『聖喪女修道院』――2
「ところでタケルちゃん……いつもの鎧だけど……なんで? それ『鋼』グレードだよね? どうなってんの?」
三人は驚きつつも、興味津々といった体だ。
「内緒です。まあ、せっかくなので見せびらかしに」
「んー、憎たらしいなぁ、ツウハンドは! 友好ギルドなんだから教えてくれても……そうだ! 教えてくれたら、お姉さま達がキスをしてあげよう!」
そういいながら、大げさなジェスチャーで投げキスを繰り返してくる。
「いやいや……そうですね……友好の証に、情報料は金貨千枚で良いですよ?」
吹っ掛けたら、三人は思い々々な悪態で返してきた。
だが、これが正しい関係なのだ。
俺が真に受けて『キスの回数』を交渉しだしたり、女性だからと無償で情報を教えたりしたら……三人に軽蔑されたことだろう。
女だから――あるいは男だから――という理由で施しを受けても、納得がいかないどころか、気持ち悪くすらある。遊びにだって……いや、遊びだからこそ矜持は大切なんじゃないだろうか?
それに……この程度の冗談すら、相手を選ばなければいけないのは……さぞかし息が詰まることだろう。
「たぶん……リリーが動いてたの……これ」
「あー……それで色々……あたしゃ、てっきり……ヘルプかけられたから……秋ちゃんがいよいよ玉砕したかと……」
「だから言ったじゃん! ツウハンドがだよ? 取りこぼしするわけ無いって!」
なんというか……失礼だが姦しい。
どうやら話からすると、秋桜とリリーは『聖喪女修道院』に必要な物を無心しつつ、作戦のヘルプも募ったのだろう。ありそうな話ではある。
俺達と違い、あいつらと『聖喪女修道院』は同盟関係だ。姉妹ギルドといっても良い。親密さはまるで違う。
「あいつら『西の広場』で『ゴブリン』の『引き狩り』してんです。……かなり効率良かったですよ」
まあ、これくらいの情報提供なら、世間話の範疇だろう。
「えっ? マジで? 『ゴブリン』って『引き狩り』効いたの? あちゃー……いまから合流しようかなー……戦争じゃないみたいだし」
「でも、なんでツウハンドが知っているの? おたくらと『不落』で共同作戦をぉ……するわけないか。………………リリーにパクられた? パクっといかれちゃいました?」
なんだかもの凄い楽しそうだ。
なぜか恥ずかしくなってきたし、顔も赤くなってしまっただろうが……俺にやましいところなど何もない! むしろ恥じ入るべきは、作戦を真似た秋桜とリリー達の方だ!
どう言い返してやろうか考えていると――
「作戦……考えたの……メガネ君?」
珍しく、直接話しかけられた。
まあ、珍しかろうが……ただそれだけのことだ。異性が苦手なんてのは、一つの個性に過ぎない。それを特別扱いしたり、哀れんだりするのは……何か違うと思う。
「カイのことですか? 発案は俺ですけど……共同でやった感じ――」
「共同作業!」
いきなり三人は俺の言葉を遮り、異口同音に叫んだ。
別に失礼だとか思わなかったが、何をそんなに驚いて……興奮しているんだろう?
「いやー……やっぱり、ツウハンドが旦那だったんだなぁ」
「どこをどう聞いたらそうなる! タケルちゃんは臨機応変。それにキチクメガネは攻め。これは譲れない」
「アンタは解ってない! こんな顔をしていながらツウハンドは、たくさんの相手に『発案していく』側なんだよ! そこが良いんじゃないか!」
「いや、それは攻守を決めないでしょ! 正しい攻める相手が別にいながら、理不尽にも守りに回させられる。それが正義」
この二人は何を論争しているのだろう?
どうやら俺とカイの力関係を心配してくれいるようだが……口を挟むべきなのか?
「二人とも、生物は内緒が掟だよ」
「あっ……そうだった。ごめん、ごめん」
「タケルちゃんも! 気にしないでね? ……内々の話だから」
どうしようか悩んでいたら、自己解決してくれた。
「内緒がルール」とかなんとか言っているから……なにかの機密事項なのだろう。どこのギルドだって、外部に漏らせない秘密はある。
「よ、よく解りませんが……まあ、俺とカイはあれで……仲良くやってますから」
うん、これで良いだろう。上手く場を治めることが――
「……なん……ですと?」
できなかったようだ。またも三人は異口同音に呻く。
……他所の首脳部の動向や人間関係には、どこのギルドでも注目しているものだが……ここまで関心を寄せられるのは……。
「ふー……タケルちゃんには敵わないなぁ。お姉さん達はもう……メロメロだよぅ……」
「ツウハンドの通り名は伊達じゃないね。堪能させてもらったわ」
「二人とも落ち着いて。変に思われるよ。それで……タケルは……なにしに……きたの?」
なんとか自己解決しなおしてくれた。
到底、流して良いような出来事にも思えないが……それは大丈夫だ。
このことでアリサに相談したことがあるのだが――
「アレはタケルさんやカイさんが口を挟んだり、興味を持っていいことじゃありません! ……嫌な気分にもなるでしょうから。でも、決して悪口とかじゃありませんし……むしろ親愛の情に近いものです。……女の特別に内緒な話なんです!」
とアドバイスを貰っている。
アリサは顔を真っ赤にして説明してくれたが、『男には男の、女には女の内緒話がある』というのは腑に落ちた。そんなのを根掘り葉掘り問い詰めたら……アリサの言う通り、嫌な気分にさせてしまうだろう。
それに上手い具合に話の脱線も戻った。
「一応、今日は正式にご挨拶を……『院長』はいます?」
「あ、なるほど……これはご丁寧に。使者殿の口上、確かに承りました」
突然に畏まった返事をされて、少しビックリしてしまった。
戦争がメインテーマのMMOもあるし、その系統のゲーム出身なのかもしれない。
プレイヤー同士の争いが激しいゲームは、その社会も厳しくなりがちだ。ちょっとしたマナー違反、ケアレスミス、言い間違いで戦争突入もあり得るのだから、当たり前といえば当たり前である。
その昔、一隻の船がワープの座標入力を間違えただけで、銀河全土を巻き込む大戦争に突入したSF系のMMOがある。いまだに戦争終結の報は聞かないから……まだ続いているんじゃないだろうか。
「ギルマスに用事? ギルマスー、お客さんだよー。ツウハンドがきたよー」
もう一人の方は、いたって気楽な感じで取り次いでくれた。
戦争なんて起きないようなゲーム出身だろうか?
MMOではプレイヤーもまた、その世界の――ゲームの作り手の一人だ。
いつかはこの世界でのスタンダードなマナーが構築されることだろう。この『セクロスのできるVRMMO』が出身といえるプレイヤーが生まれる頃には。
取次ぎに応え、曲がり角の向こうから一人の女性が出てきた。
「あら、やっぱりタケルくんだったのね。賑やかに話が弾んでいるし、声でそうじゃないかと思ってたのよ」
そう言うのは、『聖喪女修道院』のギルドマスター、リシアンサスさんだ。
『院長』と皆に慕われ、親しい者は『リシア』と呼んでいる。