『聖喪女修道院』――3
しばらく振りのリシアさんは、相変わらず美しかった。
好きずきはあろうが、純正統派な美人といえる。極めて個人的な感想で良いのなら……「こんな姉を持ちたかった」と言いたくなる綺麗な女性だ。
いつもの修道服姿ではなく、見慣れない『僧侶』の初期装備の神官服姿だが……それがまた、初々しい感じがするというか……それはそれでドキドキするというか。
「へ、へ、へー……どうです、シャッチョサン! うちのナンバーワン、リシア嬢!」
「シャッチョサン! 指名料金貨一万枚ポッキリ! オプション付けるイイネ! リシアと握手! 握手できるヨ! それ十万ポッキリ!」
「ポッキリ!」
三人は興が乗ったのか、怪しい外国人風のイントネーションでコントをしだした。
会うのに一万、握手で十万とは、とんだボッタくり商売だが……成立しそうな気もするから怖い。
「もう! みんなふざけないの!」
慌ててリシアさんが叱る。
まあ、そりゃそうだろう。友好ギルドと言えども、一応は正式な使者の前だ。責任者としては頭を抱えたくなる気分だろう。
「なんだよ、ノリが悪いな! つまんないぞ!」
「ノリが悪い奴らは放っておいて、秋んとこいこうぜ!」
「そうだ! いこう、いこう!」
そしてクスクス笑いながらどこか――まあ『西の広場』か――へ行ってしまった。
……なんというか……自由だなぁ。
「ごめんなさいね、タケルくん。あの娘達、お調子者なものだから……わ、悪気は無いのよ?」
さすがに恥ずかしかったのか、顔を赤くしてリシアさんは謝ってくれた。
だが、実のところ、三人には助けられている。あの陽気な態度にだ。
『聖喪女修道院』のメンバーの中には、本格的に男が嫌いな人もいる。人によっては会話すらしてくれないから、気楽に話ができるだけで大助かりだ。
「いえ……ふざけてただけでしょうし……席を外してもくれたんでしょう」
「あっ! お詫びという訳じゃないのだけれど……ハーブティはいかが? いまちょうど、味見をしていたところなのよ」
「いただきます!」
ハーブティは好きじゃなかったが、リシアさんのサービスだ。断る理由は見当たらない。
「ちょっと待ってね……男の子には……これが良いでしょう。さあ、どうぞ」
そう言って、リシアさんは差し出してくるが……それは普通のティカップだった。それにきちんと皿にも載せられている。
「ごめんなさいね、直接手渡しになってしまって……お盆だとかテーブル、椅子だとかはさすがにね?」
「ありがとうございます。しょうがないんじゃないですか? うちも小道具類は全くで……かなり苦労させられてます」
受け取ったハーブティからは何か良い香りがした。
飲まないでも判る。これはプレイヤーが作った――登録した『食料品』だ。それも製作者は女性だろう。男が作るとどうしても、食器などには気が回らないことが多い。
「……なんだか不思議な味と香りですね。美味しいです。これはリシアさんが作ったんでしょ? 登録は今日からみたいですし」
美味しいと言ったが、それはお世辞じゃない。本当に美味しかった。
それに一口飲んだだけで理解できる。これは『食料品』の中で最もハイレベルの……現実には存在しない、存在できないタイプの作品だ。
VR世界は全てがデータで構成されている。
それは『食料品』もだ。データであるから構成要素……形、色、味、香り、食感、温度など、全てを好きなように設定できる。
これもハーブティから連想される……とにかく香りは良いけれど、味はいまいち、下手したら白湯にしか……なんて感じじゃなかった。
豊かな香りとしっかりとした味わい、透き通っていながら美しい色……名前は『ハーブティ・試作三号』と素っ気ないが、飲んだ者を唸らせる品だ。
「ふふ、褒めてくれて嬉しいわ。……あまりハーブティは好きじゃないんでしょ?」
「いえ! そんなことは……」
「いいのよ。男の人はハーブティをあまり好きじゃないもの。完全に女性向けよね。でも、女性が増えるみたいだから……上手くできたのは『食料品店』に登録しておこうかしら?」
悪戯そうに笑い、リシアさんは考え込む風だ。
『食料品店』に登録すれば誰でも作品を購入できるようになるし、その売り上げも製作者の懐に入る。地味に資金稼ぎとして使えるのだが……それより「女性が増える」というのは初耳だ。
「女性が増える? 発表でもありました?」
「あら……さすがにタケルくんでも知らなかったのね。えっとね……女性向けの新商品……リアルでの話よ? 女性向けの商品のオマケに、課金チケットが付けられたのよ。ほら、VR中にダイエットになるとかいう、変な健康器具」
そう説明されて、すぐにピンときた。
VRゲームをしている間に身体に装着し、電極の刺激で筋力トレーニングをする器具のことだろう。安全性やVRマシーンとの兼ね合いで、やらないよりマシ程度らしいが……効果は立証されている。
「あれ、無駄ではないみたいですよ。シドウさんに……うちにトレーニングに詳しい人がいて、勧められたんです。実際に使ってみて、いまのところ違和感とかありませんし」
「そうなの? 私も使ってみようかしら? でも、タケルくんはゲームがんばりすぎ! そんなのに頼らないで、ちょっとは身体を動かさないと。若いんだから!」
めっ、とばかりに怖い顔をされるが……まったく怖くはない。むしろ、くすぐったい気分になる。
俺とリシアさんはいつもこんな感じだ。
年若い姉とその弟……それが一番近い関係だろう。親密ではありつつも、お互いに男女としては意識していない。俺にとっては安息所のようだし……リシアさん達『聖喪女修道院』が求めるものも、少しは理解できた気がする。
「ま、まあ……それなりに運動とかしているんですよ? それにしても……運営はがんばってますねぇ……」
苦し紛れに話題をそらした感じになったが、素直な感想でもある。
課金チケットやゲーム内アイテムをオマケにして、他の商売に便乗と言うか、宣伝をするのは使い古された方法だ。
今回のは女性向けダイエット器具の特典なんだろうが、目の付け所が良い。
購入者もタダなら遊んでみようと考えるはずだ。「VRゲームをしながら楽々ダイエット! いまなら新作ゲームの無料チケット付き!」みたいなキャッチコピーか?
運営は営利企業だし、MMOはお客を集めなきゃ成り立たない。人を集めるなら、今も昔も『まず女を集めろ』が鉄則らしいから……狙いは正しいだろう。
「……どうなのかしら。運営さんにはがんばって欲しいけど……荒れるのも困るし」
リシアさんは心配しているが……それも解らないでもない。
弱い運営は早期のサービス終了が怖すぎるが……強すぎても厄介だ。
人を集めるのや、集金が上手い。それは運営が強い証拠で、企業として正しいあり方なんだろうが……楽しく遊べるかとは別の問題だ。
「プレイヤーは楽しい、運営は儲かる」の共存共栄が理想なんだが、どうなることやら。
今回の話もプレイヤーが増える、それも女性プレイヤーが増えるだが……無料チケット分しか遊ばないプレイヤーに荒らされるとも言える。
「まあ、様子を見ながら対応ですかねぇ……」
「そうよねぇ……無料プレイヤーだからと……差別するわけにもいかないものねぇ……」
何とも結論は出ず、二人して溜息をついてしまった。