その翌日――3
ペンギンの着ぐるみ姿だった。
しかも、お笑い芸人仕様だ。
顔が完全に露出するタイプのアレで、厳密には被り物と呼ぶべきか?
もちろん、降りてきてすぐ目にしていた。目の前の挿絵にだって、ペンギン姿の勇士がキリリと描かれてもいる。
だから衝撃はもう通り過ぎていて、驚いているんじゃなくて……とにかく、まず言いたいのは――
この女は、なんだって朝から着ぐるみを被ってるんだ?
という本質的にして、誰もが思う素朴な疑問でしかない。
視線ガードに使っていた新聞を、なんとなく元あったように折り畳む。
すると近くの席に座ったカイが手を伸ばすので、そのまま渡してやった。……さすがにカイは、俺と同様に眠そうな顔をしている。
「副隊長、次は俺にっ!」
なんて声も上がったから、どうやら俺に遠慮してくれてたのだろうか。
「……『情報部』で一枚?一部と呼ぶんだっけ?購読しても良いな」
「そうですね……思ったより値が張るようですし……内容的にも監視下に置きたいですね。予算を付けますから――」
半ば聞き流しながら、ネリウムの方へ向き直っておく。
了承してくれたのなら、俺より良いように段取りしてくれるだろう。
それにいまから試みる危険物処理の方は、集中力を必要とする。
……ネリウムは満面の笑みで両手を振っていた。もの凄く楽しそうだ。
パタパタと両手を動かすが……それもきちんと羽根というか、ペンギンらしく先が丸まちくなっている。器用にも各々の手にナイフとホークを持ててるのが驚きだ。
……ちゃんとお腹が一杯になれるよう、食事は食事でしていたらしい。
全体的にユーモラスさを醸し出し過ぎというか、馬鹿にされている気分になるというかだが。
「どうです? 昨日の勝負で審査員特別賞を頂いたのです! いつのまにやらタケルさんは居なくなってましたし、雰囲気だけでもと思いまして」
いくつか思ったことはある。
まずアリサが影響されて、挿絵にあった新妻ルックだったら……俺はどんな反応をすれば良いのか。
そして新妻のコスプレとペンギンの着ぐるみ……いかにして優劣をつけたのだろう?
さらにT先生にスケッチしてもらえる栄誉に預かれたのに……良かったのか、ペンギンで?
「はあ……それはまた……ありがとうございます」
万感の思いはありつつ、簡単なコメントで済ませておく。……これは生き残るための知恵だ。
「……ネリー、それ気にいってたんだね。――って、『ありがとうございます』じゃないですよ、タケルさん! どうして居なくなっちゃうんですか! ずるいっすよっー! 俺が代わりに磔にされたじゃないっすかっー!」
「うるさい、知るか! ――って、なんでお前が磔にされてんだ?」
そんな文句を言われても、俺には答えようがない。
だが、その疑問はあっという間に回答を得た。
「せっかく作ったのに勿体無かったからね。タケル君には逃げられちゃったし」
朝食を食べながら、ギルド『象牙の塔』ギルドマスターのミルディンさんが教えてくれた。
「お先に頂いていたでごさる、タケル氏」
他の朝食はきちんと食べる派な先生方も、ニコニコと挨拶を返してくれる。
かなり早い段階で……先生方がこの大きな食卓を強請られた翌日辺りから、一部の先生方も朝食に混ざるようになっていた。
それそのものは良い。
二階に俺達、一階は先生方で……要するにご近所さんだ。また喧嘩しているわけでもないし、わざわざ分かれて食べることもない。
それに下世話な話となってしまうが、代金だとかは先生方の事だ。その辺はきちんとしてくれているに違いない。
が、徐々に人間の坩堝になりつつあるのはどうだろう?
「ほらっ、ニンジン残ってるわよ!」
「ちょっ! 恥ずかしいじゃないか! ……ニンジンは苦手なんだよ」
などと仲良くタミィラスさんとハイセンツが喧嘩しているのは、どういう訳だ?
……口論になるぐらいなら、タミィラスさんもハイセンツの世話など焼かねば良いものを。その上――
「ワガママ言わない! ――でも、このサラダ少し妙ね。ねえ、アリサ……どうしてこのサラダ、彩りにニンジンなの? 普通はトマトじゃない?」
などと意味不明な文句まで飛び足す始末だ。
それに聞かれたところで、アリサにだって答えようはないだろう。
「どうでも良いじゃないですか、トマトなんて。あんな物は生臭いだけです。――それより! どうかしたんですか、こんな朝早くに? 急用ですか?」
賭けても良いが、昨日までの朝食のメンバーにタミィラスさんは居なかった。
そりゃそうだろう。タミィラスさんだって、わざわざ俺のところへまで朝食をタカリに来るほど困っちゃいない。
「わ、私はっ! 私はただ……その……カガチのお目付け役よ!」
驚いたことにタミィラスさんは赤面し、なんだがばつが悪そうだった。
どうしちまったんだ? あの『女王』タミィラスさんが……赤面するとは!
しかし、その謎を解く間もなく、次の驚きが耳を襲う。
「おはよー、お兄ちゃん! カガチ、自分からやってきたんだよ。置いていかれないように! 賢いでしょ? へ、へ……」
朝から子供の大声は頭に響く。少しは加減して欲しかった。しかし――
「あーっ! 朝からプリン! い、いけないんだよ……ご、ご飯の時にお、お菓子は……お菓子は駄目なんだからね!」
などと追撃は加速した。
そのまま俺の大切なプリンに手を伸ばしてくる厚かましさだ。
「やらんぞ! これは俺んだ!」
「あっーお兄ちゃん、大きいくせにケチンボ!」
「うるさい、何とでも言え! とにかく、このプリンは駄目だ。上のところはカリカリで……中はフワッととろとろ……そして底にはほろ苦いカラメルソース……こればかりは誰にも譲れん!」
大人気ないと言う者もいるとは思う。
だが、このプリンは数日前にも感動した逸品だし、例え子供が相手でも譲れない。
しかし、カガチも引き下がらなかったから、争奪戦が開始してしまった。




