仙人の群れ――2
こっそりと『食料品店』のカウンターまで移動した。……この用事が終わるまでに、先生方の議論が静まればいいのだが。
本日から登録した『食料品』が実装される。それはリシアさんのハーブティで確認できたし、アリサからも報告を受けた。
カウンターのモニターでメニューを調べてみると、登録を勧めた『食料品』は――
誰とも被っていない!
一番の心配はネタ被りだったのだが、それさえ回避してしまえばなんとでもなる。
事実、定番『食料品』の類は可哀想なほど被りまくっていた。定番中の定番、『マンガ肉』に至っては登録者が二桁の大惨事だ。
内容でも期待が持てる。
アリサが登録した『食料品』は『プリン』と『苺ゼリー』だ。
βテスト初日にはカエデはもちろん、アリサやネリウムも執心していたから……初めて『きいろスライム』や『あかスライム』を見る、今日から開始のプレイヤーも同じだろう。狙い撃ちにできる。馬鹿売れするかもしれない。
『食料品』による収入など、最終的には大したことはない金額だが……序盤やブームを起こしたときは別だ。もしかしたら大勝できるし、少なくとも労力に見合う見返りは確実だろう。
ただ……この作戦のことを考えたときに……違和感というか……後ろめたさを感じることがある。
なんでだろう?
やはり、これはある種のRMT――リアルマネートレードとも言えるから、何となく気に病んでいるのか?
RMTとは現実のお金と、ゲーム内通貨やレアアイテムをトレードすることだ。例えば金貨一万枚を一万円で売買などとなる。
ほとんどのMMOで規約違反とされているし、もちろん、『セクロスのできるVRMMO』でも禁止されている。発覚した場合は即座に垢BAN――アカウント・バニッシュメントされるんじゃないだろうか?
MMOに詳しくないと理解しがたいと思うが……RMTはチートツール使用と並ぶほどの大罪で、蛇蝎のごとくプレイヤーに嫌われている。マナー違反や迷惑プレイとは次元が違う。
究極的に言えば、ゲームとは不自由を楽しむ行為だ。
チェスや将棋などにに置き換えて考えれば、疎まれている理由が解る。
相手の駒が邪魔だから取った、あの位置に駒があると有利だから置いた。相手は嬉しくないだろうが、ズルいと怒りはしないはずだ。それで怒る人は別の問題を抱えている。でも――
この駒が本来のルールと違う動きをできたら便利だ。動かせるようにしよう。
ここで手元にはない駒があったら助かる。買ってこよう。
そんな発想がチートツールやRMTだ。烈火の如く怒る人だっているし、ありとあらゆる擁護は屁理屈に過ぎない。課金アイテムなどとは意味がまるで違う。
だが、RMTの誘惑は甘い。
買う者も売る者も絶えないし、この『セクロスのできるVRMMO』でも手を染める者はいるだろう。
しかし、色々なMMOの運営だって手を拱いて見ているわけではない。対症療法的に擬似RMTを企画したりしている。
擬似RMTとはこんな感じだ。
運営が何かの商品……例えば「『セクロスのできるVRMMO』チップス」なんて商品を販売する。たいていは期間限定、売り切れ次第終了だ。チップスは例だから、品物はなんでもいい。商品価値はオマケの方にある。
このオマケは「通常プレイでは決して手に入らない、少し便利なゲーム内アイテム」などが望ましい。……ここで「無くては成らない必須アイテム」とか「射幸心を煽りすぎる当たりハズレがある」などとしてくる運営は、『強すぎる』から要注意だ。
購入者は自分でそのアイテムを使用してもいいし……ゲーム内でトレードしてもいい。
回りくどい方法だが、それで現実のお金をゲーム内通貨にできる。
そこまで面倒臭い手段なら、単純なRMTの方が楽と考えるかもしれないが……プレイヤー視点ではまるで違う。
なによりも、まず、公式に認められている。
つまり、決して規約違反ではないから、垢BANされる恐怖に怯えなくてもいい。
そして、『RMTで必ず存在する売り手側』に現金を渡さないで済む。
ありとあらゆる非合法商品は……『買う奴がいるから商売が成り立つ』のは真理だ。
そしてMMO特有の問題点なのだろうが……楽しみを目的とするプレイヤーと、リアルマネー目的の『業者』とはロジックがまるで違う。
大手MMOには『業者』がいることがある。
RMTでの売り手側で、専門的に営んでいる奴らだ。
専業かもしれないし、素人による片手間のバイト感覚かもしれない。だが、それはどうでもいいことだ。そんな背景は関係ない。
問題は『業者』の大半が『仕事』として行動していることだ。
ゲーム内通貨を売る商売をするなら、当然だが商品を仕入れなければいけない。
基本的には俺達プレイヤーと同じく、『業者』もゲームを通じて仕入れる。そこでの行動規範がまるで違う。
商売での絶対的正義は儲かることだ。
マナー違反でも儲かるなら気にしないだろうし、チートツールも捗るなら使うだろう。周囲に迷惑がかかろうが関係ない。楽しくなくたっていい、仕事なんだから。
アカウントハックなんて、手っ取り早くて最高だ。被害者の資産を根こそぎ回収できる。被害者の涙は儲けを減らさない。一撃で大儲けできる。
自分達によってゲームが破綻したり、運営が潰れたって知ったことじゃない。その時は別のMMOで商売をするだけだ。
事実、『業者』によって潰されたり、商売が傾いたMMO運営も存在する。
自分の愛するゲームを壊された経験のあるプレイヤーにとっては……『業者』は未来永劫許せない、憎むべき敵なんじゃないだろうか。
極端に言えば他のプレイヤーがRMTをしても、実際には気にならない人がほとんどだと思う。
自分のお金で買うわけじゃないし、自分がゲーム内でお金持ちになるわけでもない。
俺なんかも「わざわざお金を払って、自分が遊ぶゲームを自分でつまらなくして……何が楽しいんだ?」程度の感想しかない。……さすがに少しズルいとは思うが。
本当に困るのは運営だけだ。
RMTは確実にゲームの寿命を縮めてしまう。ゲームの本質が不自由を楽しむことであれば……楽ができる分だけ薄まっていく。
だが、仕組みを理解してしまうと、RMTをするプレイヤーは裏切り者にしか思えなくなる。それは貧乏人の僻みじゃない。
買えば『業者』を容認することになるのだから。
それでもRMTは麻薬のようにプレイヤーを蝕む。
そこで末期の麻薬中毒者に麻薬を与えるように、公式による擬似RMTなんだと思う。
ゲームの寿命を削る行いだし、安易に儲かる手段は毒ともなる。運営にとってもだ。
それでも『業者』から買われるより、『業者』がゲームに巣くうよりマシな選択なんだろう。
そして『食料品』の登録は、擬似RTMと同じと言えなくもない。




