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『聖喪女修道院』――4

 ふと気がつけば、リシアさんに鎧を観察されていた。さり気なかったが、不思議そうな視線でそれと判る。

 秋桜は見るなり「ズルい」と叫んだし、リリーは仕組みを聞き出そうとした。

 その二人に比べれば、なんと慎みのあることか。さすが大人の女性だ。

「……気になります?」

「……さてはタケルくん、自慢しに来たのね!」

 自慢げにならないように気をつけたのだが……失敗してしまったようだ。リシアさんは軽く頬を膨らまし、拗ねてしまった。

 妙齢の女性なのに、拗ねても可愛い! ……これは凄いことなんじゃないだろうか?

「いや、まあ……自慢しに来ました」

「もう! 意地悪よ!」

「でも、意外と大変だったんですよ。仕様変更されちゃって、失敗するんじゃないかとヒヤヒヤしましたし」

 これは掛け値なしに本当だ。全ギルドメンバーの持ち込みアイテムを指定、回収までして失敗しましたでは……謝罪のしようもない。

「でも……本当に凄いわねぇ……初日に『鋼』グレードが作れる……作ったのかしら?」

「一応は内緒ですけど……気になるならリリーを問い詰めたらいいですよ。……強引に探り当てられちゃいましたから」

 よし! これでリシアさんにリークしつつ……リリーへの意趣返しができる!

「あらあら……イジめられた仕返しを頼みに来たの?」

「それはついでです。でも、謝礼というか、賄賂というか……実費だけで装備作りを承りますよ? 友好ギルドなんですし」

 最初は笑って聞いていたリシアさんだったが、提案には考え込んでしまった。

「うーん……そのうちお願いすると思うけど……色々と揃うまで駄目なのよ。頼めるか微妙かもしれないわね」

 よく考えればその通りか。

 『RSS騎士団』は半ば強制的に各員の持ち込みアイテムを集めてしまったが、普通はそんなことはできない。どんなに結束の固いギルドでも、個人々々で財布は別が当たり前だ。

 それに「色々と揃うまで駄目」というのは……『聖喪女修道院』が抱える特有の問題だろう。


 MMOは『粘着』がしやすい。

 粘着とはMMO用語で、リアルでいうと『付きまとい』だとか『ストーカー』に相当する。「相手が引退するまで粘着して、PKし続けてやった」なんかが使用例だ。

 まず、相手のキャラクターネームを知っていれば、個別メッセージが送れる。

 これはリアルで例えるなら、携帯電話の番号を宣伝しながら生活するようなものだ。道で通りすがっただけで、苦労することもなく携帯に電話――個別メッセージが送れてしまう。

 さらに名前を登録することで、相手がログインしているかどうかも常に確認できる。

 この仕組みは女性プレイヤーの強烈なストレスだ。

 MMOにはどんな奴でもいる。ナンパ目的の不埒者から、あわよくば出合いと夢想する戯け者……そしてストーカー予備軍まで!


 ある女性プレイヤーに聞いたところ、最悪の状態はこんな感じになるそうだ。

 ログインするかしないかのうち、立て続けに何件もの個別メッセージが舞い込む。

 すべて男からだ。ほとんどは友人ですらない。一度だけ一緒に狩りへ行った者、トレードをしただけの者……どうしても思い出せないのは、どこかで通りすがっただけか?

 全て、彼女の『熱心なファン』だ。

 そのラッシュが済んでも終わりではない。ありとあらゆるタイミングで『熱心なファン』からの個別メッセージは舞い込む。

 本当に状況が酷くなると、一日中個別メッセージ対応もざらという。

 もちろん、個別メッセージを拒否することもできる。

 ほとんどの奴はそれで諦めるらしい。だが、同時に……『狂信的なファン』をも作り出す。

 どこかで待ち伏せされ「なんで個別メッセージを拒否したの?」なんて問い質される。もはや犯罪的だ。

 しかし、それすら、まだ穏健な方でしかない。

 MMOでは実力行使が許されている。可愛さ余って憎さ百倍とばかりに……『狂信的なファン』から『理不尽な復讐者』へ変貌してしまう。

 そんな窮地に追い込まれた理由は……下手したら『街を歩いた』だけだ。


 『セクロスのできるVRMMO』では、さらに事態は深刻だった。

 ゲーム内アバターが加工できない、リアルで会う手順が要らない……そんなのは小さい問題に過ぎなかった。

 性的な意味で実力行使が可能だったのだから。


 このストレスに『聖喪女修道院』が取っている対策は、『隠蔽』の『タレント』と揃いのユニホーム――目元まで隠した修道服だ。

 この『タレント』はプレイヤーネームの公表範囲を設定できる。修道服を『アクセサリー』とし、『隠蔽』のタレントを付与すれば……名無しの権兵衛のできあがりだ。

 一つしかアクティブにできない『アクセサリー』を固定は苦しいが……街中で使うだけでも効果はある。……おそらく、狩場ではスイッチしているのだろう。

 とにかく、『聖喪女修道院』のメンバーがβテストから持ち込んだのは、『隠蔽』の『タレント』で間違いない。将来のことも考えて、限度一杯まで持ち込んだはずだ。正式サービス開始後に確保では大変すぎる。

 だが、『タレント』を付与する修道服が、すぐには用意できないはずだ。

 メンバーの中には「対策が用意できるまでログインしない」と決めている者もいるんじゃなかろうか?

 ギルドとしては大ブレーキだろう。開幕作戦を完全に放棄なのだから。


「でも、ありがとうね。そのうち……『プレートメイル』はお願いすると思うわ。タケルくんの着ているような……かっこいいのは用意できそうもないし」

 なんの含みもない感じでリシアさんは言うが――

 これだ!

 この言葉を聞けただけで、わざわざ『鋼』グレード装備のままで来た価値がある!

「うちにもデザインの上手い()はいるのだけれど……どうしてもロボットだとか、甲冑だとかは苦手みたいなのよね」

 ……リシアさんにとってはロボットも『プレートメイル』も同じか。

「ま、まあ、誰でも得手不得手はありますよ。うちも服飾系は確保できませんでしたし。それでいつもの……マントとサーコートの方、お願いしたいんです」

「……困ったわね。こちらが作れるようになるの……まだしばらく先よ?」

「ああ、大丈夫ですよ。前払いって訳じゃありませんが……『中級裁縫道具』と『布』を少し持ってきました。『中級裁縫道具』は手数料で相殺、『布』は材料持込ってことで処理してください」

「えっ? でも……」

「すんません、代金物納、材料持込じゃ儲けが薄くなるでしょうけど……うちも現金がなくて。『布』も集まり次第、また持ってきますし……あ、納期は急いでないです。うちは付与する『タレント』持ち込んでないですからね。安くお願いする分、それは――」

 上手いこと軽薄に話せているだろうか?

 説明したことは全部本当だ。胡散臭いが嘘ではない。

 『RSS騎士団』としては約束通りに品物が受け取れれば十分だ。

 『聖喪女修道院』が受け取った『中級裁縫道具』と『布』で、先に修道服を作ったとしても……納期さえ守ってくれれば、関知することじゃない。

 受け取ったマントとサーコートの材料が、俺達の渡した『布』ではなく、活動開始した『聖喪女修道院』が自力で集めた物だとしても……気が付けもしないだろう。

 ただ、リシアさんは複雑な表情で黙り込んでしまった。

「それと……アリサも色々と頼みに来ると思うんですよ。あっちは現金しか用意できない感じで……なんとか受けてやってくれませんかね? 大っぴらにアリサ達を助けると……色々あるんで……そこは一つ、いままでの関係とこれからに免じて!」

 なおも頼み込むと――

「もう、タケルくんは悪い子ね!」

 と言って、渋々だけど……リシアさんは笑ってくれた。


 これはリシアさんには全く関係のない……奇妙な贖罪の気もする。

 愚か者共を非難する権利など、俺には無い。

 出会いを求めて――出会いだけを求めて、このゲームを始めた。どっちと言われれば、間違いなく『熱心なファン』側の人間だろう。色んな偶然が重なって、そうならなかっただけだ。

 可能性に贖うなんて意味が無く、ナンセンスだけど……事情を知れば、心に刺さるものがある。誰に謝れば良いのか判らないけど……誰かに謝りたい。

 それにゲームであっても……知り合いが貧窮しているなんて嫌じゃないか。


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