レベリング――10
この非常事態に『勇敢病』の子供を野放しに?
それは駄目だ。危険すぎる。
カガチに特別な気持ちがあったり、何の義務もありはしなかった。
まあ灯の一件ぐらいか?
だが、あれは仕方のないことだと思うし、俺が謝る筋合いでもないだろう。
しかし、責任や義務はないとはいっても……起こりそうな事故を見過ごすのは、どうにも収まりが悪い。
「お兄ちゃんは判ってない! カガチは大丈夫なんだってば!」
「んなっ訳あるか! ほとんど全ての狩場を、再攻略する必要があるんだぞ! それなのにソロで、しかもサポートタイプだとか……自殺行為だろうが! そんなワガママいうなら、次は連れて行って――」
……ああ、まずい。これでは売り言葉に買い言葉だ。
それに馴染み深すぎる問答でもある。
飽きるほど妹と繰り返してきたし、これではカガチに立つ瀬がない。最後には「なら連れて行ってくれなくてもいい!」とでもキレられて終わる。
いつになったら俺は、妹分の扱いが上手くなるのだろう?
とにかく話の舵を取り直さなくては。
高いところへ登った猫の自業自得でも、降ろしてやらねばならない。……その最中に引っ掻かれるとしてもだ。
「隊長、お呼びで? ……どうかしたんですかい?」
困っている俺を救うかのように、絶好のタイミングでグーカが声を掛けてくる。
なし崩し的に話を終わらせてしまおう。
……横目でチラリとみれば、カガチもホッとしている風だ。困るくらいなら突っ張らなければよいものを!
「ああ、作戦変更しようと思って……けっこう時間掛かったね。何かあった?」
そう言いながらグーカ達を軽く観察してみると、何名かは返り血を浴びたままだ。道中で何か処理して、まだ時間が経っていないのだろう。
「隊長が……この場合はカイかな? カイが『決して走らず、急いで歩いて本陣へ集合』と合図したんだよ?」
逆にリンクスからツッコミ返される。
……それにしてもマニアックな暗号パターンだ。そんなケースを一般的だと想定しているのか?
「そ、そんな馬鹿な! わ、私は『可及的すみやかに合流せよ』と吹いたのに!」
「いや、カイ……言いたくないけど……『総撤退命令』と間違えるというか……どっちなのか悩む感じだったんだ。危うく命令を回す寸前で……後で少し練習しようか?」
……やはりカイの合図は、下手糞だったらしい。
ただ、ここで一方的にカイを責めるのも、少し厳しすぎる。そもそもリンクス発案というか、リンクスの世代しか知らない技術だ。
まだVRMMOが不便な時代、遠くの仲間との連絡を『呼子笛』や『狼煙』で行っていたという。
技術的制約もあったろうし、わざと未発達にして味とした場合もあろうが……ちょっと想像もつかない。俺が初めて遊んだVRMMOなどでは、当たり前のように各種メッセージが実装されていた。
まあ、ある意味でゲーム背景世界に沿ってはいるのか?
「グーカのおじちゃん! お兄ちゃんが酷いんだよ! カガチのことを虐めるの!」
目敏くカガチは、多数派工作へ着手しだした。
……ちゃっかりしているというか、なんというか。妹も似たような作戦が好きだったが、女の子の共通項なのだろうか?
「うん? カガチちゃん、隊長は無茶なことは言わないお人ですぜ? でも、まあ……詳しく聞いてみなくては、判りやせんね。……それよりあっしは、ちょうど飴玉を持っているんでさ。食べやすよね?」
「もーっ! グーカのおじちゃんまで! カガチは子供じゃないんだから! ……ありがと、食べる」
言葉とは裏腹に、完全にあやされてしまっている。
これはグーカが巧みというべきか、カガチがチョロいというべきか。
それにやっぱり、年上の団員は「大人だな」とも感じる。
……いつまで俺は、皆を引っ張っていかなきゃ駄目なんだ?
非常事態に役目を放り出すのは、甚だ無責任とは思うけれど……反面、このような状況だからこそ、俺みたいな若造が首脳部では不味いとも思う。
いつかは解消するべきだが、どうすれば良いものか。
「で、隊長、撤収する……感じでもなさそうだね?」
カイとは一段落着いたのか、リンクスが訊ねてきた。
「うん、まだ続行するつもり。ただ、お互いに隣接して布陣しよう。三方向を警戒するのは無理じゃないけど、やっぱり辛いでしょ」
そう答えると、何名かは軽く肯いたり、ホッとした表情になった。
普段なら――死亡が単なるゲーム的失点にしか過ぎないのなら、その温い了見を叱りつけるところだが……いまは全く逆だ。僅かでもスリルを楽しむような感覚は、切り捨ててしまった方がいい。
「反対はしませんけど……隣接狩りとか、最警戒モードですね」
一人リルフィーは不思議そうに言う。
こんな批判とも取れる発言をしても、あまりトゲを感じさせないのは長所の一つか?
一般的にMMOでは、パーティ同士が隣接することはない。
むしろ努めて避ける。それどころか他人を視界内に入れないくらいがベターとされていた。
なぜならモンスターを盗った盗らないで、よく揉めるからだ。
お互いの視界内にモンスターが入る度に、どちらに倒す権利があるだとか……どちらのパーティを狙っているのかを確認だとか……いちいち面倒臭くなる。
冷静に考えるとモンスターの一匹や二匹が盗られても――間違って倒されてしまっても、大勢に影響はない。
しかし、その当事者になると……なぜか烈火のごとく怒り狂ってしまう。
いまは冷静に説明している俺だって、その例から漏れない。……どころか過敏に反応してしまう可能性すらある。
そういうものだと理解するしかない。最も簡単にMMOプレイヤーをキレさせる行い……つまりは最大のタブーとしてだ。
けれど行儀の良いことを言ってられるのは、まだ鉄火場になってない場合に限る。
期間限定のイベントやら、新たに実装された未知の狩場、明らかに殺しにきているゲームデザイナー……色々な条件で、戦場並みにスリリングとなることもあった。
決死の覚悟どころか、すでに死が確定していることも珍しくない。死亡がシステムに組み込まれているゲームならではだ。
そして時には見知らぬパーティ同士で、互いに背中を預けあうように戦うこともある。
盗ったの、盗られたのと揉めることもない。モンスターなんぞ取りたい放題だ。……プレイヤーの命も同様ではあるが。
こんな風に他のプレイヤーとの関わり方が、PKや抗争、戦争だけでなく様々にあるのもMMOの特色ではあると思う。




