変化――5
「裏情報って、どんなのだったっけ?」
「隊長……上位職を実装予定という内容のインタビュー記事があったじゃないですか。ゲームデザイナーの。おそらく転職のタイミングが、二十五レベルなのかと」
そうカイは説明してくれたけれど、それなら俺も耳にしたことがある。
色々な媒体がゲーム会社を――MMOの運営を取材するのは、よくある話だ。
ジャンル的にマイナーでも専門雑誌やテレビ番組、インターネットサイトなど、数え切れないほどある。
マイナーというよりアマチュアとなるが、亜梨子の所属するギルド『北東西南社』ですら、正式な取材の実績があった。
しかし、ゲーム作りの観点だけなら、あらゆる取材にメリットは存在しない。
それなのに愛想が良いのは、MMOの運営がビジネスだからだ。
また、そうでなければ――商売として成り立つ規模でなければ、面白いMMOにはならないのだと思う。
そんな背景を踏まえれば、マスコミには甘くなっていると容易に推察できる。
諸刃の刃ではあろうが、宣伝効果は絶大だ。これはおそらく、どんな業種でも似たようなものだろう。
そして取材ともなれば、何か土産となる情報を持たせて帰さねばならない。
慎重に狙ったリークが値千金となった。そんなこともある。……もちろん、大失敗もあるだろうが。
結果、基本的には眉唾物でありながら、時には大スクープもあるという……実に微妙な情報源となっていた。
「アレだろ? 『ちょっとクラス』とかいう構想のことだろ? 名前の語呂からしてサブクラスみたいなもんだろうけど……出所が微妙すぎてな。おそらくゲームデザイナーの個人ブログとか……信用できないにも程があるぜ」
これは少し端折っている。
とあるゲーム専門雑誌のインタビュー記事で、正式に上位職みたいなシステムの実装が発表されていた。
しかし、その時点で内容は全く謎のままだ。
まだ第一報であるし、派手に人目を惹ければいい。その程度の賑やかしなのは間違いなかった。大半の者が、そう受け取ったと思う。
しかし熱心な奴というのは、どのジャンルにもいるもので……メインゲームデザイナーの個人的なホームページを、特定してしまった馬鹿がいた。
そこにあった情報も組み合わせると、いま言った『ちょっとクラス』構想へつながる。
一連の流れが偶然なのか、狙い澄ました情報漏洩なのかは判らない。
……このゲームの運営は意外と狡賢いから、故意にリークした可能性も十分にある。
どちらにせよ、このような情報ルートは珍しくなかった。
MMOだけでなく、ネットゲーム業界に限らず……それどころかゲーム業界以外も含め、あらゆるジャンルで見受けられる。
結局、ありとあらゆるクリエーターは、血肉を持った誰かということだ。
愚痴を言うこともあろうし、それがどこかから漏れてしまうこともあるだろう。
思いついた何かを見せびらかしたくて仕方がない時だって、あるかもしれない。
作品を世に送り出したものの、後から言い訳したくてたまらなくなった。そんな場合だってあるだろう。
そういった様々な理由から生じた――いわば作者が人間ゆえに起きてしまう漏洩は、どうにも避けようがなかった。
もしかしたら製作者以外は誰一人として全貌を知らない物など、この世には無いのかもしれない。
「でも、隊長……『教授』は十分に可能性があると――」
「それは『人読み』の結果だろ? ゲームデザイナーの性格から考えて、抑え目なサブクラス系システムが濃厚だっていう。いや、『教授』を疑ってるわけじゃないけどさ……この材料だけで言い当てたら、ほとんど超能力だぜ?」
『教授』はゲームを遊んでいるだけで、ゲームデザイナーのプロファイリングまでしちゃう人だ。ある種の超能力者といっても良いレベルだろう。
それを信頼するのは個人の自由だが……確定情報として動いたり、考えたりするのはやり過ぎだ。
「……なんだ、お前らの方が詳しいぐらいだな」
「そ、そうっすよ、タケルさん! 『ちょっとクラス』ってなんっすか? 一人だけ新仕様を知っているなんてズルいっすよ!」
ウリクセスは呆れているし、リルフィーは騒ぎ出しやがった。
ただ、奴の名誉の為にいっておくと、三分の理ぐらいはある。
ここだけの話だ。誰にも言うな。広まれば自分を含めて、全員が損をしてしまう。
そんな場合でも、情報を流さねばならない相手が存在する。同じような裏情報を教えてくれる者だ。その仁義を守らなかったら、次の時には知らせてもらえない。
リルフィーはちゃらんぽらんな様でいて、その辺の筋だけは守る。請求するだけの権利は十分にあるだろう。
「あー……普通の……ありきたりなサブクラス系のシステムだ。『ちょっとクラス』ってのは……例えば『僧侶』の『ちょっとクラス』とかを選べるらしい。『戦士』なのに、ちょっと『僧侶』呪文を使えるだとかだな」
「その『ちょっとクラス』という名称は、ゲームデザイナーの付けた仮称ですね。いまある四つのクラスを、全て実装するらしいですよ」
細かな部分をカイが補足してくれた。……実際、カイの方が詳しいと思う。
「『戦士』なら……ちょっと『僧侶』呪文が使える。ちょっと『魔法使い』呪文が使える。ちょっと『盗賊』ぽいだな」
「……ちょっと『盗賊』ぽい?」
いまいちピンとこなかったのか、リルフィーは首を捻っている。
「ありきたりな言い方に変えたら『パラディン』、『魔法戦士』、『冒険者』ってとこじゃねえか? でも、『ちょっと盗賊』とか面白そうだよな。いまスキル数で苦しいけど……その辺を解決してくれそうな気がするぜ」
気がつけば、その場の全員が熱心に聞き入っていた。
軽く興奮しているのも伝わってくる。
まあ、俺だって最初に話を聞いたときは熱くなった。実に正しいMMOプレイヤーの姿と言えよう。
「『僧侶』や『魔法使い』は、どうしても接近戦で苦しいから……『ちょっと戦士』で補強するとかな。少し厨っぽいけど『盗賊』で『ちょっと戦士』なんかは……おそらくアサシンだぜ、ポジション的に」
「解析チームでは同クラス選択を――例えば『戦士』で『ちょっと戦士』を選択できるのか。もしくは『ちょっとクラス』を――サブクラスを選ばないでもいいのかに注目してましたね」
「まあ単純に考えて、四クラスかける四クラス分で十六パターン。その半分が選べない、もしくは実質的には死んでいるとしても……八パターンだからな。一気に今の倍になる」
「それどころか各クラスに専用サブクラスなども想定できます。さらにステータス割り振りのバリエーションまで考えると……すぐには把握できないぐらい自由度が高くなりますね」
簡単にだが、俺とカイとで説明できたと思う。
しかし実際のところ、『教授』なんかに語らせると話はややこしい。
各プレイヤーは四つのクラスしか覚えなくて良いのに、十六パターンの選択肢を用意できるなど……裏の意図を探り始めたら限がなかった。




