その翌日――1
翌朝、階下へ降りていくと、既に朝食の支度がされていた。
完全に寝坊だ。例の仮設洗面台へと急ぐ。
厳密に言えば洗顔の必要はない。全ては気分の問題にすぎないが、やはり朝は冷たい水でシャキッとするべきだ。
そんな俺へ微笑みながら、アリサが近寄ってくる。手にはタオルを持ってだ。
……なぜか少しくすぐったい。
「ありがとう」
「はい……どうかしました? 顔に何か付いてます?」
受け取ったタオルを使いつつ、アリサの顔を観察してたら不審に思われてしまった。
「なんでもない。うん、今日も良い天気だな!」
慌てて誤魔化すと、あるかなしかの笑顔に戻ってくれた。
なんだか機嫌が良さそうだ。それはそれで何よりだが……まるで眠そうには見えない。
俺と同じぐらい――いや、俺より早起きしているのだから、俺より短い睡眠時間のはずだが……あまり寝ないタイプなんだろうか?
昨夜の緊急会議の終わって『詰め所』に戻ると、アリサは帰りを待っててくれた。
……つまり、寝ないでだ。
眠いし面倒臭いしで、もう『本部』で適当に休もうとも考えただけに、かなり驚かさせられた。
……全く後ろ暗いことはないのに、反射的に謝ってしまいそうなぐらいは。
ちょうどゲーム世界はぎりぎり午前中で、まるで大胆な朝帰りの様相ではあった。
いやリアル時間で考えると午前様か?
どちらにせよ、そう褒められた帰宅時間ではないが……それだって任務ゆえだ。
当然、同じようなことがあったら、次は待たずに先に寝ていて欲しいとは言ってある。あいまいな微笑で誤魔化されてしまったが。
もし俺達二人が『詰め所』へ戻らない選択をしてたら……アリサは朝まで寝ないで待っていたのだろうか? そんな疑念が湧いてくる笑顔だった。
まあ、そんなことはない。
当然だろう。アリサにそこまでする理由がない。ないが、しかし――
次からは何があっても、何時になっても戻ろう。
そう心に固く誓うことになったのは、俺が臆病だとかそういうことではなく、人として礼節を弁えているから……ということにしておく。
やっと席へと着いた俺へ――
「おはようさんです。先に頂いてやすぜ」
「やっと起きてきましたね」
「おー……タケルさんより早起きとか、初めてかも!」
などと口々に挨拶をされる。さすがに誰から何を言われたのか、把握なんて不可能だ。
「おはよう。遅くなって済まない。食べてた人はそのままで。待っててくれた人はありがとう……それじゃ食べようぜ?」
ざっくりした受け答えになったが、また口々に色々と返事をされる。まあ把握しきれないが、賑やかなのは良いことだろう。
それでいつも通りな朝の風景――
……にはなららなかった。
二つほど妙なことがある。いや細かく言うと三つ……いや全部で四つか?
とにかく色々と変だ。
真っ先に目に付いた変事には、「絶対にツッコまないぞ」と心に堅く誓う。
……藪を突いて蛇を出した場合、痛い目に会うのは突いた方だ。
その決意も新たに、まず俺が定位置にしていた席に置いてあった紙を取り上げる。
畳まれていたのを広げると、一枚の紙なのが判った。かなり大きい。
元々は二つ折りだったらしく、その折り目だけ綺麗に跡ができている。
その裏表に隙間がないくらい文字が書かれていた。
ちょうど本のように読ませるつもりなのだろうか? 四ページしかない本になるが。
実物を見るのは初めてだったが、心当たりがあった。
これは新聞だ。
まだ携帯端末やインターネット環境が充実してなかった頃、紙に情報を書いて伝達する時代があった。『昭和劇』なんかでも、目にしたことはあると思う。
そう思って見れば、ちょうど一ページ目――確か新聞は『面』で数える――に『東西南北新聞』と書いてある。
間違いない。予想通りに新聞だし、ギルド『東西南北』の発行物だ。
どんな物かと、ざっと流し読んでいく。
一ページ目――一面には発刊の挨拶、自分達の目指すべき姿勢やポリシーなどが述べてあった。思ったよりも真面目だ。
ちゃんと「この不具合を皆で協力して乗り切りましょう!」みたいなお題目もあったするし、それらしさは出ているか?
二面には各狩場の状況がざっと紹介してある。
新聞はニュースサイトなどの祖先に当たるものだ。
となれば一般人が知りたい情報を伝えるのが本道ではある。……若干の疑問は感じるが。
特に『西側』の狩場について「某騎士団が中心となって、新しいマナーを提唱――」などと書かれてしまっている。対処の必要があるかもしれない。
三面からは、やや砕けた感じの内容だったが……その関係者だと、かなり微妙な気分になる。少なくとも俺はなった。
早くも昨日のお祭り騒ぎ――ネリウム考案、遠く明代の頃より伝わる『壺棲武礼闘技』が記事になっていたからだ。
もうギルド『東西南北』の奴らの勤勉さには頭の下がる想いだが……それ以上に不可解な点もある。
挿絵だ。
SS――スクリーンショットにも不具合は発生しているから、写真が使えないのは判る。
……いやSSが確保できたところで、紙面に印刷するのは無理か?
とにかく、写真の代わりに挿絵が描かれていた。
メイド服姿の秋桜、和風メイドなリリー……これは何がテーマなんだろう?
なぜかアリサはごく普通のブラウスにスカート、その上にごく普通のエプロンという格好だ。敢えて言うのなら……若奥様か?
かと思えば亜梨子は――やはり参加していたらしい――バニーガール姿だし……コンセプトへの謎は深まる。
が、まあ、そこまではいい。
こんなことをいうと変態扱いされそうだが、一人を除いて全員が可愛らしかったし、とびきりに色っぽくも感じた。
それだけでイベントの成功も確信できる。
この挿絵というアイデアもナイスだ。現場に居なかった俺にも、なんとなく雰囲気が伝わる。
問題を感じたのは、描き手の方にだ。
この絵師を俺は知っている気がする。もしかして、この絵柄は――
T先生じゃないだろうか?




