対立――5
「ちょうど良いから、僕にも発言させてもらえるかな?」
と断りを入れてからだったが……この珍しい事態に、満場一致で「どうぞ、どうぞ」といった雰囲気となった。
「どうやらタケル君もみたいだけど……二人とも緩すぎる。きちんと二人組以上で行動しなかったのは、非常に良くないよ。この件については、団全体を引き締め直したいぐらいだ」
そう辺りを見回すように前置きしてから、ハンバルテウスへ向き直る。
「さらにハンバルテウス……君は僕の護衛――タケル君流に言うのならバディでしょ? なぜ勝手に何処かへ行ってしまったんだい? 君がいない間、誰が僕を守るの?」
と質問の形で締めくくる。
聞き様によっては、あまりに弱気とも取れるが……なんせ『RSS騎士団』随一の使い手たるサトウさんによるものだ。
誰も臆病風に吹かれた発言とは受け取らなかった。むしろ言葉の重みは増している。
「そ、それは……サトウ中佐ほどの使い手であれば、小官などが護衛せずとも――」
「問題のすり替えだね。独りには限界がある。そして現状、安全を最優先するべきだ。だからこその単独行動禁止でしょ?」
言い訳をばっさりとやられてるが、気持ちだけは解らないでもない。
騎士団最強の一角なのはもちろん、ほとんど団長専属で護衛を任せられているサトウさんだ。護衛しろといわれても、微妙な気分にはなる。
ただ、どこまでいってもサトウさんが正しい訳だが。
それに俺も、まったく同じことに反省しなければならない。バディたるハイセンツを置き去りにしたのは事実だ。
まあハイセンツに危険……サトウさんが言う意味での危険はなかったとは思うが。
「あー……サトウ中佐もそのくらいで……ハンバルテウス少尉も反省してる……よう……だし……」
仲裁を買って出たジェネラルは、サトウさんに睨まれて尻つぼみになってしまう。
……サトウさん相手にも立場が弱いのか、この人は。他人事ながら、少し悲しくなってきた。
「両名ともに厳重注意。以後、気をつけるように。――こんなところかな。……問題が発生する前に正せて良かったとしよう」
呆れた様子のヤマモトさんが、そんな風に決着させる。
……何に呆れているのかは謎――のままの方が良いだろう。
「それでハンバルテウスの提案は……タケルの言う通りに、検討チームでも作れば良いんじゃないか? 結局のところ……もしかしたら災難に遭うかもしれない。遭わないかもしれない。――そんな感じなんだろ?」
妙な雰囲気を振り払うように、シドウさんが話題を戻したが……それで決議したも同然となった。
ほぼ全ての意見が通るのなら、俺には何の異議もない。
カイはおそらく賛成票を投じる。
ヤマモトさんは、最初から俺と似たような結論を持っていた。
何か他の理由でもない限り反対はしないだろうし、その様子も見受けられない。
その状況でシドウさんの発言だ。
幹部会議は多数決制を採択していない。決定権はジェネラルに一任されている。
それでも出席者六名中四名が賛成すれば、決まったも同然だ。そうそうは覆せない。
「何かがあってからでは遅いのです! それに現状は……好機でもある! 検討委員会などと悠長なことをしている暇は……なぜそれを理解してくださらない!」
最後の抵抗とばかりにハンバルテウスも抗う。
その主張も決して間違ってない。
万が一、どこかから攻められた時には、必ず後手を踏んでしまう。
しかし、逆説的に考えれば……先手を取るチャンスとも言えた。
先手必勝なんて言葉もある。何をするにしても、その有利は計り知れないほど大きい。
そして時間をかければかけるほど、この貴重なアドバンテージは失われていく。方針転換するならば早ければ早い方が良く、つまりは今だ。
賛成こそできないものの、ハンバルテウスの主張には一理あった。
「うーむ……しかしだなぁ……私には焦っているようにも見えるのだ。主張は納得できなくもないが……現在の方針と――タケル少佐の方針と、多大な差は感じられない。あー……優劣の問題ではないぞ? 冷静な――損得勘定の話でだ」
そしてジェネラルも、ハンバルテウスへ諭すように話し出す。
……奴には残念だか、これで本決まりか?
ジェネラルの言う通りで、俺にも決定的な差を見出てせない。おそらくヤマモトさんにもだろう。
つまりは僅かに停戦維持が確実というだけで……個人的にも納得のできる手法なだけだ。
……しかし、果たして俺に、積極策を選択できたのだろうか?
そう考えただけで、いくつもの顔が脳裏に浮かぶ。
外交官は敵と仲良くなり過ぎるという。そのジレンマに俺も陥っているのか?
思えば不具合が発生する以前は、世界制覇に最も熱心なのは俺だった。
逆にハンバルテウスなどは、そう熱心でもなく……むしろ方便を使う俺を嫌っていた節すらある。
そして不具合が発生し、あらゆる価値観が入れ替わり……いまや奴の方が世界制覇に熱心だ。
……何かの皮肉すら感じてしまう。
「そう気を落とすな、ハンバルテウス少尉。今回は決して悪くなかった。タケル少佐には作戦立案の実績がある。一日の長というやつだな。その分だけハンデもあった」
とジェネラルは妙な励まし方をするが……おそらく逆効果だ。
客観的に見て、俺の方が奴より実績がある。それは間違いなかった。
しかし、その事実と今回戦わせた主張の優劣に、まるで因果関係はない。
「お前の主張は、これこれこういう理由で劣っている。だから採用しない」
そんな風に言われた方が、よほど納得できたのではないだろうか?
『何を』ではなく、『誰が』言ったかで決定……これほど筋の通らない理屈もなかった。それなら最初から話し合う必要などない。
だが、これも大人になるまでに折り合わねばならない矛盾の一つか?
納得できなかろうと、納得しなければ……積み上げていく意味を見失う。
ここまで差の不明瞭な二つから選ぶのに、中身以外の理由を頼るのも……無理からぬことでもある。
明確な差がなかったのは誰のせいでもない。ただ、事実しとて受け入れるしかないことだ。
……そう思いながらも俺やジェネラルを睨むハンバルテウスを見ると、この一件は禍根を残すに違いない。
そんな感想を抱かざるを得なかった。




