対立――2
「どう名付けようとも、中身は変わらないと思うけどね」
たったの一言でジェネラルの配慮は台無しになった。
誰の発言かと思えば……ヤマモトさんだ。
「ヤマモト! どうしてお前は、そう身も蓋もないことを! 相手はまだ若者だぞ? 我々のような年長者は、広い心を持って――」
「その甘すぎるところも、厄介事を引き起こす原因の一つなんじゃないかい?」
ジェネラルの反論も返す刀でバッサリだ。
この二人は自分達だけだと、砕けた感じになっているのが面白い。意外にも力関係はヤマモトさんの方が上なようだし。
俺とカイの関係も似ている気はする。年単位で誰かの尻に敷かれ続けると、このような逆転現象が起きるのだろうか?
……団長の苦労が忍ばれた。
そして形式なんてどうでも良いとばかりに、ヤマモトさんは本題へ斬りこんでくる。
「じゃ、まあ懇談会と呼ぶにしても……説明が必要だね、ハンバルテウス君?」
やや怒っているか?
そうじゃないにしても不快感は持っている気がする。
……ヤマモトさんのことだから、そう見えるのはわざとの可能性もあるが。
「さて……そのようなことを言われましても、小官には心当たりがありませんな」
そしてハンバルテウスは、真っ向から受けて立つ所存らしかった。
少し意外だ。
奴のことだから素直に非は認めないだろうし、ひとくさりあるとは思っていたが……ここまで堂々と反抗するとは思わなかった。
「いや、それはおかしいだろ? 俺はアレだ……『ハンバルテウスが謹慎処分中なのに、勝手に活動再開していた』と聞いたぞ?」
シドウさんが窘めるが……少し正直すぎるかもしれない。それじゃ思う壺だ。
案の定、待ってましたとばかりにハンバルテウスは続ける。
「これは異なことを……小官は一度たりとも『謹慎処分』などされておりません」
「血迷ったのか? そんな言い逃れが通じるとでも――」
そう声荒げるカイの肩を抑え、立ち上がりかけたのを座りなおさせる。
ハンバルテウスの奴は、自信満々の顔に見えた。
……苦し紛れの言い逃れじゃない。想定内と言ったところか?
このような腹芸できるとは――性根の据わったところがあるとは、思ってもみなかった。
『男子三日会わずば刮目して見よ』という。奴もこの未曾有の不具合で、何かしら成長する切欠があったのかもしれない。
「まあ確かに。特に処罰の類はしていない。それはそれで……あまり好ましい方向でもなかったしな」
事実を争うことほど不毛なことはない。ましてや捻じ曲げようとするのは徒労だ。
そんな腹積もりで早々に認めたのだが、してやったりの笑みが気に入らない。
……目先の勝ち負けに誘惑されてしまいそうだ。
「参謀『殿』もお認めの通りです。小官は空いた時間に任務を果たしていただけ。根を詰め過ぎと申されましたら、それは不徳の致すところで――」
長くなりそうだったので、手の平を見せて止める。遊びには付き合ってられない。
……実に楽しそうな表情をしてやがる。
「それこそ名前の問題じゃないな。どう呼ぼうとも、本質は変わらない。当面は情報部が仕切ると決定したはずだ。お前達の乱暴な捜査で、無用な軋轢も生まれてしまってる」
誤魔化されないよう争点を指摘しなおす。
べつだん奴が捜査に熱心なのも、復讐に逸っているのも……立場的には何ら問題を感じてなかった。
個人的には色々と思うところもあるが、それは道徳だとか倫理だとかが絡んできて……誰かに説明するのは非常に難しい。
そして――
「情報部の方針は、参謀『殿』のお好きなようになされば良いでしょうが……小官は常々、いまのような消極策に疑問を感じておりました」
などと主張しだした。
「いい加減にしろ! そんな場じゃない! 論点をずらして有耶無耶にしようたって――」
「まあ、まあ……カイ君、少し落ち着いて。一応は幹部による懇談会だから……雑談になっても悪くはないんだよ」
今度はヤマモトさんがカイを宥めてくれた。
しかし、やっぱりというか……ヤマモトさんは嘘吐きだ。改名に意味は無いと言いつつ、場の性質が変わっているのを受け入れている。
当初の査問会議の形であれば、ハンバルテウスはひたすら糾弾されるだけだ。カイが不当に感じても、おかしくはない。
……結果から考えるに、ジェネラルの気遣いは妥当か? ただ――
「あー……うん……まあ提案したのなら、その真意を解り易く噛み砕くべきだ、ハンバルテウス少尉」
と言いつつもジェネラルは仏頂面だったから、この展開は理想と違うようだ。
……場をハンバルテウスが折れ易いように場を整え、『話し合い』程度で全てを丸く治める。その辺りが理想だったんじゃなかろうか。
「また方針に異論を唱えるのか? それはもう結論が出ていただろう?」
シドウさんが合いの手のような、やんわりと叱責するようなことを口にした。
……その通りではある。我ながら多少強引ではあったが、停戦路線は幹部会での合意を得ていた。
しかし、それを踏まえて尚、ハンバルテウスにとっては渡りに船の言葉らしい。
「いえ違います、シドウ少尉。対案が議論されておりません。小官が思うに、これは意図的に無視されていたと――」
「説明は良いから、はっきり言ってしまいなさいな」
ひと演説ぶちそうだったところへ、絶妙のタイミングで横槍が入る。……まあヤマモトさんだ。
さすがに気を悪くしたようだったが、それでもめげずにハンバルテウスは続ける。かなり手強くなっている?
「小官は統制を具申する。つまりは世界制覇を――我々の基本方針へ立ち返る提言をさせていただきたい」
「……正気なのかい? タケル君の打ち出した作戦は、現状を踏まえての不戦路線だった。それは理解できているよね?」
なぜか発言を控えていたサトウさんが、思わずといった感じで問い質す。
「だからこそなのです、サトウ中佐! 仰られた通り、現状は危険で不安定です。だからこそ武力を使ってでも、安寧を生み出してやるべきなのです! 我々全員の為にも、まつろわぬ輩の為にも!」
そう主張したハンバルテウスは、自信に満ち溢れてみえた。
……面白い。
なぜこのような変化をしたのかは謎だが、興味深いことを言うようになった。
いままでと同じようで、微妙に違う。きちんとした思想や計算を背景に感じる。




