その翌日――5
もちろん全力で聞き流す。何か言い返しでもしようものなら、倍になって返ってくるに決まっていた。
「それで……どうしたんです?」
脱線を戻すべく、タミィラスさんに訊ねなおす。
……ちょうどハイセンツの頬に付いたソースを、拭おうと争っているところだった。一応、ここは『RSS騎士団』の施設なんだけどなぁ。
「な、なによっ! ほ、本当にカガチのお目付け役なんだから!」
……どうやら建前じゃなかったらしい。
ならばカガチに問い質すしかないか? その本人は、プリンを前にやっと大人しくなったところだ。
悩む俺に、意外な人物から助け舟が出される。
「タケルさん、今日はトロル狩りへ行く約束だったじゃないですか」
なんとリルフィーからだ。
「そういや、そうでしたっけね。隊長、トロル狩りなら……前衛の奴らには槍を持たせやすか?」
そんなことをグーカも訊ねてくる。
巨大モンスターを相手にする時は槍を――それも非常に長い槍を使うのも有効だ。得物が長い分だけ、危険に近寄らないで済む。
「後ろの――弓の奴らは、クロスボウに換装させる?」
リンクスも首を捻りながら、そんなことを言い出した。
大軍と戦うのでもなければ、連射性が劣っても威力に勝るクロスボウ系統の方が有利だ。特に標的が、異常なHP量を誇るようであれば。
「準備をするなら、急がないと。今日は午前の会議は中止だし……出発は朝食の後すぐ――で、良いですよね、隊長?」
カイはカイで、新事実を皆へ通達していた。
それを聞いて全員が浮き足立つ。意外と時間的余裕はないと考えだしたのだろう。
「先に言ってくだされば……今日のお昼は、何か出先で食べられるような物を――」
などとアリサも、らしい心配を始めてしまう。
「いや、まず第二小隊に――シドウさんところに話を通して、腕の立つ人をヘルプに回してもらわないと。それにダメージディラーの心配より、先にタンクを選出だな。何をやるにしても、トロルの攻勢に耐えれる盾がいなきゃ――って、誰だ、今日はトロル狩りとか言い出した奴は!」
思わず会話に引き込まれてしまったが、腹案は別にある。
しかし、あろうことか……ほとんど全員、無言で俺のことを指差しやがった!
「な、なんで俺が言いだしっぺなんだよ! 違うだろ! というか、今日は別の用事があるんだよ!」
この至極まともな反論に、『RSS騎士団』メンバーの大半が我に帰ってくれた。しかし――
「ずるいっすよー! タケルさん! 今日はトロル狩り行くって約束したじゃないすっかー!」
「そうだよ、そうだよっ! リーくんお兄ちゃんの言う通りだよっ! タケルお兄ちゃんは嘘吐きなの? 騙したの? 女っ誑しなの?」
なんとリルフィーとカガチが一致団結して、俺を責め立ててきた。
……精神年齢が近いから、同調しやすいのか?
「やかましいわっ! 俺は約束なんてしていない。それに実際に用もある。午前中が空いているのは珍しいんだ……譲らないからな」
そう断言すると、リルフィーの方はすぐに大人しくなった。
さすがに面白くはなさそうだったが、意思は堅いのがすぐ解ったのだろう。それぐらいは腐れ縁も長くなってきている。
「そ、そんなこと言ってっ! タケルお兄ちゃんも、お父さんと同じだっ! お、大人はいつも――」
「まあ、まあ、カガチちゃん。まずは隊長に訳を伺おうじゃありやせんか。隊長のことです、必ず理由がありやすよ」
騒ぎ出したカガチを、グーカがあやしてくれた。
「しばらく外交というか……他所のギルドと話してなかったから。今日は『食料品店』前に行くつもり。あそこに顔を出せば、向こうから何か言ってくるだろうし」
「あー……タケル君、なんだっけ……『水曜同盟』?とかいう子の集まり。あの子達が何か言ってたよ。うーん? まあ、例によって文句だとは思うけど」
俺の宣言に、さっそくミルディンさんが情報をくれた。
やはり怠けていると、すぐに滞る。小まめに処理をしておいた方が、大事にならないで済むはずだ。
「ね? 隊長にはお役目があったんでさぁ」
「で、でもっ! カガチの方が先に約束したんだもん!」
……これは生半のことでは駄目だ。軽く涙目にすらなっている。しかし――
「そこを許してやるのが、気立ての良い娘さんってもんです。まあ、今日のところは……あっしにお付き合いしてくだせえ。カガチちゃんの行きたい狩場なら、どこへでもお供しやすから」
などとグーカに宥められて、なんとなく落ち着いたようだった。
……本当に子供をあしらうのが上手い。思わず感心してしまうほどだ。
「トロル狩りは、明日――か明後日には必ず行こう。それこそ約束するぜ」
それでカガチがようやく納得し、解決となった。
……全員がカガチの面倒をみることに疑問すら感じてないが、それはどうなんだ?
「では外交関係の団員は、隊長と一緒に……昼までですか、隊長?」
「いや、何時までとかは考えていない。流れ次第だな。でも、たぶん昼に戻れないと思う。手の空いているメンバーは、グーカかリンクスに従って行動。狩場の選考は二人に任せる。――軽めの狩場ね?」
そう決めると、やや弛緩した空気が流れた。
さすがに高難易度狩場へ赴くのと軽い狩場で流すのとでは、その必要なテンションはまるで違う。
「……いま思いついた。今日の昼飯は、各自で段取りすること! アリサや『HT部隊』の子達に頼るなよ!」
一瞬、『情報部』のメンバーは黙ってしまったが、すぐに了解してくれた。
昼に戻れば飯にありつけるのは、かなり楽チンだ。なので歓迎したい流れではないだろうが……裏の意図に、すぐ気付いてくれたのだろう。
「ということで、アリサ達は自由行動な。狩りに行きたかったら、グーカ達と合流……かな? もちろん他の用事があるなら、そっちを優先してくれて構わない」
そんなことを言いながらも、我ながら良いアイデアに思えてきた。
小まめに各部署の人間を休ませねば、いつかは破綻してしまう。
すでに一回、俺自身も限界を感じている。口にし難いだけで、皆も同じだろう。
俺も自分で昼食を段取りになるが……おそらく秋桜とリリーが現地に居るはずだ。あいつらの妙に手の込んだ和食を、奪い取る絶好の機会か?
色々と文句は言うだろうが、所詮は秋桜とリリーのコンビだ。
あれで変に抜けたところがある。上手いこと騙かせば、なんだかんだで奢らせることが――
「私はタケルさんのお供をしますね」
密かに悪事を考えていた俺に、爽やかな笑顔でアリサが宣言した。
「……いや、だから……夕方まで自由行動で……良いんだよ? その……好き勝手に……自分のやりたいことを?」
「はい! ありがとうございます、タケルさん! ですから私も、タケルさんに便乗しようかと」
よく考えてみれば、アリサもギルド『HT部隊』のリーダーだ。自分でもアンテナを広げておくのは、必要不可欠ですらある。ただ――
早くも食料強奪作戦は暗礁に乗り上げた。そんな気しかしない。
「うん……無理に来なくても……良いんだよ?」
「無理なんて、そんなっ! ……何か問題でも?」
その問いかけには、曖昧な顔で首を振ることしかできなかった。




