変化――6
「うひぃ! 熱くなってきた! 『ちょっとクラス』かぁ……悩むなぁ……タケルさんは何にするつもりですか?」
気の早いことにリルフィーは大興奮だ。
まあ、それに水をかけることもない。苦笑いを押し殺しつつ答える。
「いま言ったように、やっぱり『ちょっと盗賊』だな。おそらくスキル習得に余裕できるだろうし。次点で『ちょっと僧侶』か」
「少し意外だな。全般的に考えたらベストだろうけど……ソロに焦点を当てすぎじゃないか?」
ウリクセスからは異論がでる。
これであらゆるポジションを掛け持ちするスーパーサブ型『戦士』な、ギルドマスターの鑑みたいな奴だ。個人戦重視には賛成しにくいのだろう。
「いや、ソロ効率というより……パーティ内に回復魔法の使い手が増えるのは、常に無駄とならないからな。もちろん、独りの時に腐らないのもポイントだ」
そう答えると、納得の証に肯きで返してくる。
一般的に『回復薬』などのアイテムと回復魔法には、ある大きな差があった。
それは他人へ使用できるかどうかだ。この『セクロスのできるVRMMO』も例外ではない。
当たり前だが、回復魔法は自分へ使える。もちろん他人へも可能だ。
しかし、『回復薬』は他人に使うことができない。
ショートカットなどに登録しても、使用先は常に自分となる。他人を指定するシステムは無かったし、直接身体に振り掛けても効果しない。
無理やりにでも飲ませてしまえば、おそらく機能すると思われるが……それでは本末転倒になる。
結局、戦闘中にピンチの仲間を救えるのは、回復魔法だけだ。
基本的に使わない――『戦士』の『ちょっと僧侶』を当てにするようでは、そのパーティは組みなおした方が良い――としても、回復魔法の使い手が多ければ安定する。
もちろん『戦士』ソロで、『回復薬』の消費量を抑えられるメリットも見過ごせない。最も貧乏と戦うことになるのは、残念ながら『戦士』になりがちだ。
「俺は『ちょっと魔法使い』の方に魅力を感じたな」
「それこそ意外だぜ。あれか? 実はロマン派だったのか?」
逆にウリクセスの見解で驚かさせられる。
「えー? なんでっすか? カッコいいじゃないですか、剣と魔法で戦うのって!」
「私も……無しではないかと。『魔法使い』で『ちょっと戦士』とか……そんなに悪い選択でもないかと?」
リルフィーはミーハーな主張をするし、カイも不満そうだった。
しかし、剣と魔法という二足の草鞋なスタイルは、ロマンを追っているとしか言い様がない。強みが中途半端に被っているのに、それでいて相乗効果も無いからだ。
例えるなら『戦士』は戦車だ。
硬い装甲による高い防御力を誇る。場合によっては自らが的になることも辞さず、友軍を守りながら前進する。
そして『戦士』を戦車とするならば、『魔法使い』は爆撃機だ。
いったん上空に陣取られたら――チャンスを与えてしまったら、防ぎようもない爆撃に――超火力に晒される。
ただ弱点が多いというか……どのような性格付けをしても、必ず天敵が存在するのが最大の欠点だ。苦手な攻撃に対し、一方的に蹂躙されるようなところがある。
両者の間に明確な優劣はない。どちらにも一長一短はある。
しかし、仮に空飛ぶ戦車だとか、装甲爆撃機なんてのを作っても上手くいかない。
空にいる時は重い装甲が無駄になる。地上で仲間の盾となっている時は、空を飛ぶ機能が使えない。どっちつかずの中途半端な性能になるのが関の山だ。
「モンスターのターゲットコントロールを『威圧』じゃなくて、例えば……『ファイヤーボール』なんかでやったら、かなり捗ると思ったぜ?」
という意見には、不意をつかれた。
想定外だが、一考の余地はある。さすが廃人だ。油断がならない。
『威圧』だろうと『ファイヤーボール』などの範囲魔法だろうと、どちらでもモンスターのヘイトを集めることは可能だ。
しかし、範囲魔法でFAを――ファーストアタックを入れれば、一気に色々なスイッチを踏める。
そして『威圧』との最大の違いは、『視界内で最初に魔法を使用した』を『戦士』が意図的に踏めることだ。
これさえクリアしてしまえば、後衛の『魔法使い』はかなり自由に行動ができる。
仮に『戦士』の使う『ファイヤーボール』の威力がしょぼかったり、連打はできないとしても問題ない。なにより『その選択肢を取れる』のが重要だ。
「まあ、ソロの時には……なにか簡単なエンチャントぐらい使えるんじゃないか? 『ちょっと魔法使い』なんだし。まあ、無駄になっても仕方ないけどよ」
思わず唸っていた俺へ、ウリクセスは言い訳のように続ける。
ひたすら感心してしまっていただけなのだが、どうやら否定的な立場に思われたようだ。
「それは面白いですね。『魔法使い』で『ちょっと戦士』でも似たようなものでしょうから……十分にあり得る選択肢なのでしょう」
などとカイも尻馬に乗る。
おそらく武器制限が緩くなるのを、期待しているのだろう。
もう少し見栄えの良い剣が、装備可能になって欲しいのだろうが……『戦士』で『ちょっと魔法使い』と、『魔法使い』で『ちょっと戦士』では意味が違うはずだ。
カイですら、期待に目が曇ることはあるらしい。
そしてリルフィーは、また悩み始める。
「やっぱり剣と魔法は正義なんですよ! うーん、悩むなぁ……剣と魔法こそ、ファンタジーRPGの王道! でも、タケルさんの言うようにスキルも苦しいし……」
これは奴だけが能天気なのではない。その証拠に――
「私は……やはり『ちょっと戦士』で接近戦の補強なのでしょうか? 『のびのび君・一号』のこともありますし……しかし――」
などとネリウムも思い悩んでしまっている。
「タ、タケルさん! 私はその……『ちょっと僧侶』?とかいうのを選べば……回復魔法を使えるようになるんですか?」
アリサはアリサで、などと訊ねてくる。
なぜか定期的にアリサは、『僧侶』になるのを――キャラクターの作り直しを検討しだす。発作的というか、周期的にというかにだ。
俺の見立てでは、アリサは上手く『魔法使い』をやれている。
それは俺とカイとで捻り出したアレンジが良かったせいもあるだろうが、性格的にも向いていたのも大きいと思う。
だからアリサは、いまのままが――そのままが一番良いと思うのだが、なんで『僧侶』に拘るのだろうか? 回復魔法に何か思い入れでもあるのか?
カイだって、妙に剣に拘るけれど……奴に剣を振らせるくらいなら、俺がいくらでも代わりにやる。なんだってチャンバラが好きなんだ?
ただ、カリカリに突き詰めなくても良いとは思う。色々と思い悩むのもゲームの内だし、楽しみの一部ですらある。
そう考えたところで、つまらないことに気付いてしまった。
俺達の予想は、全て当たっているかもしれない。
しかし、何を思い描いても無駄となるだろう。新仕様の実装どころか、ゲームの存続すら危ういのだから。
「だぁっ! みんな気が早いんだよ! 半分以上は予想に過ぎないんだぞ? 悩むのは後に取っとこうぜ? で、ウリクセス! お前は与太話しにきたのかよ!」
そう言うに留めて、話題を変える。
……変に寂しい気持ちになるのは、俺だけで十分だと思ったからだ。




