変化――3
「で……どなたが優勝したんです?」
「馬鹿っ! 若旦那は熱心だけど、薀蓄ばっかりというか……典型的な賭け事はからっきしな――」
気付けば部屋の人数が増えていた。
HT部隊の面々だ。アリサに報告へ来たのだろう。
しかし、いくらVRMMOでも、人間は勝手に生えてきたりしない。俺が話に夢中になってた間に、入ってきてたのか?
「き、昨日のは大会というか……本当の『ジャンケン賭博』じゃないし! こう……もっとヒリヒリした勝負じゃないと、本気になりにくいというか……雰囲気が和やか過ぎたというか――」
「うわっ……ギャンブルで負けて言い訳」
「それはかっこ悪いです。若旦那、かっこ悪い」
なんというか……ボロクソだ。
まあ、いつものごとく俺を肴に遊んでいるのだろう。
しかし、なんだって女性陣は、賭け事に否定的なんだ?
少しはアリサを見習って欲しかった。勝とうが負けようが、何一つ文句を言わない。
……それはそれで、問題あるのか?
「なんとでも言えばいいさ。それよりも、何か変わったこととか……危ないこととかなかった?」
いつまでも『ジャンケン賭博』の話をしていても仕方がない。話題を変えて切り上げることにする。
それに聞き込みの結果の方も気になった。
当たり前だが彼女達からの情報は、俺達のものとは全く違う。
そもそも情報源が異なるだろうし、同じだとしても男女差が発生するはずだ。
さらに男子禁制というか――完全に女性限定のコミュニティだってある。俺たち野郎は、最初からオフリミットだ。
求める情報がその辺に隠れていた場合、俺達『RSS騎士団』のメンバーには手が届かない。
『HT部隊』を創設したジェネラルの老獪さを、改めて思い知る。
……しかし、どういった経緯なんだ? なぜかアリサが隊長だし?
「危険って……そんなのある訳ないですよ」
「若旦那が、街中の聞き込みに限定したんじゃないですか」
やや不満そうな返事だった。
何が気に入らないのか判らないけれど、我慢してもらうしかない。まだ狩場で――街の外で活動するのは危険だ。
ただ、少し納得はいかない。
逆に街の外での任務を強要してたら、俺は人非人の外道だと思うのだが……世間一般では違うのだろうか?
「まあ、街の外へ出たいのなら、明日までは我慢して。今日の調査しだいだけど……いくつかの狩場で、活動を許可できると思うよ。だよな、カイ?」
「ええ、まあ……現時点までの調査結果だけでも、いくつかの狩場は大丈夫かと」
カイの言葉を聞いて、リルフィーが満面の笑みになりやがった。
その実に嬉しそうな顔には、腹立たしいを通り越して飽きれてしまう。
愛嬌があると言う者もいるだろうが……散歩の期待に胸を膨らませる犬のようでもある。もし尻尾があったら、凄い勢いで振っているだろう。
隣に座るネリウムも苦笑いするしかないようだが、満更でもないのか?
こんな話になっているのは、本日から狩場の調査を始めたからだった。
いつかは金貨が――資金がショートするのは判っている。
使うだけでは、目減りする一方だ。どこかで稼がねば、当たり前に破産する。つまりは結局、狩りに行くしかない。しかし――
「今日から狩場への立ち入りを解禁します。というよりも、行くしか選択肢は残ってません。なんとか協力してギルド資金を稼ごう」
などと言い出したら、無責任ですらある。
おそらく志願制で人員を募ることになろうが……まだ余裕のあるうちに、比較的安全な狩場を選考し、保険の利いた戦術を考えるべきだ。
少なくとも情報部は、そのようなことを考える為にある。
そして本来の目的を達成するべく、数チームを狩場への調査へ派遣していた。
「うへぇ……三食昼寝付きの生活も、今日までだったのかぁ」
「若旦那の甲斐性なら、あたしらの食い扶持ぐらい……無理か」
つい今さっき、あたかも街へ閉じ込めていると文句を言われたのに、これだ。
根本的に『HT部隊』の彼女達は、俺のことを玩具と認識している。間違いない。俺の被害妄想じゃないはずだ。
さすがに噛み付き返してやろう。そう思った矢先に――
「そうそう、若旦那。ヴァルカンさんですけど、見つかりませんでしたよ?」
と目先を逸らされた。なかなか手ごわい。
「ヴァルさんがどうかしたんですか、隊長?」
「あれ? カイには言ってなかったか? ディックさんに頼まれて探しているんだ。なんでも、朝から見当たらないらしい」
「へっ?」
「いや、だから……朝から姿が見えないから、ディックさんが心配してるんだ。いつもの午前中の幹部会議の後、兵站課へ寄ったんだよ。届けるSSだとか、色々と用もあったしな。その時に頼まれた」
SSを――スクリーンショットを届ける約束は前々からだ。
そして預かっていた『のびのび君・一号』についても、話は通しておかねばならない。
秘匿武器であるはずの『のびのび君・一号』を、ネリウムが使っているところを見たら……ヴァルさんだってビックリするだろう。
「……気になりますね」
「けど……朝から居ないだけだぜ? 大騒ぎするのも、なんだかヴァルさんにさ? 例えば俺が、『朝からいない』ってだけで捜索されたら……ばつが悪いな」
カイの指摘には、煮え切らない答えしかできなかった。
が、その場は異様な雰囲気に包まれた。全員の目が激しく泳いでいる。それに決して俺と目を合わせようとはしない。
いや! 一人だけ目が爛々と輝いている。
……ネリウムだ。
このパターンだと、もの凄く痛い目に会う気しかしない! そう俺の経験則が囁いている!
「興味深いですね! 朝から居られないのと、朝になっても戻られないのでは……大きく意味が違いますし」
ネリウムは鼻息荒く、軽く頬を紅潮させ……もの凄く楽しそうだ。
ま、まずい。こ、このままでは……殺られる! だが、どうすればいいんだ?
絶望に陥る寸前、救いの手が差し伸べられる。
「大丈夫ですよ、タケルさん」
アリサだ!
どんな時でも俺の味方なアリサは、ちゃんと救いに来てくれた!
「私がお迎えに上がりますから。……お話も着けさせていただきますし」
そう宣言し、ニッコリと笑う。……凄く怖い。
あと胸元の懐剣を握り締めるのは、止めたほうが良いと思う。……訳もなく謝りたくなる。
いや、あれは懐包丁だったか。
布袋に包まれているから、懐剣と区別しにくいが……あれは懐包丁で間違いない。アリサが『ダンシング・ダガー』の魔法で飛ばすのと寸分変わらぬ――というか、モデルにした武器だ。
それに、だが、しかし、そんなことより――
迎えに行くって……どこへ?
話を着けるって……だれと?
絶体絶命の危機に陥りかけたその時、今度こそ救いの手が差し伸べられる。
扉をノックする音がした。来客だ。




