レベリング――11
「思った以上に難易度が高い。ここは一パーティ派遣ではなく、最低二パーティが基準になるか? 『ヴァルハラ』の奴ら、よく単独で狩り出来たな」
取り敢えずの考えを述べておく。
あまり上手い方法じゃない。リーダー役が愚痴や弱音の類を口にするのはだ。
「一時的にならともかく……長時間粘るには向かないようですね。それこそ『荒野』横断時のように、メンバーを厳選する必要はあるでしょう」
「隣接狩りなら、そこまで基準を高くしなくても? まあ、これから取るデーター次第ですけど」
しかし、参謀役のネリウムとカイは賛同してくれた。
……不出来なリーダーにも、それなりに活路はある。プライドなど捨てて、有能な仲間に甘えてしまえばいい。
「あれっすよ、タケルさん! 『西側』が難しいなら、トロル狙いはどうっすか?」
目をキラキラと輝かせたリルフィーが、突拍子もないことを言いだす。
「モンスターのランクを上げてどうすんだよ!」
反射的にツッコミを返してしまうが――
「でも、隊長……トロル狩りは、シドウの旦那も推挙してましたぜ?」
「うっ……でも……トロルかぁ……トロルはなぁ……うーん……」
グーカに冷静に反論され、唸ってしまった。
「隊長、前衛には辛いのかもしれないけど……後衛にしてみると――特に射撃武器だとトロルとか大型モンスターは楽なんだよ。誤射の危険が、ぐっと低くなるから」
そしてリンクスにも、違う視点からの見解を述べられる。
……これが『仲間に甘える』型リーダーが持つ最大の長所で、問題点ともいえた。
仲間からの意見を活発に求めることで、いわば集合知に導かれる。これを個人の才覚で凌駕するのは不可能だろう。
ただ、その過程で叩き台となるリーダー役はボロボロだ。
……まあ慣れてはきたが。人間、何にでも耐性は付くらしい。
それにトロル狩りを賛成しないのには、訳があった。
単純にルールの問題だ。大型モンスターはシステムに保護されている。
その巨体に相応しい能力を再現するため、大型モンスターへのダメージは一律半減と推測されていた。
……解析チームの地道で弛まぬ努力の賜物だ。
かいつまんで説明すると、多大な労力を払って『固定ダメージ武器』を制作する。このケースで選ばれたのは『必ず一点のダメージを与える弓』だ。
不思議な武器を作ると思うかもしれないが、これが解析では劇的に役立つ。
この系統の武器を数多く用意し、あるモンスターへ一斉に射掛けるとする。
その攻撃でモンスターが死なない回数が判れば……即ちモンスターのHPすら――隠されたデーターすら推定可能だ。
これなら自然回復速度だの面倒臭いことを考えないでも……どころか、その厄介な自然回復の数値や発動間隔だって暴ける。
そんな調査の途中、トロルには一点固定ダメージが入らないのが判明した。
もう攻撃が当たった扱いにすらならない。忍び寄って撃ち込んでも、全く反応しなかったぐらいだ。
それからは大変だった。解析チームが本気になってしまったからだ。
『モンスターにはダメージ軽減値がある』説などとも議論を競わせ、数多くの実地検証や追試の結果……『大型モンスターへのダメージは一律半減』という事実が浮かび上がる。
……解析チームの奴らは、絶対に楽しんでたと思う。それは間違いないし、『教授』は言わずもがなだ。
「隊長? ダメージ半減といっても、結局はHPが多いのと同じじゃないですか。まあ、自然回復速度も実質二倍だとか、切り捨てられる端数分だけ損とかありますけど」
不思議そうなカイに問い質される。
苦手意識のあるのが、自分でもよく判った。私見が混じり過ぎてて、冷静に判断できなくなっている?
「大きいだけとは理解しているんだが……」
「あっ……タケルさん、まだタイタン戦のこと気にしているんですか?」
付き合いの長いリルフィーには、お見通しだったようだ。
「でもな、あれは酷かったぞ? 俺が軟弱だからじゃない」
「……もしかしてリー君とタケルさんは……あの巨人討伐事件の参加者なのですか?」
察したネリウムが、呆れた声を上げる。
一年ぐらい前のことだったと思う。『最終幻想VRオンライン』でタイタンというボスモンスターが実装された。
身の丈なんと二十メートル。単純に考えて人間の十倍だ。
もう神話クラスのモンスターといえた。インパクトは十分だし、高レベルプレイヤー向けコンテンツとして申し分ない。
しかし、何もかもが十倍程度なら、数の力で何とかなる。そうゲームデザイナーや俺達プレイヤーも思っていた。
だが、それは大きな勘違いだ。関係者は全員、見積もりが甘かったと言わざるを得ない。
最終的には設定した奴を責めるべきなのか、システムの物理演算能力を褒めるべきか悩むが……何もかもが十倍なんて程度で収まりはしなかった。
身長が――長さが十倍ということは、面積では百倍となる。体積では――重さでは千倍だ。
計算しやすく、タイタンが人間サイズだったら百キロだったとする。それを千倍したら百トンだ。
想像してみて欲しい。百トンの質量で、休みなく地面を叩き続けたらどうなるのかを!
つまり俺達タイタン討伐隊は、相手が歩き回るだけで立っている事すら適わなかった。
さらにスケールの問題も深刻だ。体格の良い奴ですら、タイタンの脛にも届かない。
それは何を意味するかというと……まず踏まれただけで圧死する。
いちいち狙う必要もなかったと思う。俺達は地面にしがみ付くのが精一杯だったし、そのつもりがなくても踏み潰せてしまえる。
そして多くの者へトラウマを刻み込んだのが、タイタンの攻撃方法だ。
タイタンにとっての人間を、俺達にとっての人形で例えると……それは身長二十センチ以下で、重さは五十グラム程度となる。
その人形を、どれだけ遠くへ蹴り飛ばせるだろうか?
数メートルは楽勝なはずだ。そして人間スケールで数メートルということは……タイタンならば数十メートルとなる。
嘘だと思うのなら、リルフィーに聞いてみればいい。あの日、一番遠くまで蹴り飛ばされた記録保持者だ。
以降、単純に十倍だとかの処置はされなくなった。
しかし、それも『教授』に言わせれば、いつか来た道でしかないそうだ。
数年おきに似たような事例は起きるそうだし、何かと逸話を残す。むしろ伝説を体験できてラッキーと思うべきらしい。
ただ、そんなことを言われても、何の慰めにもなりゃしない。
多少は大型モンスターに苦手意識ができても、無理からぬことなはずだ。




