『ブルーオイスター』――1
「タケルちゃん……意外と怒りっぽいんだから、気をつけなきゃダメよ?」
「それは自分でも判ってたんですけど……止まらなくなってしまって」
どうしたことか俺はガイアさん相手にお説教されているような、愚痴を聞いてもらうような……不思議なシチュエーションとなっていた。
自分でも、なぜだかよく判らない。カガチを送り届けたら、すぐにお暇するつもりだった。
……『本部』ではハンバルテウスが、俺の帰還を待っている。やけに長くなってしまった俺の一日は、まだ終わりではない。
それなのにガイアさんとカウンターを挟んで話し込んでしまっている。実に不思議だ。
「うーん……あまり若い奴の話に、口を挟みたくないんだが……少し落ち着いた方が良さそうだな」
そう言うのは、ガイアさんと同じくカウンター側のクピドさんだ。
ここに集う『組合』メンバーのリーダー――組合長にして、プレイヤーが運営する三番目の店舗『ブルーオイスター』の所有者でもある。
「はあ……俺、そんなに冷静さを見失っているように見えますか?」
「ちょっとな。どうせカガチをあやしながら……肩車でもしたまま凄んだろ? それじゃ少し……そいつの立つ瀬がない。そんなのに説教されたら……な?」
そう言いながらも視線は、先ほどから入念に磨き続けているグラスに向けたままだ。
……凄く男らしさを感じる。
クピドさんは、いつもの服装をしていた。
ピッタリめなレザーの上着、同じくレザーで短すぎるほどのショートパンツ。インナーはメッシュで素肌やら胸毛やらが透けて見え、体のあちこちを飾るベルトやら鋲やらは用途すら判らない。
つまり俺のような素人でも、間違いなく「あっちの人だ」と理解できる服装をしている。正式にはレザー・サブカルチャーというのだったか?
これで観光客やら亜梨子のような取材やらがあれば豹変して……「ママの『キューピッドちゃん』よぉー」と妖気に騒ぎ出す。
しかしアレは演技――いわば方便で、実際はとてもダンディな人だったりする。
ダンディズムと外見は関係ない。例えレザーゲイのようなファッションであろうと、心の持ちようで――精神性だけで成立するのを教えてくれる。
仲間の為であれば道化役ですら厭わない。それはかっこよいと言えるんじゃないだろうか?
まあ『組合』のリーダーを務めるくらいだから、本当にそっちの人なのも事実ではある。
それに『ブルーオイスター』の店内も、一般人が思うような賑やかさは全く無かった。
年中無休のパーティでどんちゃん騒ぎなんてのも、煩わしい部外者に対する仮面に過ぎない。……実際、いま一番うるさいのは俺か?
ここが存在する理由は、『組合』メンバーの隠れ家であり安息所だ。
その証拠に左奥では男の二人組――一人は青いツナギで自動車整備工風、もう一人はトイレを求めて全力疾走しそうな感じ――が仲良く談笑していた。
かと思えば女性二人組みが、右奥の方で楽しげに見つめあってる。……なぜだかこの二人は、ヘリコプターのようにグルグル回って踊りだしそうだ。
門外漢なりに、この二組はまるで種類が違うと思うのだが……クピドさんやガイアさんが良しとしているのだから、俺が口を挟む筋合いでもないだろう。
ようするにそういう場所ということだ。
『組合』のメンバーが、誰の目も気にすることなく伸び々々とするためにある。他の部外者と同じように排除されないだけ、俺は大目に見られていると考えるべきだろう。
「はい、お兄ちゃん――ご注文の『白くま』だよ」
そう言いながらカガチが奥から品物を運んできた。
……すでに動画で拝見ずみではあったが、やはり凄いインパクトだ。
丼に山盛り――それが一番近いボリュームか。そのくらいカキ氷が盛られている。もちろん器は丼ではなく、ガラス製の涼しげな物を使っているが。
問題の中身だが、まず練乳がかけられているらしい。その上に小豆餡だ。これでもかと盛り付けられている。
これだけでも凄いボリュームなのに、自棄のようにフルーツなどが刺さっていた。内訳は缶詰のみかんや桃、パイナップル、板チョコなどか。もしかしたら中にも埋められているかもしれない。
食べるだけで小一時間は掛りそうだし、リアルなら満腹になってしまうだろう。誰が発案したのか判らないが、凄いを通り越して少し呆れるほどだ。
その『白くま』を前にして、物悲しい気分にさせられた。
カエデは食べたがっていたけれど、食べることはできたのだろうか?
それに、いま何処で何を?
どうして見付からない?
……そろそろ夏の盛りも終わる。こんな風に涼を楽しむ季節も過ぎ去っていく。
俺達はこれからどうなるんだ?
いつまでもこのままではいられない。だが、しかし――
何をどうすれば良い?
柄にも無い感傷は、すぐに打ち破られた。カガチが急かしてきたからだ。
「お兄ちゃん……悪いけど、うちはチップ制だから。せいようのごうりしゅぎを採用してて、ろうどうしゃの権利に煩いんだよ」
……なにを言い出すのやら。
非雇用者側が「労働者の権利に煩い」などと表現したら駄目だろう。
それにあのダンディなクピドさんが吹き出してしまっている。まあ間違いなく嘘八百だ。それでも――
「ほら……小銭でいいんだろ? 受け取れ」
といって金貨を何枚か与える。
クピドさんを吹き出させた殊勲賞だ。……危ういところで気分も変えれた。しかし――
「もー……お兄ちゃんは本当に物を知らないなぁ! チップは金額の十五から二十パーセントなんだよ!」
と不平を申し立てられる。
少しだけ優しい気分だったのと、面倒臭いのとで言われるがままに金額を増やしてみる。
しかし、二割分を渡してもカガチは手を引っ込めやしない。
「残念っ! 当店は高級店ですから! 相場は二十五パーセントなのだ!」
満面の笑みでそんなことを言ってのける。
……最初からそう教えろ!
多少、納得のいかない部分もあるが、大人しく払っておく。
カガチだってお駄賃目的でもあろうが、基本的にふざけているだけだ。遊んでもらいたい気分なんだろう。
その証拠にチップを貰ったら後は知らないとばかり、エプロンを放り投げて隣に座ってくる。そして――
「あっ……カガチ、いまからオフね。だから隣に座っても大丈夫だし、飲み食いしても平気なの――これは『じゆうれんあい』っていうんだよ」
などと意味不明の発言だ。
ガイアさんが天を仰いでいるから、何かしらの意味のあるネタに違いない。
ちゃっかりパフェ用のスプーン――妙に長いアレだ――を持っているから、俺の『白くま』を強奪するつもりか?
「カガチ、のどが渇いちゃったな……お兄ちゃん、おボトルいれようか? お『ぴんどん』が一番のお薦め! ――ねー、ぱぱぁん、カガチ……お『ぴんどん』飲みたいなー」
などと言いながら妙なしなまで作り出す。
俺には半分も理解できないが、それはカガチだって同じはずだ。訳も判らず面白いと思って真似しているのだと思う。
……想定外の問題点に気付けた。
ここはカガチの安息所として申し分ないが、酷く教育には悪い!




