新しい日常――4
いつの間にやら俺達は、ツアーなどのパーティ募集をしている区画、商売用の露店や看板の多い辺りを抜け、様々な遊びが催されてる付近にまで来ていたらしい。
そこで遊んでいる奴が居た。なにやら大騒ぎをしてやがる。
まあ珍しいことでもないし、はしゃぐ奴だっているだろう。
俺を微妙な気持ちにさせたのは、それが知り合いで……なんと第一小隊副官のルキフェルだったからだ。
半ばトレードマークな『死神の鎌』を肩に立てかけ、足なんか組んで椅子に座っちゃっている。
寂しがり屋なのか、自己防衛の意識が強いのか……その組んだ足を抱え込むように片手も置かれていた。
……おそらく自分で自分をカッコいいと思っている。
大甘に採点してやれば、特定の層からは熱狂的にウケそうだ。その程度には評価しても良い。……本人はもの凄く嫌がりそうだが。
なのに大騒ぎしてしまっている。……かなり台無しだ。
男にしては高い声だが、魅力的と感じる者もいると思う。
しかし、声が上擦ってしまっているのを、まるで気にしていない。それぐらい興奮しているようだ。……ある意味で歳相応か?
そしてルキフェルの前には少し丈の低いテーブルがあり、その卓上にはボードゲームが用意されていた。
遠目からでも区別できるし、奴の台詞からも推察可能で、おそらくチェスだ。まず間違いない。
……第一小隊は後詰のはずだが、何を暢気に遊んでやがんだ?
「く、く、く……見たかっ! この華麗なる両サイドへ『キャスリング』可能な陣形を! 変幻自在とは、正にこのことだ!」
得意満面なルキフェルの口上で、盤面で何が起きているのか理解できた。
キャスリングとはチェス独特のルールで、この種のゲームでは非常に珍しく、たったの一手で二つの駒を同時に動かし、盤面を劇的に変化させられる。
どのくらい特有かといえば……よく比較される『将棋』には、類似したルールが存在しない程だ。
そして『キャスリング』という語感や、その華々しい内容から……初心者に好まれる。戦略の中心点にしてしまうのだ。
さらに『キャスリング』にはキングサイド、クイーンサイドの二種類が――左右の二つがあるから……どちらの『キャスリング』も可能な布陣なのだろう。……俺も初心者の頃に溺愛していた。
もう盤面は見ないでも八割方は予想がつく。ほぼ全駒で突撃に近い。
「じゃあ、こっちの番だね。ポーンを動かしてっと……どうぞ」
「ふははっはっはっ! 掛かったな! チェ、チェックメイト! チェックメイトだぁ!」
「うん? ああ、チェックね? それじゃキングを逃がしてっと……どうぞ」
……このやり取りで、ルキフェルがどの程度の打ち手なのか良く判る。
細かいことを言うようであるが――
チェスで「チェック」といったら、日本語にすると「王手」――つまり王将がとれる状態を意味する。
そして「メイト」といったら「詰み」のことで、もう王将が逃げようの無い状態――つまりは相手の負けだ。
「チェックメイト」とは「チェック」で「メイト」であるから……「王手」かつ「詰み」な状態を指す。
それを踏まえるとゲーム中に一回しか使用できない上、「チェックメイト」と言いながら相手を詰ませれられなかったら……赤っ恥もいいところだ。
その証拠に俺は、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
止めてくれ、ルキフェル! その黒歴史は俺にも効く!
「に、逃げても無駄だ! それは読んでいた! 再びチェックメ――チェックだ!」
……「チェックメイト」と言いつつ、逃げれるのを読んでいたら駄目じゃないか。
しかし、もう何を言っても奴の心に届かないだろう。
溺愛する『キャスリング』を見事に決め、そこから一転攻勢で念願の『チェックメイト』だ。
チェスを覚えた動機の全てが満たされたと思う。……まあ『チェックメイト』の方は間違ってしまったけれど。
しかし、少し警戒するべきだった。
チェスや将棋、オセロなどのゲームで最も警戒するべきは、対戦相手がノータイムで番手を返してくる時だ。
それは即ち、相手は読みきっている証拠に他ならない。
「……ナイトでクイーンをとります。それとチェック。その……えっと……次の次で……」
相手はモゴモゴと喋っていて、非常に歯切れが悪かった。
……もの凄い優しい人だ。
先ほどの『チェックメイト』の無礼も流してくれたし、いまもルキフェルの不明を責める気はないらしい。
おそらくルキフェルは詰んでいる。誰が打っても負けが確定な状態だろう。
今後はいかなる手を打とうと連続チェックが続き、最後には『チェックメイト』を掛けられる。将棋で言うところの「ありません」の状態だ。
ただ、これはルキフェルが特別に下手すぎるとか、察しが悪すぎるというのではない。将棋やチェスなどでは、最も一般的な負けパターンだ。
ここから意外な事実が浮かび上がる。
余程の下手糞同士か奇想天外な手が決まりでもしなければ、『チェックメイト』なんて言葉は使われないことだ。
普通ならそこへ至る前に投了――自ら負けを認める。
これは潔さの問題もあるが、投了しなければ恥の上塗りにもなってしまう。数手先すら読めないと、自ら証明することになるからだ。
しかし、拙いことになった。
きっとルキフェルは問題を起こす。あの得意絶頂からクイーンをとられる大失態の上、盤上ではキングが詰みかけている。……奴の精神力では、堪えきれない可能性が高い。
暴言程度で済めば御の字か?
たかがゲームと人はいうかもしれないが、それすら礼儀正しくできないようでは大問題だ。感情が爆発するままに任せてしまっては、どんな社会だろうと受け入れてもらえない。
お節介かもしれないが、暴走したら叱り付けにいくべきか? 俺なら憎まれ口を叩かれても流してやれる。
「ぼ、僕の負けだ! ちょっ……ちょっと間違えた!」
しかし、俺の予想を覆し、ルキフェルは素直に負けを認めた。
悔しさを全く隠せてないし、完全に涙目だが……ちゃんと投了している。どうやら俺は、奴のことを見誤っていたらしい。
「はい。ありがとうございました」
「もう一度だ! もう一回勝負しろ! 今度は負けないからな!」
ムキになってる感じだが、それも人によっては微笑ましいと感じるかもしれない。
少なくとも俺は好感を持った。対戦相手も苦笑い程度だし、再戦を快く承諾してくれている。
多少、厨二病を拗らせていようが、世間とすり合わせられれば未来も暗くない。
俺達『RSS騎士団』は傍若無人な乱暴者と思われているが、ちゃんとルールやマナーくらい守れる――
「待った! その一手は『待った』だ!」
「えーっ、また? おじさん、もう三回目だよ!」
……清々しい思いだった俺を、不穏な会話が引き戻す。
もちろん知っている声で、その主は……ジェネラルだ。
団長っ! 何してんですかっ!




