対立――1
夜更けに臨時の幹部会議は始まった。
ハンバルテウス以外の出席者は、驚きを隠せてない。奴にしても憤っているのが一目瞭然だ。
……そんな中、俺は一人後悔していた。
正直、やってしまった感がある。
ハンバルテウスが憎いか?
答えはノーだ。
確かに俺と奴の間には、確執ができてしまっている。
残念ながら、それは間違いない。互いの流儀が違う故というべきか……少しずつ心を逆なでしあってる。それが澱のように溜まってしまった。
しかし、それが憎しみや怒りへ変わっているかというと、そうではないと断言できる。少なくとも俺の方では。
ただ俺と奴は違うだけ。そして少しだけ巡り合わせも悪すぎた。
……そのはずだ。
なのに、なぜカッとなってしまたのか。我ながら不思議でならない。
流せたはずだ。
いや、流すのが問題だとしても、違う方法も選べたと思う。
それに俺は、自他共に認める未熟者だ。
厚意に甘えるようで気は引けてしまうが、全てを俺の不徳の致すところ。そんな着地点で治めてしまう方法もある。
……そうした方が良いのだろうか?
「……では会議を開始するよ」
副団長のヤマモトさんが議長を買って出てくれたが、その声は抑えられていた。
……無理もない。
外は朝焼けが見事なほど美しく、この世界は早朝といったところだ。その感覚に合わせるのなら、声を潜めておくのが正解かもしれない。
いやリアル時間で考えれば、もう就寝している者もいる。俺も本来なら寝る準備をしてる頃合だ。
集団生活をしているのだから、その辺の基本的なマナーは守るべきか。
しかし、そのような静かな話し合いの場とはならなかった。
「まず最初に小官は問いたい。これは査問会議であるのか?」
とハンバルテウスが口火を切ったからだ。
色々な手順を飛ばしてしまっている。会議のルールなど制定してないが、普通にマナー違反だろう。
だが、奴の意気込みというか……決意や覚悟は伝わってくる。
戦うつもりだ。
「戦う」という表現が不穏当であるのなら、何かを勝ち取るつもりだろう。
ただ、それがなんなのか……それを理解できないことが、俺と奴の間にある問題の本質か?
やはり舵を切り間違えたかもしれない。
こんな公的な叱責の場を作ってしまうより、どこか二人だけの時と場所を選ぶ方法だって考えられた。
友好の印に肩でも抱いて「ちょっと考えてくれよ?」とでも言っておけば、意外に聞き入れてくれたかもしれない。……互いに柄じゃないのは、置くとしてもだ。
カイは俺の方を伺いつつ、ハンバルテウスへの反感を隠しきれてなかった。
……打ち合わせの時間が、全く無かったのは痛い。
この場で徹底的に対処してしまうつもりはなかった。
それはやり過ぎだろう。あいつだって大事な仲間であり、立場や面目には配慮してやるべきだ。
……ならば俺は、ハンバルテウスにどうして欲しいのだろう?
シドウさんは当惑してしまっていた。
……なんだろう。その姿には安心させられる。
おそらくシドウさんは、俺とハンバルテウスの間にあるような確執とは無縁の人だ。もしかしたら理解すら困難かもしれない。
それはそれで困ることもあるだろうが、些事に過ぎない気もする。
周りにいる俺のような小さい人間が対処すればいい。それこそ適材適所の問題であり、仲間であることのメリットでもある。
サトウさんは珍しく、不快感を隠せてなかった。
……非常に微かな違いだが。
これは表情が読めるほど付き合いが長くなったからか、サトウさんにしては強い感情だからか……どちらと受け取るべきだろう?
なんにせよサトウさんにも思うところはある。それだけは間違いなさそうだ。
……それがハンバルテウスにか、何も無いところに問題を見出してしまう俺にかで、大きく意味は変わってしまうが。
ヤマモトさんは、いつもの如くだ。
……この食えないお父さんの腹を読めた例がない。
やや真剣な顔付きだったから、何かしら心積もりはあるようだ。
六四で俺に同調……いや七三ぐらいは共感してくれそうなのは、この場では有利に働くか?
こればかりはハンバルテウス自身に責任がある。
普段から『裏切り者』だ『背教者』だと誹謗していたのだから自業自得だろう。その分だけでも報いは受けるべきだ。
……それに俺にしたって、不心得を叱責される可能性は高かった。ヤマモトさんの目を誤魔化すことなどできやしない。
ジェネラルは――団長は、この場にいる者の中で一番に苦しんでいた。
……やはり困らせてしまったか。
客観的に見て、ハンバルテウスは誰よりもジェネラルに目を掛けられている。それは間違いない。
ある意味で奴は最も貴重な人材だ。
才能や人望、成長性などより……本人にやる気があること。それは何よりも大きい。こればかりは、他では代替できない資質だ。
やる気だけで比べたら、俺などは奴の半分にも満たないのではないだろうか?
「あー……まあ取り合えず座りたまえ、ハンバルテウス少尉。そう査問会議などと形式ばらずにだな……本日は幹部による懇談会! つまり雑談が少しだけ堅くなった。その程度に受け止められんか?」
憤るハンバルテウスを宥めるように、ジェネラルは提案の形をとった。
そのアイデアには、俺も諸手を挙げて賛成したい。ただ上手くいくかは微妙に思えるが。
なぜならハンバルテウスは判ってなかった。
ふざけた発言を咎めるような視線で、ジェネラルをきつく睨んでしまっている。
仲間内で敵味方なんて区別はしたくないが、どちらかといえばジェネラルは奴の味方なのだが……その辺の機微に疎すぎだ。
これでは荒れる。
まだ始まっていくらも経たないのに、そんな感想しか抱けなかった。




