でござるから……カエデ殿に報告するでござる」
ちゅ、中傷誹謗に密告までやる気なのか?
いくら先生方といえども、これは酷い。断固抗議するべく――
「……みなさん何名ですか? 一品ずつで良いですよね?」
先生方から人数を聞いた。




