新しい日常――12
「せ、背丈のことだと思うぜ、リリー? ――それにカガチ……人様の背が低いとか、そんなことをいったら失礼だろ?」
背筋を走る戦慄のお陰か、おれはしょうきにもどった!
この僅かなチャンスに、あらゆることを好転させるべく――
「私、ずっと背丈のお話をしているつもりでしたのよ。でも後学のために……タケルさまが『何』と勘違いなされたのか、是非ともお伺いしたいですわ」
「い、一応っ! こ、これでもタケルの方が上なんだからなっ! そ、そりゃ……少しヒールの高い靴を履いたら、同じになっちゃうけど……で、でもっ! まだ同じくらいなんだから!」
……まずい。
冷静さを取れ戻せてなかった。一言で秋桜とリリーの両方へ攻撃してしまってる。
そもそも秋桜は、背の高いのを気にしすぎだろう!
……リリーの方は鋭い洞察力と褒めておくべきか。
『何』もなにも、『ナニ』の話と受け取ったのだが……それを詳らかにすれば、身の安全は保障されない。
どうやら背後から感じる殺気が、平常心を通り越して焦りを生んでいる。
「うん? 大丈夫だよ、小さいお姉ちゃん! お母さんがよく言ってたんだ! 『心配しないでも、いつかカガチのことを大切に思う男の人が、ちゃんと大きくしてくれるって――』」
「よし、カガチっ! そこまでにしておこうなっ! お兄ちゃんのお願いだぞっ?」
突拍子もないことを言いだしたのを、無理やりに止める。
少なくとも俺は、女性の背を伸ばす秘術など知らない。この先、習得できる気もしないし、その腹積もりもなかった。
さらに『ナニ』を大きくさせる『進化の秘法』――文脈的にそう捉えるのが正しいだろう――についてだが……俺は接触編すら、まだ済ませていない。
そんな初心者が慈しみ育むなんてのは、さすがに荷が勝ちすぎている。……だいたい『ナニ』の育成方法って、そういうシステムだったのか?
しかし、その謎に思いを馳せる時間など、ありはしなかった。
子供はこちらの事情など、全く汲んではくれない。無慈悲に、そして無造作に次の爆弾を投下してくる!
「ねえ、お兄ちゃん……カガチ、この前の時も思ったんだけど……どっちがお兄ちゃんの彼女なの?」
……たったの一言で静まり返った。それまでの喧騒や緊張が嘘のようだ。
いや、これは正確な表現ではない。
遠くの方では「ポン」だの「チー」、「ズンドコベロンチョ」などの掛け声も聞こえる。おそらくゲームか何かのだろう。
さらに遠くの方からは、伴奏付きでの歌なんかも聞こえてくるし……全くの無音にはなっていない。
この一連の騒ぎに注目していた――『大小』賭博の一角に居た全ての者が、黙るしかなかったということだ。なにより――
「やはり……天才っ!」
あのネリウムすら、そう驚嘆の念を漏らした。
まあ間違っちゃいない。カガチの才能は『天災』レベルだ。
最初は秋桜に、そして次はリリーにと連続で驚かさせられて、まるで気が回らなかったが――
気付けば野次馬から、もの凄い注目を集めてしまっていた。
しかし、これは当然のことではある。
どこまで『大小』賭博が低迷してたのか判断できないが……テコ入れ策として、この二人をディーラーに据えたのは上手い作戦だ。
なんだかんだで二人は、人気もある有名人といえる。
この秋桜さえ、熱心なシンパがいるのだ!
それが女性ばかりなのを、本人は気にしているようだが……そんなのは秋桜のくせに生意気だ。
リリーに至っては、裏で『親衛隊』が結成済みとの噂すらある。隠れた人望は推して知るべしだ。
その二人がチャイナドレス姿を披露の大サービスなのだから、集客できないわけがなかった。商売としては、いわゆる『勝ち確』――勝利が確定といっても過言じゃない。
さすが『聖喪』の姉さん方だし、卓越したプロデュース手腕ともいうべきで……何も知らずにノコノコやってきてしまった俺こそ、いい面の皮だ。
そうして集められたギャラリーというか、『大小』賭博の客達が――
「あれが……あれが『トゥハンド』か……」
「ああ……『RSS騎士団』の七不思議の一つ……『誑しのタケル』だっ!」
などと俺のことを噂している。
どうせ悪口に過ぎないはずだが、また通り名は増えていたらしい。……気が散るから羨ましそうにするのは止せ、リルフィー!
「あの噂は――婦妾同伴で楽しんでいるって噂は、本当なのか?」
「俺が聞いたのは……愛人に男装を強要する変態野郎ってことしか――」
「いやDTを拗らせ過ぎて、色々な噂を自分で流して悦に入っているって話も――」
加速度的に俺の評判は、悪くなっていたようだ!
悪事千里というが、これはおかしい。何者かの介在すら感じる。
……もしかしたら『お笑い』の奴が――ギルド『自由の翼』のジンあたりが、裏で糸を引いているんじゃあるいな?
「違うぜ。それらは全部嘘だ。なんでも情報部のメンバー全員が、タケルの愛人らしい。間違いないぜ。なぜなら、その事実を告発する本を目にしたことがある!」
「なにそれ……タケル総ウケ本? 欲しいっ!」
なんていうのは、意味すら理解できないし――
「結成ろう! 同志で集うんだ……『TSS騎士団』を結成しよう!」
などとギルド結成を呼びかける者に至っては、小一時間ほど問い詰めたいぐらいだ!
我ら『リア充死ね死ね騎士団』を真似るかのごとき名称、喧嘩を売っているのか? それにパロディ以外のどんな意味があるんだ? それとも『殺すべきT』でも居るのか?
とにかく俺とは関係のないことなら、他所でやって欲しい!
だが、そんな風に周囲へ気を取られる暇すら無かった。
「だ、大体っ! な、なんなんだよ、そのチンチクリンはっ!」
「さすがお姉さまっ! 鋭きご指摘にございますっ!」
リリーに続き、秋桜もカガチに言及したくなったらしい。
その扱いは気に障ったのか、さすがにカガチも抗議をした。
「チンチクリンじゃなくて、カガチだよ、大きいお姉ちゃん」
「だいたいアリサが付いていながら、どうして新しいのが――」
しかし、聞く耳を持たない秋桜は、非難の矛先をアリサにも向けようとし――
その表情を凍りつかせた!




