終わり。または始まり。――1
実に平穏だった。
油断すると置かれている状況を、忘れてしまいそうになる。
結局、デスゲームなんていうのは、このように落ち着くのではないだろうか?
そもそもプレイヤーは、現代日本人もしくはそれに順ずる文明人だ。
さらに成人限定が建前だったのも追い風となっている。
参加者の精神年齢が高ければ高いほど、自重を期待できた。それはつまり話し合いの余地が常に残っているということで、最終的な衝突を避けやすくなっている。
カガチのような『見た目は大人、頭脳は子供』だらけだったら、どこまでの混迷に陥ったことか。考えただけで肝が冷える。
……まだ大人になりきれてない俺が言うことでもないか。
とにかく落ち着いて考えることさえできれば、誰もが似たような結論に辿り着く。
最も優先するべきは、何もしないだ。それに尽きる。
となれば、いまのような対処療法というか……その場凌ぎを続けていけばいい。
また、そうするしか他に手もなかった。
幸か不幸か、俺達に解決策は――ゴールは提示されなかったのだから。
そんなことを思いながら、ギルド『水曜同盟』のクレームを聞き流していた。
マルクの主張は前回と同じく、遊んでいるギルドホール開放の要求だ。要約すると――
「貴重なプライベートスペースを遊ばせておくぐらいなら、万人に開放しろ。それに同意できないのであれば、何か代案を!」
といったところか。
しかし、奴の方でも理解できてるはずだ。
仮に無償で開放したところで、その次の手順――ギルドホール建設の段階で頓挫する。
誰かが建設費を捻出しなくてはならなかったし、現状でどうにかできる者もいない。それは『RSS騎士団』のような大手ギルドでもだ。
……いや、むしろか?
「言いたいことは判らないでもないが、とにかく無理だぜ。うちとしても貴重な資産を無償譲渡なんて、絶対にできない」
「そんなことを言うから、話が進まな――」
「いや、アレだぜ? なにがなんでも反対でもない。そうだなぁ……俺に全権がある訳でもないし、確約はできんが……少なくとも購入価格を補償した上で、俺達にも納得可能な活用プラン――これは財源の提示もセットな――は必要だ。さらにいうなら、ほんの少しで良いからメリット……そんなところだな」
言われたマルクは唸るが……半分くらいはポーズな気もしてきた。
これでお互いに義理が立つ。
俺は『RSS騎士団』運営陣として資産の権利を守りつつ、対話には応じる姿勢をアピールできる。
奴の方も仲間から上げられた不満を、訴えることはできた。
……何の解決にもならなくてもだ。それは俺のせいでも、奴のせいでもない。
ようするにポジショントークというやつか? あの『立場が言わせる』の方のだ。
もう少し損得関係が単純なら、意外と友人になれそうな気すらしてきた。
……出会い方が最悪すぎて無理か? それにマリク自身はともかく、ギルド『水曜同盟』の方はタカ派に分類できてしまう。
「俺のところだけじゃなくて、秋桜のところへも言えよ。……でないと、少し不公平だろ?」
そう言いながら、カイの仕切りに従って次の面会者に対応する。
「――悪いね、立て込んじゃっててさ。できれば平和裏にいこう」
「構わないよ。……でかいところは大変だな。お互い不運だったけど、なんとか乗り切っていこうぜ」
そう挨拶が返され、軽く握手を交わす。
相手は正式な停戦協定を望むギルドの代表者だ。
前回の時には知らなかったのか、それとも様子見したのかはさて置き……合意は多くの勢力から得ておきたかった。ただの形式に過ぎなくともだ。
それと相手が言うように、俺達は敵対関係にある訳じゃない。
同じ被害者同士という、相憐れんでもよいぐらいに横並びの関係だ。助け合いの精神の確認は、決して無駄にならないだろう。
「な、なんでうちに話を振るんだよ!」
秋桜が不機嫌そうに文句を言ってくる。
やはり予想通り秋桜とリリーも『食料品店』前に陣取っていた。
俺が出張ったから、あいつらもなのか……あいつらが頻繁に顔を見せるから、俺も重視するのか……その辺は微妙すぎて判断が付かない。
まあ、期せずして情報交換会となりつつあるか?
他の有力ギルドの運営陣もチラホラ目にできる。
「おっと……そういうつもりじゃなかった。悪いな」
「わ、判れば……良いけど……そ、そんなに怒るようなことでもないし」
それで秋桜は誤魔化されてくれた。
が、実際は「『RSS騎士団』と『不落の砦』、そしてその後ろに控える『聖喪女修道院』を同時に相手取ってみるか?」という脅しに近い。
さすがに面白くはなさそうだが、察してマリクは黙った。
リリーは面白そうにしてたから……そのうち代価をせしめらるか?
そして自分達の事情に掛りっきりともいかなかった。
「質問があるんだ。『西側』で新マナーを提唱されたけど……これは総意と受け取って良いの?」
「『西側』のこともだけど……『あかスライム』狩りの仕切りで言いたいことがある」
などと色々な問題提起がなされたからだ。
これも前回から大きく変わったことか。
渋々であろうとも、多くの者が狩りを再開していた。誰もが金貨を欲しているのだから、仕方のないことだろう。
しかし、同時に全ての狩場も様変わりしている。
平時とは色々と前提が変わっていて、思わぬ難易度上昇となっている場合もあった。
俺たちプレイヤー側も絶対死ねなかったりと、条件を追加してしまっている。
となると新しい対処法が必要になってたし、それを普通の方法で決める訳にもいかなかった。
……いつものやり方には、死人が必要だ。
何人か犠牲が出てから、初めてルールの制定や話し合いが求められる。それでは問題の解決までに、どれほどの人柱が必要か判ったものじゃなかった。
でも、まあ……誰もが慎重になっているし、そもそもMMOプレイヤーとしては素人の方が少ない。
そして話し合いの場さえ設けてあれば、平穏に処理していける。
なによりもMMOが宿命的に持っているプレイヤー間の競争。それが意味を失いつつあった。
もうのんびりと、そして安全に金貨でも稼ぎながら過ごし……いずれは救出される。
誰の目にも、その筋道が明らかになりつつあった。




