レベリング――13
「あー……なんだ? とりあえずだな――」
「話し合おう! その……和解金なら用意する! あっ……いま現金は手元にないけど、変わりに何か価値のある物を――」
どう収拾をつけようか悩む間もなく、相手方から捲くし立てられる。
……無理もない。文字通りに瀬戸際だ。そこへ――
「とりあえず黙れ。まず隊長が話す。お前は話を聞け。そして隊長が良しと仰った時だけ喋れ」
とカイが被せる。
なんというか……冷静にキレる感じの声音で、敵対者にしたら怖いかもしれない。
「あー……うん。まあ、とりあえずそういうことにしよう。まず俺から話した方が良さそうだ。カイもそんなに熱くなるな……あと、手に持った『禁珠』はしまえ。落ち着かないだろうが」
やんわりと窘めると、心外だとばかりな顔で返される。……俺が悪いのか?
「それとハイセンツ……なんでいきなり行動してんだよ? この人達も驚いてるじゃないか」
「はっ? いや、しかしですね……武器に手を掛けたのが見えて……」
グーカの面子もあるし、強く叱責したらハイセンツの立つ瀬もなくなる。そんな打算に塗れた指摘だったのに、予想外の答えが返ってきた。
つられて全員の視線も、四人組の『戦士』と『盗賊』に集まる。
「へっ? いや……これは違うの!」
「そ、そうそう! つ、つい不安で!」
二人してそんなことを言いつつ、慌てて鞘から手を離す。
剣をスムーズに抜くための第一手は、利き腕ではない方の手で鞘を抑えることだ。
つまり過大解釈すれば、鞘に手を掛けたら……戦闘の意思ありとも受け取られる。アクティブな敵意ではなく、反射的なものとは思うが。
それにMMO特有の問題点も隠れていた。
現実では狂人扱いされるかもしれないけれど、『とりあえず殴ってから』や『まずは相手を殺してから』が話し合いの第一手な流儀もある。
さすがに少数派もいいところで、タカ派どころか過激派に分類されてしまうが……MMOでは、それが罷り通らなくもない。
死が絶対的な損失でない以上、いくらでもやりようがあった。
仮に相手が死亡したとしても……死体にしてから、ゆっくりと話し合えばいい。
死亡からリスタートまでの間に話がつかなくても、相手は街へ戻っただけだ。各種メッセージを使えば、問題なく会話を続けられる。
さらには何かの誤解などだったとしても、殺された当人との示談すら可能だった。
しかし、いまはそんなことは許されない。現実と同じく、死が決定的だ。
「怪しく感じたら、とりあえずぶっ殺す」なんて行動規範では、どこかで必ず齟齬をきたす。
「あー……あれだ! お互い様ということで、不問にしよう! それがいい! そうしよう! だからリンクスも矢を番えるのは止して。とりあえず矢筒に戻そう? それにグーカも! グーカが怖い顔してるから、皆が緊張するんだよ! ほら、笑って!」
なるべく軽薄に、とにかく場を明るくするべく声を張り上げる。
イメージ的にはリルフィーの真似をしてみたのだが……余計なことにも気付いてしまった。
空気を無視して明るく振舞うのは、意外と胆力が必要だ。奴も隠れたところで努力していたのか?
そしてカイに続いてグーカも、心外だとばかりの顔で見返してくる。
……失敗だ。情報部の右腕たるグーカに臍を曲げられると困るが、ここで無益な殺生をしたくもない。……こんなのも『右手が勝手に』なのだろうか?
しかし、グーカは俺とは違って大人だった。すぐに何事か納得の表情に変わる。注文通りの交渉ごとに向いた笑顔に――
……ならなかった。
なんというか……もの凄く品の悪い笑い方をしだす。モノローグをつけるなら――
『げっへっへっ……生まれてきたことを後悔させてやるぜ、へっへっへっ……』
となる。いまにもトレードマークのグルカナイフを舐めまわしそうだ。効果音は『ゆらー』で決まりか?
もう、どうツッコもうか悩んでしまったところで、先んじてリンクスが窘めてくれた。
「なんだよ、それ。品が悪いよ、グーカ」
……違うな。
確かにリンクスはグーカを窘めたが、それは笑ったことにではない。方向性について文句を言っただけだ。
その証拠にリンクスはリンクスで、人を落ち着かなくさせる笑いを顔に貼り付けている。
何が不安にさせるかといえば、その目だけは笑っていないことか? なんというか冷たく残酷な目だ。
そんな顔をリンクスが――コテコテな洋物エルフの顔でやるものだから、思わず謝ってしまいそうになる。
もう「可哀想だけど、ここで死ぬ運命……それが我らの――そして大自然の掟なのだ」などと言い出しかねない。
……嗚呼、駄目だ。
グーカもリンクスも、本当に頼りになる。それに俺とは違って大人だ。
しかし、二人とも俺と同じように、見まごう事なき『RSS騎士団』の一員だった。
よく考えてみれば、両名共に軍曹まで出世?してまう傑物でもある。
その辺は俺と全く変わらない……どころか、この種の折衝では、俺より下手な可能性すらあった。
しかし、誰が悪い訳でもない。
こんな状況が苦手だから――スマートには、そして爽やかには立ち回れないから、俺達は『RSS騎士団』なのだ。
「その……あんたらで『西側』を貸切にしているとは思わなくてさ……俺達は邪魔しないぜ!」
必死の形相で、俺を説得に掛かってきた。
なぜ、どこぞのガキ大将みたいな扱いなんだ?
本来は皆のものである狩場を、独占したりなんか――は『RSS騎士団』の十八番だった。数え切れないほどの前例があり過ぎて、言い訳する気すら起きない。
目の前にいる男は、十二分に現状を理解してやがる。
「気が治まらないのなら……その……今回は和解金で示談……そうしてくれないか? いや、贅沢は言わない! 女達だけでも見逃してくれれば――」
もう一人の男からも、さらに心を逆なでする台詞が飛び出す。
なんで俺の顔を見たら『金っ! 金っ! 金っ!』なんだ!
そんなに業突く張りに見えるのか?
第一、そんな強請り集りの類なこと……した覚えはあるな。面倒な時は示談金を出させての解決はよくやった。
……過去の悪行が追いかけてきている。
だが、それはゲームの時の話だ!
さらに何事か言い募ろうとしている。これ以上にややこしくして欲しくない。思わず――
「ちょっと黙ってくれ! こっちは穏便に話を着地させようと、必死に考えてる最中なんだよ! あまり変なことばっかり言ってっと……ぶっ殺すぞ!」
と怒鳴り返してしまった。
我ながら最悪だ。
さすがに全員で静まり返る。なんとこの騒ぎの張本人であるグーカとリンクスもだ! そして――
「……うわー」
「若旦那、それはないですわ」
と『HT部隊』からの乾いたツッコミが響いた。




