新しい日常――11
そのリリーだが、秋桜と同じようにチャイナドレス姿だった。
いや、異なってか?
真紅の秋桜と差別化するためか、いつものようにというべきか……純白だ。真っ白な装いとなっている。
そして統一性のあるデザインであっても、全く狙いは別なのは一目瞭然だった。
当たり前だがサードスリットなぞない。残念なことに胸元は隠されてしまっている。
誰が用立てたのか――デザインしたのか知らないが、それだけで見る者を唸らせるに十分だ。この見識は半端じゃない。
仮に……仮にだ。
リリーのチャイナ服にも、サードスリットが開けてあったとする。
やはり人を虜にするだろう。それは悔しくとも認めるべきだ。
しかし、その感動には不純物が混ざってしまっている。
それはリリーが控えめだから……ではない。
小さな花も大きな花も、もともと全てが特別なナンバーワンと説いたのは、二十世紀末に活躍した詩人だったか?
この素晴らしい教えが示すとおりで、大小は問題じゃない。それこそ取るに足らない些事といえる。
つまり、ささやかで、慎ましくて、平穏らかなのは――平たく穏やかなのは全く関係ない。
美の顕され方として、不適切というだけだ。
例えば秋桜であれば――
夏の強い日差しの中、向日葵のように開けっぴろげに、堂々と上を向いて咲き誇れば良い。
ギラギラと輝くような日の光が相手だろうと、全く褪せることなく……いや、そんな環境だからこそ、より大きな花となって開く。
秋桜はそんな美しさを持っている。……絶対本人には教えるつもりはないが。
対するにリリーは違う。
真冬の音すらも凍りつく寒々とした夜に、月明かりの下で静かに開く花。
儚さを感じさせるのに、強く人を魅入る。
それがリリーの本質だろう。
日の光は全く似合わない。そして大勢で無粋に……美術品のように鑑賞するのもだ。
きっと誰にも知らせず内緒に……そして独り占めにするべきだからだと思う。
しかし、だからといってリリーが謙虚だったわけじゃない。
ある意味で秋桜よりも暴力的で……君臨するかのようだ。
確かにサードスリットは無しで、慎ましさを強調するかのようだが……違う。秋桜と同じように切れ込みの入ったダブルスリットが、違っていた。
ほんの少しだと思う。
ほんの少しだけ長かった。
もちろんボディバランス比での話だ。
俺と同じぐらいの背丈な秋桜より長く切れ込みを入れたら、ウエストより高くなり下品になってしまう。
その長めのサイドスリットから、無造作に足が見えていた。
生足だ。
それが工夫など女々しいとばかりに、無頓着にひけらかされてる。
ややスリットが長い程度で、なんのギミックもなかった。
ニーソックスやストッキングなどで覆うこともなく、ガーターベルトなどの装身具にも頼っていない。足元をシンプルなパンプスが飾るのみだ。
全く恥らうこともなく、じつに堂々とした態度は見事だったし……こちらを大声で非難しているようでもある。
意外と上流階級の人は、その辺に無頓着というが……そういうことか?
さらに、とにかく……白い!
生足の――肌の白さに脳が焼かれてしまいそうだ。
それだけで白昼夢に誘われてしまいそうだが……少しでも理性を取り戻せば、その細さに感嘆の念を禁じえなくなる。
しかし、細いといっても細すぎたり――痩せすぎていたりはしない。
だが、成熟しているわけでもなかった。
女性の持つ柔らかな曲線ではない。将来はそうなるのかもしれないが……いまはその予想すら難しい。
かといって、少年のような――中性的なわけではなかった。
少年美は足に宿るというが、それとは似て非なるものだ。
おそらく『バンビ脚』と呼ばれる概念だろう。
耳にしたことはあった。
女性ならば一度は憧れるらしいし、女児用の『お人形さん』は例外なく『バンビ脚』だ。
リリーと同レベルとなると記憶にないが……ファッションモデルなどは、『バンビ脚』であるのが理想とされる。
しかし、理想少女の具現でしかありえず、ゴシックの究極理念といってもいい。
結局は概念に過ぎないもので、生身では持ち得ないはずだ。
それが目の前にあった。
男女分け隔てなく、この足は全てを跪かせるだろう。
美は力というが、すでに暴力にまで昇華していた。
この脚に触れるためなら――そして口づけするためならば、忠誠心の全てを――心の全てを捧げても良いと思う男は、俺だけではないはずだ。
「くっくっくっ……見たか『トゥハンド』、これが……これが目に語る戦いよっ!」
いまだ魂を抜かれかけたままな俺へ、背後から姉さん方が話し掛けてくる。
「やっぱりタケルちゃんも、男の子だねぇ」
「……いい……暇潰しに……なりそう」
嵌められた!
最初から姉さん方は、この俺を狙っていたのか!
このままでは玩ばれた挙句、酷い目に会わされる!
だが悔しがっている暇すらない。
とにかく視線を――思考を取り戻さなきゃ駄目だ! 先ほどから頭の中は――
おっぱい、なまあし、おっぱい、なまあし、おっぱい、なまあし……
と、何も考えられなくなっているに等しい。
しかし、焦る俺を嘲笑うかのごとく、事態はさらに悪化する。
「へへっ、いいでしょ! ここ、高くて気持ち良いよ! 代わってあげようか、小さいお姉ちゃん?」
帽子扱いされたカガチが、余計なことを言う。
ただでさえ不機嫌だったリリーの瞳が、怪しく光った。
……俺は無事に帰れるのだろうか?




