レベリング――5
それにしてもリルフィーの言い草でもないが……ゴブリンだから「ゴブゴブ」、ホブゴブリンだから「ホブホブ」で……オーガだから「オガーッ」なのか?
その手の部分に隠れた駄洒落というか、詰まらないネタを仕込むのだけは止めて欲しかった。
このゲームのデザイナーからは、どうも親父ギャグ愛好家の臭いがする。それも末期のだ。
そんな馬鹿なこと考えているうちに、合図の声を掛けられる。
「若旦那、右から!」
……まずい。打ち合わせが雑だった。
おそらく今の掛け声は、俺の右手側から攻撃するという意味だ。少なくともセオリーではそうなっている。
一般的なルールは簡単で、一番忙しい最前線の奴に解り易くだ。
しかし、それを相手も判っているかが問題となる。いくつかの解釈が可能になっていた。
まずはセオリー通りに『右から攻撃』だが……『右へ避けて欲しい』もあり得る。
いや、そもそも右左が誰基準なのかも大事だ。オーガの右手は俺の左手側だし、その逆も当然にあべこべになる。
……急増パーティが事故を起こす一番の原因だ。
打ち合わせ不足というか、基本的な約束事を理解してないと……狩りの難易度は跳ね上がってしまう。公募などの臨時パーティが、敬遠されがちな理由でもある。
「隊長、俺には右を!」
……さらに混乱しそうなことを、ハイセンツも叫ぶ。
もう何通りにも解釈できてしまう。これは何をやっても駄目なパターンだ。こんな時は安全策に限る。
そう判断し、さらに半歩ほどバックステップをしかけて――
背筋が凍った。
ちゃんと背後にスペースはあるのか?
俺にリルフィーのような芸当は出来ない。前に集中しながら、背後にまで気を配るなんて……奴のような変態でもなければ無理だ。
前衛は全力で後ろを守るだけ。後衛は全力でサポート、間違っても邪魔はしない。
それが普通だ。なにより後衛は安全地帯にいるのだから、冷静な判断もできる。
いつものメンバーなら――カエデがいれば、中衛としてダメージディラーの指揮をしてくれたものを。
いや、そもそも平時なら、ここへ大人数では来ない。少人数向きの狩場へ、大勢で押しかけるのはマナー違反だ。
……それにカエデは、いま何処で何をしているのだろう?
絶叫したくなるような不安が蘇った。なるべく考えないように意識していても……ふとした瞬間に強く思い出させられる。
まずい!
いまは駄目だ。戦闘の最中だし、何の結論も欲しくない。いや、俺が欲しいのは無事の確認だけだ。カエデに限って万が一のことなど――
そんな刹那、右手後方からの攻撃が通過した。
武器で判る。薙刀だったから、『HT部隊』のメンバーによるものだ。
このゲームはファンタジーが題材だから、竿状武器と呼ぶのが正解か?
とにかく槍やハルバード――槍と斧が合体したような武器――に次いで、隠れた人気の武器だ。
……たまに本職の薙刀使いがいて、対人戦で痛い目に会わされたりもする。特に女性の達人が多いから、『女の薙刀使いには要注意』も格言の一つだ。
これらの長物は、特にダメージディラー役よりな『戦士』に好まれている。タンク役の後方から支援が可能だからだ。
そして俺の左手側からハイセンツが、姿勢を低く剣で突く。
……「右を!」と言いながら、左側を通りやがった!
セオリー通りに、俺が右を空けるべく――左側へ退避してたら、どうするつもりだ?
二人仲良くオーガの前で派手に転び、これまた仲良く餅つきみたいにペッタンコにされただろう。
まあ、俺も人のことは言えない。
無事に着地できたからよいものの、やはり後ろのスペースに誰かいたら大惨事だ。
その辺のハウスルールというか、集団単位での意思統一だとか……要するに新人教育の責任は俺にある。特にハイセンツに関しては。
それを棚に上げて奴だけを責めるのは、人情に欠ける気はする。
……後でそれとなく、こっそり指導しておこう。誰かに見られたらばつが悪い。
「タケルさん、右のへはしるしを着けました!」
ボーっとしている暇はなかった。
俺達ダメージディラーから数歩離れて、リルフィーが報告してくる。
やや広めのスペースで迎え撃つ体勢だし、素早く確認してみると右から接近中なオーガの眉間には『スローイングダガー』が生えていた。
おそらく左側からの奴に『威圧』をかけ、ほとんど同時に右手へは直接FAを入れたのだろう。なんというか、いつもながら器用な奴だ。
「タケルさん、剣をこちらへ……『エンチャント・エレメント』!」
俺が見えやすいよう動かすのと同時に、すぐさまアリサが魔法を使う。
そのキーワードと共に、先生から借り受けた無属性武器が青白く光り始める。これで『水』属性が付与された。いわゆる特効ダメージ狙いだ。
……アリサは本当にゲームが上手くなった。
いまのは完璧なタイミングに近い。
前衛がタゲをコントロールするのを待って、魔法を使用する。
口で言うのは簡単だが、それを体得するには前衛の考え方も知っていないと難しい。
「さあ、私達も遅れてはなりません! いきますよ、皆で集中攻撃です!」
「うん、ネリーお姉ちゃん! お兄ちゃん、しゃがんで!」
ぶっそうな声が聞こえたので、慌てて這い蹲る。
……『バスタードソード』のような片手半武器は、常に片手を開けられるのが利点だ。しかし、這い蹲るのにも便利とは思いもよらなかった。
もの凄く低くした姿勢の頭上を、矢だとか魔法の青い霧、『のびのび君・一号』などが通過する。
……誰一人として同士討ちを警戒していないのは何故だ?
もしかして、それはそれで面白いだとか、良いフリになるなどと考えているのか?
だが、詮索は後にするしかない。
ここで長引かせるとリルフィーの負担となるし、せっかく俺が引きつけたタゲも他の奴へ変わってしまう。
もう一回は追撃しておきたい。それでコントロールし続けられるだろうし……一匹目の処理も確定するはずだ。
結局、戦闘では巧遅より拙速が尊ばれる。理想を追ったり、反省は終わってからでいい。
「正面空けろ! 叩きつけるぞ!」
しゃがんでいるのを逆に利用し、勢いよく突撃する。ハイセンツも『HT部隊』の薙刀使いさんも左右へ飛びのく。
誰を攻撃しようか迷っているかのようなオーガ目掛けて、走りこみながら大上段に斬りつける。
思わず大きな掛け声が漏れた。




