急行――2
先導に従って走る。
……その間にも嫌な予感は強まっていく。
ゲーム的には、俺達の行動は正しい。
戦力の逐次投入という、最も避けるべき選択にもなるが……窮地にある味方の救援は、絶対の正義だ。
これが守られないのなら、集う理由が――仲間でいる意味が失われる。
ギルドはメンバーを守り、メンバーはギルドを支える。最も単純な相互保障だ。
どんな時でも救援を送る方針は、最前線にいる仲間にとって最後の希望にもなった。
例え絶望的な状況下であっても後続を信じられれば、死力を尽くせるようになる。粘りが貴重な時間を作り、それで後続が間に合って……正の連鎖が起きるのも珍しくない。
俺達だって初心ではなかった。
それなりの場数は踏んできている。この世界で最も熟練した戦闘集団といってもいい。
一瞬々々の判断は、その経験を生かせていると思う。前以て考えてある手順であり、実戦を通じて研磨してきた方法論だ。
しかし、そんなセオリーだとかは、最早どうでもよかった。
いま絶体絶命の味方がいる。
だから救いに行く。
必死に街を走る。
とにかく走り続けた。その様子を見たプレイヤー達も、率先して俺達に道を空ける。
……当然か。
なにやら召集を連呼している奴に続き、血相を変え完全武装で走る俺達だ。何かあったと考えるほうが当たり前だし、敏い奴ならピンときている。
それにゲームの時なら珍しくもない。
狩場のちょっとした諍い、何らかの不文律が破られる、積もった怨恨が何か切欠で爆発した……ギルド単位での騒動が起きる理由など、いくらでもあった。
……いや、同じように捉えるのは問題があるか?
そもそもゲームの時なら、ここまで初動が遅れたりしない。
手練のプレイヤーなら襲撃された次の瞬間には、すでに救援要請を出している。ギルドメッセージを使えば、十分に可能だからだ。
……ここでも不具合に妨げらている!
いや不具合の最中だから大問題で、それが相乗効果で悪化しているのか?
わめき出したくなるのを必死に堪える。
噛み千切らんばかりに唇を噛み締め、とにかく足を動かす。
俺が泣き叫んだり、怒鳴り散らしたりしたら……皆が惑う。そんな余裕も時間も許されていない。
何処へ向かっているのか判ってきた。
この先は『砦』の前――戦争用の区画だ。
「『砦』前か?」
「ああ。次の大通りを曲がった先だ!」
いくつかの予想のうち、最悪の一つだった。
なぜ戦争用区画に?
しかし、深く考える時間は与えられていない。とにかく急ぐしかなかった。
「下がって。カイ副隊長の指揮下に」
そう先導の役に言いながら、大き目の盾を構えた二人が先頭に踊り出てくる。『戦士』のメンバーだ。
同時に後方からは『僧侶』のメンバーが『プロテクション』を使う声が聞こえた。それで前衛に立った二人の身体が光に包まれる。
これで突撃の準備は完了といったところか。もし修羅場になっていようとも、すぐに飛び込めるし……その覚悟であるのも伝わってくる。
しかし、前衛二枚では不足か?
俺も盾役に参加しようかと思い、即座に否定する。可能な限りフリーでいるべきだ。
「悪い、やばくなったら前に出る。それまで遊撃に――」
「当たり前です!」
カイに叱責され、最後まで言わせて貰えなかった。
「その時は、あたしが三枚目のタンクを!」
『HT部隊』のメンバーから志願される。
……アリサ達を連れてきたのは、大きな誤りか?
志願してくれた子に応えるべきだったが、何の言葉も掛けられない。苦い思いのまま大通りを曲がる。
やっと戦争用区画が視界に入ってきた。
当たり前だが、戦争用の区画内には誰もいない。不具合の起こる前は決闘好きのプレイヤーがそこかしこに屯っていたが、いまは完全に無人だ。
……無人?
そんな訳がない!
心臓が掴まれたかのように、一気に不安が胸に広がる。
素早く辺りを観察しなおす。
………………一人だけプレイヤーがいた!
なぜか泣き崩れていているが……女性プレイヤーが一人だけ座り込んでいる。もちろん戦争用区画の外側にだ。
……しかし、泣き崩れて?
全員の足並みが緩んだのに檄を飛ばす。
「突入するぞ!」
重い足取りのまま、戦争用区画に入った。
同時に喉に何か詰まったかのような感覚を覚える。
死地とも言えた。命を的にモンスターを狩るのと比べてすら、別次元のプレッシャーだ。
「どこだ? 早く案内してくれ!」
そう言いながらも、戦争用区画を見渡す。
広い。戦争をした時は狭いとすら感じたのに、異常なまでに広々と感じる。
……そして人っ子一人として見当たらない。完全に無人だ。
現場がまだ遠くなら、急がねばならない。焦れて再び問い質す。
「どこなんだ? 急いで現場に向かわないと――」
しかし、振り返ると……ここまで俺達を案内してくれたメンバーは、境界を踏み越えて数歩の所で崩れ落ちていた。
「ここなんだ! ここで俺は……俺や団長は襲われて……」
そこまで言うのがやっとのようで、後は何を言っているのか判別不能だ。
……いや、一つだけは理解できる。
俺達は間に合わなかった。
それを疑う余地すらない。




