路地裏――2
まず縄が目に飛び込んできた。
といってもロープやザイルなど、製品的なイメージのする代物ではない。もっと素朴な稲を綯った縄だ。
それが通せんぼするように張り渡されていた。
等間隔に一定の様式で、稲妻状となるよう折られた紙――紙垂も垂らされている。
……どう見ても注連縄だった。
それだけではない。国際化に配慮したのか、キープアウトテープも併用されていた。
……黄色地に黒字で「KEEP・OUT」だとか「立ち入り禁止」などと連続プリントされているアレだ。
「どこのどいつがこんな親切を」という疑問もあるが、こんなアイテムを誰がでっち上げたのかと呆れもする。
やはり先生方のお手によるものか?
……いや、この手のオカルトアイテムは、どの系統にも熱心なマニアが存在する。どんなジャンルであろうと、誰かしらが作っているはずだ。
路地のど真ん中に突き刺された棒――意味不明に鮮やかな紐が結ばれている――だって、流派は違っても同じ用途に違いなかった。
そもそも俺達には馴染み深い注連縄だって、標縄とも書くように『神域と現世を結界の意味を持ち、それを標す』ために用いられる。
この先が神域なのかは異論もあるだろうが――
間違いなく現世ではあり得ないっ!
つまり、これより先は人ならざる者の治る異界……エビタク達の棲む世界だ……。
「カ、カガチ……知ってるよ……この先には……怖い人がたくさん居るんだよ……」
そう言いながらカガチは、強い力で俺の頭を叩き続けていた。
心ここに在らずなのか全く加減が出来ていないし、震えているのも伝わってくる。
扱いがぞんざいな気もするが、ここはカガチに感謝だ。『魂の危機』に直面した理由が考え事をしてたからなんて、笑い話にもならない。
「悪かった。俺が悪かったから、もう叩くのは止せ」
カガチを宥めるように揺すりながらも、後悔を噛み締めていた。
本当に今日はどうかしている。ボーンヘッドばかりだ。
いまにして思えば予兆はあった。
なぜお祭り騒ぎになり始めた大通りから、難なく路地裏へ抜け出すことができたのか?
つまり、どうして手薄な方向があったのか?
簡単な話だ。
ここを全員が避けて通っていたからだろう。
大通りから向かうと異界ならば、逆に大通りへは異界からしかやって来れない。単純すぎるほどに道理だ。
この世に偶然など無いと説いたのは、アインシュタインだったか?
説そのものは残念ながら否定されてしまったが、たいていの場合はその通りだ。
全ての出来事は最初から……が言いすぎであれば、ある程度は既に決定されている。そこに運の介在する余地は無い。
これから起きるだろう厄介事は、発生を確約もされてもいるが……正しい見識さえあれば避けることもできる。ちゃんと頭を使って、目も見開いていれば。
つまり、こんなアクシデントに会うのは、ぼんやりしていた証拠に他ならない。
また、いままで調べもしてなかったが、それなりにエビタク達は折り合いをつけているようだった。
多種多様な方法で張られた結界のこちら側に、色々な貢物が供えられていたからだ。賽銭のつもりなのか、裸のままの金貨すらある。
さらには立て看板で「ここより先へ進む者は一切の武器を捨てよ」と忠告つきだ。
なるほど道理ではある。
心の準備なしで高位のエビタクと出くわしてしまったら、刃傷沙汰になってしまうかもしれない。
それが反射的にだろうと、満場一致で情状酌量の余地があろうと……致命的な結果を負わされるのは俺たちの方だ。武装解除の推奨は、適当ですらある。
しかし、考えてみれば奴らもツイてない。
VRMMOでデスゲーム――もしくは似たような何か――をするのなら、アバターがエビタク類なのは致命傷だ。
……この想定そのものが馬鹿馬鹿しいのは脇へ置くとして。
ただエビタク達の方も、無罪とは言い難い。
女性にチヤホヤされたいから、イケメンの力を拝借する。つまり海老村拓蔵そっくりのアバターを用意してしまう。
それは理解できた。
好みは分かれるかもしれないが、決して無しではない。結果的には失敗したが、発想そのものは秀逸ですらある。
失敗を糧に作戦の修正をすれば、再挑戦だって可能だ。同じ発想の仲間と協力してもいい。
だがエビタク達は、その道を選ばなかった。
当然のことだがGMから――運営サイドからは、厳しく処罰されている。
全てのエビタクが一度はBAN――アカウントの抹消処分を経験済みな上、βから継続して生き残った者なぞ皆無らしい。
つまり何度BANされようとも、めげずに新アカウントでリスタートしている。
……もちろん通常は複数のアカウントを所持できないから、あの手この手の裏技を駆使してだ。
もう完全に手段と目的を履き違えてしまっている!
正直、エビタク類がモテるかというと答えはノーだ。
いやマイナスですらあるだろう。もはやエビタクと認識されたら、全力疾走で逃げ出されるに違いない。
それでも頑なにエビタクで在り続けている!
どこでどう思考展開したのか窺い知れないが……もう『いかにしてエビタク類のままゲームを続けるか』に主眼を置いてしまっている。
これを本末転倒といわずして、何をいうのか?
完全にゲームをするのに、ゲームをしている状況だ。
その為にエビタク同士で結託し、情報交換をしたり助け合ったり……それがギルド『異界』の実情らしい。
もう何のためにゲームをしているのか、誰にも解らなくなってしまってるに違いない。
やはり初志貫徹こそが大事なのだ。そして目的に向かって、わき目も振らずに邁進するのも。
……なぜか引っ掛かりを感じる。
エビタクのことを考えるのを、脳が拒否してしまってる?
何やら頭の中に霧でもかかったかのようで、それでいて大事なことを見落としているような気もして――
「ねえっ! お兄ちゃんっ! は、早く行こうよ!」
焦れたのかカガチに急かされた。
もう少しで真理か何かへ到達できそうだったものを!
それに騒がれるのは良くなかった。追っ手を掛けられてたら拙い。
「まあ待て。折角だから少し活動資金をカンパしておく」
「……お供えものをするの?」
微妙にピンとがずれてる気もするが、間違っちゃいないのか?
とにかくギルド『異界』が――エビタク類が引き篭もってくれてる現状は、俺たちにとっても助かる。それの援助は吝かでもない。
「まあそんなところか? ……境内に入っての参拝をしなくても許してもらえるだろ」
「おー……何をお願いしようか?」
……色々と勘違いしてやがる。神社仏閣は願いを聞いてもらう為にある訳じゃない。
しかし、勘違いを正すのも年長者の務めか?
「そんなのは決まってる。『お願いですから祟らないでください』だ。……神代の頃から日本人の結論なんだぜ?」




