変化――7
「悪い、悪い……つい夢中になっちまった。ちょうど変化が欲しくなる頃合だったのさ」
「何が変化だよ! そもそもがだな、どうしてお前のところは……あー……普通に狩りしてるんだよ? というか、なんで二十五ヒットしてるんだよ!」
照れ笑いで誤魔化すウリクセスを罵る。
……大して痛手は受けてない気がする。これがリルフィーなら、ちょっとやり過ぎたかと思うぐらいなのだが。
「なんでって……『オーガ』狩りでだな。ソロとかペアで『オーガ』狩りする場所あるだろ? 第二の街から西へ行ったところ。あそこに陣取ってギルドハントしたんだ」
「そうじゃねえよ! 方法論は聞いてねえ! 知りたいのは動機だ! ……しかし、あの西側の狩場を独占したのか? そんなことをして、よく揉め事が起きなかったな」
「それは俺達も驚いた。全く邪魔されなかったというか、誰も来なかったんだぜ? まだ空いてるはずだから、ちょうど狙い目かも――」
「おおっ! 場所をとられちゃわない内に、俺達で行きましょうよ!」
能天気な発言に、頭痛がしてきた。VR内では頭痛薬が使えないというのに。
しかし、俺が叱るより早く、ネリウムがリルフィーの頬っぺたを抓っていた。
「み、皆でのつもりで言ったんだよ? それはもちろん、ネリーも一緒ってことだよ?」
「……ならば良いでしょう。でも、リーくんがいけないんですよ? 誤解されるような言い方をしたのですから」
ちがいます、ネリウムさん! そうじゃありません! ここは無謀な下僕を叱りつける場面のはずです!
大声で叫びだしたいぐらいだ。
それにリルフィーのヘタれっぷりも、大問題ではある。SMに――スクリーンムービーに残しておきたいぐらいだ。未来永劫に渡って、事あるごとに観せてやるものを。
呆れてしまっていた俺を、ウリクセスが話へ引き戻す。
「……怖かったんだよ」
「なんだよ、それ? まさかモヒカンのところみたいに、蹴落としてきた奴らの報復が怖くなったのか? そんなんじゃトップ廃人ギルドの名が泣くぜ?」
やや意外だったが、表情からは真剣さが伺える。
「うん? いや……その手の喧嘩してた奴らというか――あれやこれや揉めてた奴らとは和解した。取引したんだ。ギルドホールに間借を条件にして」
信頼できる休憩所があるのとないのとでは、天と地の差がある。
その条件ならば、十分に和解できるはずだ。今後に有利な立場を築き上げたとすらいえるだろう。
こいつは外交下手だから、そこまでの条件を引き出していないかもしれないが。
「なるほどな。それじゃお前のところに、廃人が集合してんのか? それはまた……濃ゆい感じになったなぁ」
「ほっとけ! まあ問題児は、まとめて面倒見てやるよ。リルフィーとネリウムさんも、部屋が欲しかったら作るぜ? それぐらいの余裕は、まだあるしな」
「ご厚意には感謝しますが、遠慮しておきます。私にはアリサが、リーくんにはタケルさんが場所を用意してくれているので」
なかなか親切な申し出だと思ったのに、ネリウムはサラッと流した。
……リルフィーが変なことを言い出す前に、この流れに乗るべきだろう。
「それで……『怖い』ってのは、何がなんだよ?」
「うん、その……タケル達は簡単に言うと……『何もしない』を選択したんだよな?」
いきなり漠然とした答えだ。何が言いたいのだろう?
そう考えている間にも、軽く不満顔なカイが反論する。
「隊長の選択は、私達『情報部』一同の――ギルドの承認を得ているものです」
「批判するつもりはないぜ? どちらかというと俺も、タケルの判断に賛成だ。おそらく何もしない方が、色んな厄介事を――事故なんかを避けられる」
ウリクセスへ肯き返しながら、軽くカイを手で止める。
こいつは口が悪いだけだ。気にしても仕方がない。
「いいから思っていることを言ってしまえよ。礼儀を気にするタイプでもないだろ」
「すまない。その……判りやすく言うぜ? 俺も『何もしない』が、最も安全とは思っている。でも、それは……ベストなのか? 間違ってはいないのか?」
説明し終えた奴の顔は、これ以上ないくらいに真剣だった。
行き過ぎた心配性と思う者いるかもしれないが、これは誰にも否定できないことだ。そして憂慮に値する。
……やはりウリクセスは馬鹿じゃない。
「それでレベリングしてたのか。まあ、あり……なのか? でも危険すぎないか?」
「でも力が――レベル的な力が必要になったら困る。例えば……どこかにラスボスがいて、そいつを倒せば全員が自由になるとかな」
あからさまにホッとしてやがる。もう説明しないで済むと思ったのだろう。
それに少し恥ずかしそうだ。
無理もない。この状況でラスボスだのなんだの言い出すのは、それなりに根性が必要だ。そして――
「うるさい、静かにしろ! まだ話の最中だ! それからお前が言ったのとは、全然意味が違う!」
ガッツポーズを取りかけたリルフィーを叱りつけておく。
これは俺が意地悪だからじゃない。
ウリクセスは例え話としてだし、あくまでも保険としての考え方だ。
対するにリルフィーは、九十五割方は本気で主張している。希望しているといってもよかった。まるで違うといっても、言い過ぎではない。
しかし、それでリルフィーは、しょ気てしまった。少し強く言い過ぎたかと、反省しかけたが――
満面の笑みなネリウムに頭を撫でて慰められ、鼻の下を伸ばしてやがる!
もう溜息しか出ない。リルフィーもリルフィーだが、ネリウムもネリウムだ! 高尚過ぎて理解の範疇を超える。
「……続けて良いか? タケルのところだって、今日からレベリング開始なんだろ? あちこちの狩場へ出ているのは知っているぜ?」
「あー……まあレベリングといえば、そうなるんだが……それだけが目的でもなくてな」
ウリクセスの指摘には、そう答えるしかなかった。
確かに本日から、実験的に狩りを開始している。適当と思われる狩場へ、何チームか送り込んだ。
そして万が一に備え、俺達は待機しているが……何の連絡もない以上、現地では上手くいってると思う。
しかし、レベリングは単なる余禄であり、本命の狙いは金貨だ。
「そうなのか? まあ、タケルのところは所帯が大きいからな。……色々あるんだろ?」
「あー……うん、そんなところだ。しかし、よく二十五ヒットできたな。もう直前ぐらいまでいってたのか、こうなる前に?」
そう訊ねたら意外そうな顔をした後、ニヤリと笑いやがった。
「なんだ、タケルでも計算間違うことあるんだな。こんな状況になったから、とんでもない速度が出たんだぜ」
そんなことを言われても、肩を竦めるぐらいしかできない。なんだか癪だ。




