新しい日常――13
ほとんど閉じてしまっているくらいに目を細め、一見すると穏やかに微笑んでいるようだった。
しかし、違う。
何処がどうとは指摘できない。それでも醸しだす雰囲気が否定していた。そんな様子の違ってしまっているアリサが――
カッと両の眼を見開くっ!
だが、恐るべきことに、その瞳からは――
まるで光を感じさせなかったっ!
「もう……減らすのでは……間に合わないの? それなら……お囲いさせてもらって……そして二人だけの世界を……大丈夫です……何一つご不自由なんて……私が誠心誠意――」
そして何やら意味不明なことをブツブツと喋りだす。
まずいっ! 完全に一人の世界に入り込んでしまっている!
これはアリサの怒りが頂点に達している証拠か?
反射的に無条件での完全降伏――その場に土下座して謝りたくなるぐらいだが――
そんなことができるものかっ!
俺は大して中身のある人間じゃないが、一つだけ心に固く誓っていることがある。
アリサの前でだけは、かっこつけていようと――見栄を張り続けようとだ!
俺なんかのどこを見出してくれたのか判らないが、アリサには期待されている。どんなときだって応援してくれた。
それなのに土下座なんてかっこわるいところを、見せられやしない! 当の本人が相手でもだ!
さらには、この場に秋桜だっている! リリーもだ!
秋桜やリリーの目の前で、そんな醜態をさらしたら……きっと死ぬまで後悔する。もう気軽に口喧嘩をするような間柄ではなくなってしまう。
全身全霊を懸けて真っ直ぐに立つ。
重力が何倍にもなったような錯覚さえ感じるが、歯を食いしばって堪える。
……だが時間の問題か?
普段の言動のわりにビビリというか、小心者というか……実は性根の優しいところのある秋桜は、ちょっと当てにできそうもない。
すでに度肝を抜かれちまってる。……本質的にはMMOデビューだからなぁ。
意外にもというか、普段の言動通りというべきか……目上の同性に弱いリリーは、言わずもがなだ。
可哀想なほどワタワタとしてしまっている。……泣き出しやしないよな?
そして俺の護衛であるはずのハイセンツは、全てを無視して二人の世界というか……すでにタミィラスさんに責め立てられている真っ最中だった。
これは因果応報……なのか?
事あるごとにハイセンツを――男を売り続けた結果……藁にも縋りたい時に、一縷の望みすらかけられなくなってる。
いや、これは不幸中の幸いともいえて……これで『タミィラスさんの八つ当たりが俺へ』の展開だけは回避できた?
これは『致命傷だが、骨折はしない済む』と喜ぶようなものか?
そして最後にリルフィーの奴だが……幸せそうにしていた。
呼吸するだけで肺が焼かれてしまいそうな空気の中、一人だけのほほんとしてやがる。
しかし、そんな風に周りを観察できたのも、最後の悪足掻きに過ぎなかった。
どうやら俺を救う誰かは、存在しないらしい。
四面楚歌どころか、まず俺自身が無力だし……どんな時でも味方のアリサも、今回だけは当てにできなかった。
……もう駄目だ。お終いだ。
そんな諦観の念に支配されかけたその時、実に意外な救い主が現れた!
「アリサっ! 確りしなさいっ! 全く情けのない……それから色々と漏れていますよ! 早く隠すのです!」
そう叱咤するのは、なんとネリウムだった!
正直、実に意外だ。
この状況なら、確実にネリウムは見物を決め込むと思っていた。それどころか嗾ける可能性すらあると。
だが、それは俺の失礼な思い込みにすぎなかったし……実は育まれていた友情に、胸が一杯になってしまいそうだ。
確かにアリサとネリウムの方が、深い友誼を結んでいると思う。
しかし、俺とだって多少の友情は感じてくれていたのだ!
そして親友の呼びかけに応え、アリサも自分だけの世界から帰ってきてくれた。
「えっ? ……ここは……街? 私は何を……」
「はぁ……しゃんとしなさい。強敵から挑戦されたというのに、心ここにあらずで……それでも漢女ですか?」
戻ってきたアリサへ発奮のつもりか、そんな煽り文句を――
……煽り文句?
「あ、あの……ネ、ネリーお姉様?」
怪しくなり始めた雲行きを察したリリーが、いち早く意義を申し立てる。
いいぞっ! もっと主張するんだ! この展開はおかし過ぎる!
俺が助勢できれば良いのだが、口を挟んだら確実に大怪我を………………よけいに話をややこしくしそうだ。
黙ってみてなければならないのが、口惜しい! 残念でならないっ! がんばれリリーっ!
「おや、リリーは不戦敗……それでよろしいのですね?」
「そ、そういう訳ではっ! そもそも争って決めることでは、ないではありませんか!」
「なにを小娘のようなことを……これは紛れもなく漢女の戦。身を投じる勇気もない小さき者は、黙っているべきなのです」
艶然と微笑むネリウムは、実に堂に入っていたし……憎たらしくもあった。
もちろん、リリーに敵うわけもなく――
「わ、私は小さくありません! これでもBマイナスなんです! 大きくないだけです!」
と容易くおびき出されてしまう。……少し悲痛な叫びだ。
……しかし、まずい。
いくらアリサと秋桜が喧嘩友達でも、ここまで露骨に煽られては荒事になる。いや、リリーも参加しての三つ巴なのか?
それにしてもネリウムの真意が読めない。
こんな友人同士を争わせて、何が楽しいんだ? そこまでする必要があるのか?
とにかく看過できない。ここは大火傷を負おうと、断固たる態度で仲裁に!
そう思った瞬間、『聖喪』の姉さん方が叫ぶ。
「げぇっ! ネリーっ! あ、あの戦いをっ!」
「……し、知って……いるのか……シムスっ!」
「ああっ! これぞ古来より漢女達の間で受け継がれてきた決闘法………………何にしようか、ネリー?」
とハイテンションから一転、四人で集まって相談を始める始末だ。
なんというか……緩いし、酷い。




