レベリング――8
「それにしても、けっこうモンスターが……こんなにでる場所でしたっけ? もっと、こう……ポツポツとというか……順番待ちもあり得るぐらいだったような?」
そんなことを言って、リルフィーは首を捻る。至極暢気そうだ。
……原因不明で想定以上の戦力と遭遇したのなら、もっと焦れよ。
俺達前衛はパーティの盾なんだぞ?
守りきれなかったら、どうするつもりなんだ?
まあ、奴なら問題なく誤魔化しそうな気もするし、いつものように愉快な大失敗を披露しそうな予感もする。それはおおよそ……五分五分ぐらいだろうか?
だが流石に、そんなことで運を天に任せたくない。
なによりも本当に命が懸かってる。万が一にでも死んでしまったら、笑い話じゃ済まない。不安要素は一つでも多く詰んでおくべきだ。
「あれだ……ようするに『狩場が機能不全を起こしている』に近い状況だ。その……死にかけたMMOとか、不人気で見捨てられた狩場とかでよくあるだろ?」
しかし、俺の説明に肯いたのはカイだけだった。
「ああ、そういうことですか……近くに『曲がり杉』と『ダルマ岩』がありましたね」
この問答に着いてこれそうなのは、ネリウムとリルフィーの二人だけか? ……リルフィーの場合、判ったフリをしてる可能性はあるが。
とにかくアリサを筆頭に、大半の者へは説明不足となっている。
「元々、この『西側』へ出現していたオーガは、ここで湧いてる分じゃない。近くの大規模パーティ向け狩場から流れてきてる。つまり、おこぼれを狩っていたんだ」
しかし、この説明でも微妙な顔を返された。どうしたものか。
「この前の荒野と同じことなのです。ここも言わばメンテナンス明け直後と同じ。いえ、いつまで経っても『曲がり杉』と『ダルマ岩』に誰も陣取らないでしょうから……永遠にこのままでしょう」
ネリウムも補足を買って出てくれたが、どうもピンときてない様子だ。
『曲がり杉』も『ダルマ岩』も俗称で、どちらもオーガ狩りに使われているスポットだ。
しかし『西側』とは大きく性格が異なっている。完全に多人数用で少なくとも六名以上、できれば十名は集めて挑みたい。
初心者はもちろん、初級レベルもお断りの難易度となるが……中級者のレベリングやレアドロップ狙いに最適だし、平時にはツアーなども組まれていた。
例によって御あつらえ向きの広場に、ランドマークとして『稲妻状に曲がりくねった杉』や『雪ダルマのように積み重ねられた大岩』があったのが名前の由来だ。
……どうしても邪推をしてしまう。
「杉が曲がり過ぎてて『曲がり杉』! これ絶対にそう呼ばれる! そして馬鹿ウケ!」なんて台詞が聞こえてきそうだ。
このゲームのデザイナーのオヤジギャグ好きには閉口するしかない。
ランドマークに気が回るのなら、普通に太い杉を植えておけばいいはずだ。そのほうが『一本杉』などと呼ばれ、通りも良くなる。
もうネタを閃いたら止まらない感じで……『教授』のいう「ゲームデザイナーとの会話」とは、こういうことだったのか?
「よく判らないけど、解った! 解ったからさ、早く続きをしよ! 大丈夫だよ、お兄ちゃん達は強いし! グーカおじちゃん達なら、遊びながら待てば良いんだよ!」
興奮しているのか、軽く赤くなった顔でカガチは捲くし立てる。
……こういうのが好きな奴も居るのかなぁ?
アバターは少しサバを読んでいる――やや実際より加齢加工している感はある。それでも中身は小学六年生、または中学一年生になったばかりのはずだ。
身体は大人、心は子供!
オマケすればそういうことなのだが、全くときめかないのは何故だ?
これでもう少し成熟していれば――あと二歳ほど年齢が上なら、なんとかストライクゾーンを掠めるとは思う。
しかし、まあ、とにかく……俺にとってカガチは子供。それも未来永劫に低すぎるボール球なんだろう。
「まあまあ、そう興奮するなよ。すぐにグーカ達は来るさ。あまり待つようなら、俺らが迎えに行くでも良いしな。ところでお前の弓……複合弓か? 渋いというか、珍しいというか――」
「へへっ! いいでしょ! 『アキバ堂』のおじちゃん達がくれたんだよ!」
カガチは自慢げに複合弓を振り回す。
見るべき目が無いと、まるで子供用ぐらいに感じる小ぶりな弓だ。
魔女っ子アニメなどのコスプレ用といわれても、信じてしまえる。装飾も派手だからなおさらだ。
しかし、完全に実用品で、それも軍事用レベルの兵器といえる。
確か威力に見合った腕力を要求されるはずだが、先生達のお作だし何らかの方法で誤魔化しているのだろう。
それに身に着けているレザーアーマー――過剰なまでにアニメチックだった――も実戦的といえた。おそらく、同じく『アキバ堂』謹製だろう。
さすが先生方だとは思ったが、一つだけ引っ掛かることがある。
カガチは「『アキバ堂』のおじちゃんがくれた」といった。
それなりに付き合いが長くなりだしている俺ですら、装備品を無料で貰ったことはない。親しき仲にも礼儀ありとばかりに、その辺の筋は守る人達だ。
……大丈夫……なんだ……よな?
色々と常識やら何やらを超越しかけている人達だが……さすがに……単に子供に玩具を与える程度のはずだ! そうに決まっている!
「……しかし、意外でした。あの子を狩場へ連れまわすとは」
師に対する忠誠心を試されている最中、俺にだけ聞こえるような小声でネリウムが囁く。
「……そうですか? カガチが狩りへ出かけるところで会えて、俺は僥倖だと思っています。見たところ、特別に上手くもないですし」
「それなら……それこそ安全第一で、街へ戻るよう叱り付けては?」
不思議そうにするネリウムを見て、苦笑いが出てしまう。
「駄目なんですよ、それじゃ。無理やりだとか、頭ごなしに叱りつけたら……次は隠れて出かけちゃいます。何度も内緒の冒険をすれば……いつかは事故が起きるかもしれません」
「……なるほど。最悪を考えたら、目の届くところへ置いた方が良いと。慣れているんですね、子供の扱いが?」
……肩を竦めて返すしかなかった。
まず『子供の扱い』の部分のイントネーションが、微妙におかしい。
どう変なのか説明するのであれば……『子供好き』といわれて、褒め言葉でなく誹謗中傷になる感じ。裁判沙汰になりそうなレベルでだ。
そんな微妙なイントネーションだったのもあるし――
「だ、大丈夫……タ、タケルさんは病気じゃない……病気じゃないし……病気でも治してみせる。ロ、ロリコンは治るはず。いえ、病気じゃないんだから平気なの――」
などと、背後でブツブツ言うアリサが怖かったせいもある。




