容易く得られた回答――1
追い立てられるようにして『ブルーオイスター』を辞することになった。
クピドさんは名残惜しんでくれたが、ガイアさんには急き立てられる。
……どういうことだろう? 何か失礼でもしたか?
まあ考えても答えが出る訳もない。
後でアリサに相談に乗ってもらおう。俺に落ち度があったのなら、教えてくれるはずだ。
そう独り言ちて、辺りを見渡す。
……暗い。
ちょうどゲーム世界は深夜といったところで、酷く暗かった。リアル世界では午後を回ったばかりで、まだ夕方にもなっていないのに。
先生方のアドバイス――リアルの時刻に合わせて生活が正しいと確信はしているが、この体内時計と見た目のズレは慣れられそうもない。
諦めてゲーム世界の方に合わせている奴らもいるようだが、その方が精神のバランスを取りやすいか?
……それはそれで、この世界のリアル感を高めてしまいそうだ。あまり良くない予感がする。
また暗いと不満に思うより、実際以上に明るいと褒めるべきかもしれない。
この世界は中世ヨーロッパをイメージしている。どんなに時代が下っても、史実で言えば十五世紀ぐらいか?
その設定を厳密に再現すれば、街灯なんて存在しない。まだ発想すらしてない可能性すらある。
しかし、時代考証なんて知らないとばかりに、全ての大通りで街灯が点されていた。
さすがに現代日本には及ばないが、配慮はされている証拠か。歩くのに困るようなことはない。
そして久しぶりに独りだ。
単独行動は拙いと思いつつも、『ブルーオイスター』へは誰も伴わない習慣が出来てしまっていた。
もちろん『RSS騎士団』の誰かと一緒でも構わないはずだが、クピドさん達がキューピッドモードで踊り始めてしまったら?
……色々と差し障りがあるように思えてならない。
かといってアリサに頼むのも、それはそれで変に思える。
なんというか……せっかくの隠れ家をバラしてしまうような?
……そもそも『詰め所』にしたって、渋い男の隠れ家がコンセプトだった。
いや、カエデやアリサが邪魔だと思ったことは一度もない。ネリウムとリルフィーも、大負けにまけて勘弁してやろう。
だが、しかし……やはり……静けさも大切だと思うのは、人として間違ってはいないはずだ。
首を大袈裟に振って、頭の中を切り替える。
……ガイアさんとクピドさんに、話を聞いてもらって良かった。無駄な力が抜け、かなり頭もクリアになった気がする。
もう夜歩きと割り切って、街をのんびりと進む。
あちこちの路地裏から街灯とは違う感じの光が漏れているのは、誰かが本拠地にしているからか?
寝具やら何やらは、何とでも手配できただろう。そもそも雨も降らなきゃ、暑さ寒さで苦しむこともない。目端の利く者に至っては、本格的な仮設住宅なども建てている。
それよりも問題なのは、安全性だ。
容易なことではないが、街にいる誰かを害する――殺す方法はあった。
そして眠ったり、単独行動などをしていれば……難易度も下がる。
……やはり現状は過酷だ。
カガチの言うようには――ゲームとして楽しむには、相当の胆力を必要とするだろう。あるいはリルフィーみたいな奴だけに可能な業だ。
降って湧いたような冷静さを活用するべく、頭を事件の方に切り替える。
実は一連の出来事を考えるたびに、奇妙な違和感を覚えていた。
アレックスは殺された。ボブは後追い自殺の形となるが、話の流れ的に殺されたも同然だろう。
ジェネラルも討ち取られた。その護衛役共々にだ。
それが悔しくない、憤っていないといったら嘘になるが……どこか信じきれてもいない。
なんだか現実感がなかった。いまでも『本部』へ戻れば、ジェネラルがいるように思える。
だからなのか悲しさも、薄っぺらく表面的なものに留まっていた。泣いたり沈んだりも必要なく……どこか乾いてしまっている。
俺は自分で思うより冷血だったのか?
それとも理性では出来事を受け止めつつ、感情では認めないで……決定的な打撃を忌避している?
慌てて思考の迷宮から逃げ出す。
いま考えなくても良いことだ。
俺の心が冷たかろうと、問題解決には関係しない。もし冷血であるのなら……それはそれで利用すれば良いだけだ。
いまだ信じられなかろうと……仇を討つのに不都合はない。冷静な判断力を維持できれば、必ず敵を追い詰めるのに役に立つ。
知らず握り締めていた拳を、ゆっくりと緩める。
……激情は必要ない。判断を誤らせるだけだ。
そして気付けば結構な距離を歩いていた。特別に暗い一角――『砦』前の近くまで来ている。
無意識に足が向かっていたらしい。『現場百遍』とも言うそうだが、苦笑いも込み上げてしまう。
『砦』前に――戦装用区画へ来たものの、まるで何も見えない。
いままで歩いてきた大通りを暗いとするのなら、半ば闇に飲み込まれている。
ただっ広い区画なのに、何一つとして光源が無いせいだろう。
さすがに区画の外側に街灯はあるものの、あちこちに少しずつで全く足りない。むしろ闇を濃くしているとしか思えないくらいだ。
その風景には、いたたまれない気分にさせられた。
ゲームの時と――不具合の起こる前と比べると激変している。
暗くて不便であろうとも、あちこちにある街灯の下に『決闘者』が屯していたりと……それなりに賑やかだった。
しかし、いまや人っ子ひとりとして居らず、静まり返っている。それは廃墟などが持つ寂しさに通じるものがあった。
予想通りだったが、時間帯をずらしても人は居ない。
これで推理のうち一つが否定される。
唐突に『決闘』への興味を思い出したジェネラルが、この非常時なのに暢気に遊んでいる『決闘者』を発見。話をするべく区画内に入ったところでを敵に襲撃された……という流れだが、やはり少し都合が良すぎた。
誰も居ないのだから、そんなことは不可能だし……目撃証言とも食い違う。
全てを説明できても、現実に即してなかったら意味がない。
……あり得ないと判断していたことを、無理だったと再確認をする。これも『現場百遍』の効用なのか?
そんな馬鹿なことを考えていた矢先、視界の隅で動くものを捉えた。
人がいる! それも戦争用区画内にだ!




