新しい日常――2
「少し意外でした。あのような親切を……何か方針に変更が?」
ネリウムは感慨深げに口にするけれど、完全に悪口でしかないだろう。
……納得顔で肯く皆も、同罪だ!
全員が首を縦に振ってやがるし、アリサですら苦笑いを隠しきれてない。
ただ、賢明にして有能なる守護天使は、黙っているよう囁いてくる。
どんな熱くなろうとも、面と向かって大魔王に逆らうのは馬鹿のすることだ。
そんなのは前時代的な勇者に任せておけばいい。俺は平凡な村人Aに過ぎないし、熱血だとか友情だとかにも限界はある。
「あいつらだって、最後には理解できてたと思いますよ? 自分達だけじゃ手に負えない狩場へ来てたことも……俺の指図に従ったから、新しい狩場の体験者となれたことも」
そう返すに留めておく。……それほど体面を失わずに済んだか?
「長く成立しますかね? まあ明日も派遣すると思いますけど……次のチームには言い含めておきますか?」
「もちろんだ。いまは全勢力と停戦中だしな。『自由の翼』みたいに、自分から喧伝して歩く気はしないけど……多少は一般人とも迎合した方がスムーズだろ?」
カイの質問には、誤解の余地がないようハッキリと答えておく。
しかし、俺の提唱した作戦は、さして真新しいものでもない。
画期的な新発想ではなく、共闘を前提にしただけだ。高難易度狩場での常套手段ですらある。
まず『西側』難所の左右の両端を、俺達『RSS騎士団』混成チームで占めてしまう。そして戦力に劣る四人組を、その間へ入れてやる。
これだけだ。工夫といえるのか、微妙ですらある。
しかし、俺達は左右のどちらかと前方だけを担当……つまり自分達だけで狩る場合と変わらない。
四人組の奴らは左右を俺達に守られる格好となり、前方だけを対処すれば済む。
この布陣なら少ない戦力でも十分に戦える。
もしくは、その場に居る全プレイヤーで助け合うことが可能だ。
二匹同時などでピンチになりそうなら、さり気なく手助けしてしまえばいい。相手によっては怒るかもしれないが、いまは命あっての物種だ。
色々と面倒に思わなくもないけれど、目の前で死なれたら寝覚めも悪い。残ったモンスターを押し付けられても迷惑でしかないし。
「……それでいいのかい?」
面白そうな顔をしたリンクスに問い質される。
その隣のグーカは軽く肩を竦め、何もいわずに肯定の意思表示をしてくれた。
「確かにゲームのルールは変わるけど、積極的に責めるのは……いまいち乗り気しない。した方が良いと思う?」
正直な気持ちを答えておく。仲間同士で韜晦しても意味はない。
「僕はどちらでも……まあ好みでいうなら、隊長と同じかな。それに判った上での選択なら、何の不満もないよ」
そう答えるに済ますようだったが……ルール変更には気を配っていてくれたらしい。
やはりMMOプレイヤーとして確かなキャリアを感じる。
グーカの方は……良くも悪くも忠誠心の高い人――年上の人を、そんな扱いで良いのかは悩む――だから、何も言わなかったのか?
ただ、何名かは不思議そうな顔をしていた。理解できなかったらしい。
アリサはそれでも良いけど……カイ、お前はそれじゃ困るぞ?
仕方ないのでアリサへの説明に託けて、カイにも解説してやることにした。
「レベルキャップができた――あると判明したら、ゲームの性質が変わるんだ。いままでは自分達が一番に……少なくともトップグループにいることを重視していた」
細かく言うのであれば『狩場の占拠』なども、目的は『自分達の効率を上げる』にある。
「でも遅かれ早かれ、俺達は頭打ちとなる。レベルキャップがあるんだから、当たり前だよな? それを前提にすると、また違った戦略が――」
「ああっ、そうかっ! それなら他の奴らの足を引っ張るしか!」
やっと理解したカイが軽く叫ぶ。
……もう少し狡賢くなって欲しい。
いま『狩場の占拠』をするのであれば、それは『自分達の効率を上げる』ためではなく『他の奴らの効率を下げる』が主目的となる。
美味い狩場を使わせなければ、必然的に効率は悪くなるという理屈だ。
「自分達が最強でいる目的は変わらなくても……その手段は変わるな。これからは『二十五レベルプレイヤーを数多く揃える』が目的となる。そう言い換えようか?」
まあカイを責めてもはじまらない。狡賢さは俺が補えば良いだろう。
「……うん? あれ? でも、隊長……それだと狩場での積極的な共闘だとか、システム構築に尽力するだとかは……その……言いたくはないんですけど……利敵行為に――」
そして、やっと問題点に気付いてくれたらしい。
「なんだよ、利敵行為って。いま現在、我が『RSS騎士団』は全勢力と停戦中なんだぞ? まあ、そんな建前は置いておいても……全力で各方面の邪魔をするのも、なんというか……全く実りが無いからなぁ……。それでもやるか? 俺は気が進まないぜ」
そう結ぶと、カイは唸った。
反論できなくもないが、その気にもなれない。そんなところなんだろう。
「あれだ、カイ……あっし達はそんなことをしなくても強い。そういうことにすりゃ良いんだ」
グーカが解っているような、まるで解っていないようなことをいう。
……半分は本気、残り半分はカイを元気づける為か?
「まずは二十五ヒット二番乗りを目指す。一番は『ヴァルハラ』に取られちまったからな。そこから順次到達者を増やし……最終的には全員を二十五ヒットさせる」
聞こえは良いが、そもそも狩場へ出た理由は金貨稼ぎだ。つまりレベル問題とは別の理由に因る。
金貨を稼ぐ過程で二十五ヒットするか、二十五ヒットする過程で金貨も稼ぐか……その程度の違いでしかない。
まあ、たまには景気付けも必要だろう。
「それで何も変わらない。仮にこの世界の住人全てが二十五ヒットしたとしても、俺達は最大手だ。その優位は動かせないだろ?」
これにも問題点は隠れている。
確かに最大手の一角ではあるが、最大多数の集団ではない。人数では『自由の翼』に後れを取る。それは『水曜同盟』相手でも同じだろう。
さらに全住人が二十五レベル到達なんて前提では、あらゆる戦略の練り直しも必須だ。
また、そこまで先の状況設定まですると、細かな嫌がらせはマイナスと査定もできる。
俺達が邪魔しようとしなかろうと、二十五ヒットする奴は出てくるし止めようもない。
むしろ熱心に妨害工作をしてしまったら、二十五ヒットするような奴は漏れなく俺達に恨みを抱いているという……最悪の展開だって考え得る。
「それじゃあ、明日はトロル狩りっすね!」
話が落ち着きかけたところで、リルフィーが突拍子もないことを言いだした。
……物事をややこしくする天才だな、こいつは!




