レベリング――3
「どうします?」とばかりに、リルフィーがこちらを見た。
ほんの一瞬だったし、僅かに前傾姿勢になっている。
……前に出るつもりなのだろうか?
気がつけば目の前のオーガは、仰け反らんばかりに棍棒を振りかぶっていた。
もう完全に背後の地面に触れそうな勢いだ。こんなに判り易く構えてしまったら、避けろと言わんばかりでもある。
しかし、この手の渾身の力が籠められた攻撃は、心理的にくるものがあった。
絶対に避けねばならないだとかのプレッシャー云々より、単純に見た目のインパクトが凄い。
ほとんど巨人も同然のオーガが、丸太のようにぶっとい棍棒を振り下ろしてくる。それも損得度外視な全力の一撃だ。
あれに当たったら死ぬ。死なないまでも、取り返しのつかない損害を被ってしまう。
そんな印象を持ってしまったら、リハビリというか……気にならなくなるまで長い時間が掛かる。
この問題で引退するプレイヤーもいるくらいだ。引退は大袈裟だとしても、前衛職を辞めたりも珍しくない。
ただ俺もリルフィーも、もうそんな初見殺しに引っ掛かりやしない。
「どんなに痛そうでも一発は一発だから。一撃死がない以上、即死はない。つまり死ななきゃ安い」とでも思えるようになって、前衛職の初心者レベルを卒業できる。
それに一定以上の技量があれば、くると判っている攻撃は逆にチャンスだ。
「リルフィー、空けてくれ! それから頼む!」
……せっかく良さげなプランを思いついたのに、指示が無茶苦茶になってしまった。
伝わるか? そう悩みかけたところで――
「アイサーっ! どぞっ!」
と威勢の良い返事があった。
完全に伝わったのかは微妙だったが、とにかく場所は空けてくれそうだ。その証拠に前傾姿勢を止めて、飛び退るタイミングを見計らっていた。
……腐れ縁も長くなると、幾つかの連携ぐらい生まれる。
いまからやるのは、そのうちの一つだ。言葉は足りなかったが、何となく伝わっている気はする。
それに万が一に勘違いされていても、とにかく初手さえ成功されれば、あとは何とでもなるはずだ。
そう考えをまとめたところで、視界の隅でリルフィーが大きくステップした。
オーガが攻撃を止められなくなるタイミングを、見切って動き出している。
これ以上に遅らせたら避けられなくなっただろうし、早かったら攻撃そのものが見送られたはずだ。
その上手さに褒め称えてしまいそうになるが、そんな余裕はなかった。いまから俺も、少し難しい技を狙う。集中しなければならない。
……それに手放しに褒めるのは、なんだか癪だ。
『バスタードソード』を両手で確りと握り締める。
いまからやる技は、腕力よりもタイミングと技術がほとんどだが……万が一にでも競り負けたくない。
元々、その為の両手武器ではある。
いくらオーガの膂力が凄まじくとも一瞬だけ。それも相手は片手で、こちらは両手を使う条件ならなんとかなる……はずだ。
雑念を振り払い、剣を振るう。
狙いは武器だ。こちらの切っ先が相手の切っ先――まあオーガの持っているのは、棍棒だが――へ、真横から殴るイメージ。
力んでしまった感じだったが、なんとか命中した。
視界の隅でHPが減ったのが目に入る。
判定的には、攻撃を武器で受けた扱いになったのだろう。
それなりに軽減されるはずだが、思ったより大きい。さすがにフルスイングへ合わせにいったら、それなりに大きなダメージになるか?
だが、心を揺らしてはいけない。
そんなのは織り込み済みだし、オーガの方でもHPは減っている……はずだ。向こうだって受け止めた判定になっている。
つまりは相撃ちか?
まあ、どっちだって構いやしない。
回復担当のネリウムやハイセンツには悪いが、いま減った分は必要経費だ。仮に一方的にこちらが減ったとしても問題ない。
本命の狙いは別にあるからだ。
攻撃を当てた勢いのまま、棍棒を押し倒すように押し込む。
最初は真横へ。そして徐々に下方向の力を、相手の勢いと混ぜるように加えていく。
……口で言うのは簡単でも、この一連の流れは瞬間的な出来事だ。
そして相手の武器を逃がさないように、互いの接点が切っ先から柄元へなるよう、相手の懐へ踏み込みながら滑らせていく。
お互いの力が合わさって、ますます動きは早くなる。もう何も考えず、最初のイメージをトレースするしかない。
相手の武器を地面へ叩き落すというより、もう遅れないように着いていくので精一杯だ。
……棍棒でも柄元というのだろうか?
馬鹿なことを考えながら、顔を顰める。
棍棒の表面が削れた破片が飛び散ったからだ。
……決して壊れない武器の癖に、このような雰囲気だしは実装されている。この手の仕様には、微妙な気持ちにさせられることが多い。
ただ、目に破片が直撃しても、吃驚する程度で済む。
……反射的な動きまで抑制しようとすると、それなりの訓練は要るが。
仮想の身体――アバターでもちゃんと反射的な動きがあるのは、少し不思議ではある。
大きな音と共に、オーガの棍棒が虚しく大地を叩いた。
その握りのすぐ近くで、俺が剣を上に乗せる形で押さえ込んでいる。
……なんとか成功だ。
剣術の流派によっては、『巻き落とし』などと呼ばれる技になるのだろうか?
正式な名前は知らない。いつの頃からか出来るようになっていた我流の極みだ。
だが名前だとか、正しい形なんてどうでもいい。大事なのは結果だ。
これで相手の武器の自由を奪った。
対人戦ならば、ここから近接戦闘へ移るが……モンスターを相手にした場合、やや特別なメリットがある。




