新しい日常――15
どのような伝言ゲームが行われたのか定かではないが、野次馬は増え続けた。
「あー……おせんにぃー……キャラメルぅー……ポップコーンはぁ……いかがぁっすかぁー」
と売り歩いている奴は、戦争の時もやっていた気がする。
もしかして趣味か? ……いや趣味に決まっている。
訪問販売に意味が無いとはいわないが、労力に見合った儲けとはならない。買う奴へのサービスが半分、残りはお祭り騒ぎに参加する大義名分だろう。
「現段階のオッズはこれだ! ささ、どなたさんも張った、張った! 張って悪いは親父の頭ってねっ! 一口金貨十枚っ! 十枚ぽっきりだよーっ!」
「あのー……この『その他』って、どういう意味ですか?」
「どの選手も勝てなかったとか、ノーコンテストとかの……微妙な時用? 前回の戦争で揉めたんだよ、どこが勝利とするべきか。よく判らない結末の場合、全部『その他』ね」
そう客に説明しているのは、トトカルチョの胴元か。
……あの戦争の決着は、世間的にも曖昧に思われていたらしい。暇になったら情報操作に着手するべきか?
「いいか、野郎共っ! 日頃の成果を示す時がきたぞ!」
などと仲間へ発破を掛けているのは、どういう集団なんだ? 揃いの法被姿だが……いくらお祭り騒ぎになってきたとはいえ、何か勘違いしている気がしてならない。
さらに謎なのが――
「秋お姉様、がんばって!」
「リリー! しっかりー!」
という黄色い声援だ。
いや、女性の観客がいてもおかくしないのだが……秋桜への声援の多さは、男だったら絞め殺したくなるほど多い。
意外なのはアリサへの声援も、決して少なくないことか。それほど顔の売れている有名人という訳でもないのに、どうしてだろう?
その話題の中心である三人は、依然として口喧嘩を続けていた。
「だいたい貴女は、私の見ていない隙にコソコソとして!」
「あ、あの……ア、アリサお姉様? そ、そのように仰られては、お姉様にも立つ瀬が無くなると申しましょうか――」
「な、なんだよっ! そ、そんな風に言うことないだろ! だ、だいたい……な、なんでアリサに許可を取らなきゃいけないんだよ!」
「お、お姉様っ! それでは売り言葉に買い言葉ではございませんか!」
……基本的に喧嘩しているのはアリサと秋桜の二人か。
リリーは仲裁に腐心しているが、定期的に両方から文句を言われていて……中間管理職の厳しさを体現していた。
そしてアリサと秋桜の二人だが、よく飽きもせず喧嘩が続くと感心してしまう。余程に波長が合うだとか、共通の趣味とか……何かしらの理由があるらしい。
でも喧嘩するほど仲が良いなんて言葉もあるし、何かの拍子に『二人は大親友!』なんて展開すらあるんじゃないだろうか?
「……問題は……判定に……なった……時?」
「あたしはべつに良いと思うけどね、勝敗そのものは。参加させることに意義があるってやつ?」
「しかし、ある程度はギャラリーの納得する結果を提示しなければ――」
「平気、平気っ! なんかぐだりそうになったら、リシアに――『私が聖喪女修道院院長、リシアンサスであるっ!』とか叫ばせればオチになっからっ!」
などと相談している様は、『魔女達の密議』なんてタイトルがピッタリだろう。邪魔をしたら酷い目に会わされるところも同じだし。
そして、その絶望的な風景から透かし見えるのは……『地獄の軍団』とでも呼ぶべきか。
……先生方だ。
『象牙の塔』と『妖精郷』の混成チームだから、『アキバ堂』の方々というべきかもしれない。
とにかく、その錚々たる面子が一糸乱れぬ隊列を組み、こちらへ向かってらっしゃる。思いおもいに道具箱やら、木材などを担いでだ!
あの一際目立つ十字架には、誰を磔にするつもりなのだろう? ……いやな予感しかしない。
おそらく設営なされるつもりだろう! 何か舞台的なものを!
大人しくしてらっしゃると思っていたが、それは俺の甘さでしかなく……すでに動き出していらしたらしい。
……先生方と『聖喪』の姉さん方、さらに『ブラッディさん』ことネリウムまで参加の共謀作業か。
ああ、これはチェックメイトより酷い。ステルスメイトを掛けられていたのか。
どうにかせねば! ……だが、どうやって?
しかし、この空気をものともせずに、自由な発言をする者がいた。リルフィーの奴だ。
「ネリー……これから何をするんだい?」
もう脳の病を心配するべきか?
しかし、女傑に相応しい度量を兼ね備えたネリウムは、自らの下僕を愛でるかのごとくだ。
……放って置けばいいのか。少し腹も立つし!
「これから漢女の神聖なる決闘が――『壺棲武礼闘技』がはじまるのです」
ツッコミどころしかないが、完全にお祭りモードの人達に言っても無駄だ。それに事実でもある……残念ながら。
まあ、これでやっとリルフィーも皆と同じラインまで――
「ええっ? ネ、ネリーもコスプレで勝負するのかい?」
その一言で、この騒がしい場は再び静まり返った。
……大した奴だ。正直、見くびっていたかもしれない。
「……リーくんは、ネリーのコスプレ姿が見たいの?」
代表するかのように、『聖喪』の姉さんが問い質す。
正しく猫撫で声で、甘く囁くようだ。
……まずい! リルフィー、気をつけろ! 迂闊に答えては酷い目に会うぞ!
だが心の声は届かず、奴は黙って肯いてしまう。ちゃんと忠告したのに! それは悪魔との取引なんだ……。
「決まり……だね」
「ああ、参加枠を増やそう!」
重々しく『聖喪』の姉さん方は宣言するが……その表情は新しい玩具に満足な猫にそっくりだ。
そして驚いたことに、ネリウムが狼狽している!
……あのネリウムですら、姉さん方にかかれば苦も無く捻られてしまうのか?
「へっ? いえ……私は運営と申しますか……今回も裏方に徹して――」
「ネリー……負けないからなっ!」
しどろもどろなネリウムと、秋桜が肩を組む。
あたかもこれから戦うライバルを称えるようだが、「逃がさない」という強い意志を感じさせる。
「私、心細かったの……ネリーが一緒なんて嬉しいわ」
そう言ってアリサも満面の笑みでネリウムの手を取るが……あれは凄く怒っている時の顔だ。
『人を呪わば穴二つ』そんな言葉が脳裏によぎる。
「ねえ、お兄ちゃん……これ……どうすんの?」
やや呆れた声が頭上から投げかけられる。その声の主は……カガチだ。
「どうするも何も……な」
嵐の中心部は無風というが、俺とカガチの周りはとても静かだった。注目すらされていない。
……少し変な例か? 俺は中心部どころか、脇役に過ぎないのだし。
「カガチはさぁ……このままでも面白そうだから良いんだけど……このままだとお兄ちゃん、凄く酷い目に会うと思うよ?」
カガチに言われずとも、判ってはいたが……もう行動するしかないか?
事態が悪化する一方なら、行動あるのみだ。
「仕方がない。とっておきの手を使う」
「おおっ! さすがタケルお兄ちゃん! でも、そんな手があるの?」
「あるぜっ! 三十六計より優れた最強の作戦がなっ!」
そうカガチに宣言し、俺は逃g――転進することにした。これに限るっ!




