路地裏――3
それからは少し大変だった。
大通りへ戻ることなく、それでいてエビタク達の領域を避けなければならない。
……カガチには「諦めて皆のところへ戻ろう」と何度もごねられた。「いまなら謝れば許してもらえる」だとかも言い出しやがるし。
そういう問題じゃないのが、やはり子供には理解できないか?
俺だって華やかなコスプレショーに興味が無い訳じゃない。
……正直なところ、かなりある。
なんせ出演者はアリサに秋桜、リリー、亜梨子と華やかだ。さらにネリウムも参加するようだったから……取引か何かのネタとできるかもしれない。
しかし、戻れば大変な目に会うに決まっていた。
少なくとも「とりあえず」程度の気楽さで磔にされる。
先生方も合流されたのだから、この予想は間違いない。むしろ虎口の閉じる寸前に脱せれたと、褒め称えられるべきだろう。
それに慌てなくとも、何かしら出回る。当然の如く静画と動画の両方でだ。
いや、なぜかスクリーンショットやムービーにも不具合は発生している。さすがに厳しいか?
……大した問題でもない気はする。
この世界の住人なら、何かしら方法を捻りだすだろう。嫌な意味で信用できる。
そんな馬鹿なことを考えながら、ぐねぐねと路地を進んでいたら――
「確かめさせろって言ってんだろぉ?」
「こ、断る! ここはもう――俺達のア、アジトだ!」
などという穏やかじゃない会話が聞こえてきた。
誰だか判らないが「アジト」という単語に反応して、けっこうな人数での嘲笑も起きている。
平時なら、俺も嘲笑う男達に賛成だ。
どんなに辺鄙な路地裏、それこそ行き止まりであろうとも、所有権を主張したら噴飯ものでしかない。
しかし、現状ではどうだろう?
いまは誰もが仕方なしに安息所を――仲間同士で本拠地を確保している。
だが、それは止むに止まれぬ選択だ。
なにより誰もがログイン継続を強いられている。あらゆる前提条件が覆ってしまっていた。
それをマナー違反だとか常識知らずと言うのは、少し人情に欠ける気はする。
しかし、俺が口を挟んだら、それが決定となってしまう可能性が高い。
面と向かって反対できる勢力など数えるほどしかない。この感覚は自惚れでもないだろう。
それに助けられる方も、『RSS騎士団』との関わりを望まないかもしれなかった。
……俺の方だって見知らぬ他人を、二十四時間体勢では守ってやれない。
さり気なく事情の推移を見守り、余りにも酷いようなら介入がベストか?
そんな判断で静かに近寄っていく。
「……助けてあげるの?」
「迷惑がられなきゃな。ちょっと静かにしていてくれ。先に様子を探りたい」
頭上からの問いへ、声を潜めて答える。
カガチは生意気盛りなようで、意外にというか……思ったよりは聞き分けは良い気がしてきた。文句を言わずに静かにしている。
……多少は信用してくれているのか?
とにかく目論見通り、気づかれずに接近できた。
絡んでいた?男達が視界に入ってくる。
その中に見覚えのある奴がいた。
すぐに名前や何処であったのか思い出せないが、記憶にある。
間違いない。それも友好的ではない遭遇でのはずだ。なぜだか不愉快な気分にさせられる。猛烈に。
……どこで会った奴だ? 何かの折に敵対でもしたか?
さらに全体的な状況も、すぐに理解できた。
絡んでいる方?の中心人物は知り合い――ハンバルテウスの奴だ。
取り巻きに記憶があるのも納得で、いつだかギルドホールまで押しかけてきた志願兵――ギルド加入希望者の奴らだった。
……せっかくの教訓を、俺は役立てれなかった。
ルキフェルが街で遊んでいたのだから、ハンバルテウスもいておかしくない。むしろ近くに居なかったのを訝しむべきだった。
奴もまた、誰かの護衛かなにかを名目に外出していたのだろう。
隊長だけ謹慎処分が継続では、残りの第一小隊のメンバーだって楽しめやしない。その程度の配慮を、団長がしない訳がなかった。
結局、ほとんどの物事は既に起きるのが確定している。その前に起きた出来事を原因にして。
……予見し得なかったのは、俺が目を瞑っていたも同然だからか。
大人しく街で遊んでいれば良いものを!
そして自分でも驚くくらい、不愉快に感じていた。
いくら反りが合わないとはいえ、俺とハンバルテウスは仲間だ。全く立つ瀬がないほどにやり込めるのは拙い。
頭の片隅では、そう思っているのに――
「そこまでだ。この場は俺が預かる」
口から出た言葉は、とても冷淡なものになっていた。
それで俺に皆が気付いたのか、一斉に振り返る。
やはり先日の志願兵に間違いなかった。記憶にある顔がいくつもある。
「これは参謀『殿』……このような路地裏でお会いするとは、奇遇で――」
「悪い、無駄話をする気分じゃない。先に俺が話す……少し黙っていてくれ」
我ながら取り付く島も無いとは思ったが、これでハンバルテウスは口を閉ざした。
かなり驚いた顔もしているから、俺の方も相当に据わった目をしているのか?
「だいたい、こんな所で何を……ああ、もう説明はいいや。本筋はそこじゃないしな」
そう言いつつも、念の為に相手側も確認しておく。
プレイヤーネームに覚えはなかったが、所属ギルドの方は小耳に挟んだことはある。『流星会』というギルドらしい。
すぐに詳細は思い出せないが、あとでカイに聞けば判るはずだ。後回しでも良いだろう。
「よし。ハンバルテウス『少尉』は本部へ出頭だ。俺もすぐに戻るから心配しないでくれ……必ず顔を見せにいくから。ギルド加入希望者の諸君は、この場で解散! おって連絡するから、大人しく待機な!」
自分でも驚くぐらい頭に血が上っているのが判る。一周回って部分的には冷静なぐらいだ。
……一体全体、俺は何に腹を立てているんだろう?
「タケルしょ……『少佐』っ! 我々の預かる指揮権はそのような――」
「あー……判り難かったみたいだから、言いなおそう。『命令』だ。納得できたか、ハンバルテウス『少尉』?」
言いながらも俺は、すでに後悔していた。
ハンバルテウスは酷くプライドを傷つけられた表情をしている。これでは禍根が残ってしまう。
奴が怒るのも無理もない。俺はやり過ぎだ。
しかし、そう強く感じたのに、なぜか訂正するような言葉も口にできなかった。




