変化――2
「まあ、とにかく……この手の微調整系の技は、意外と練習いるからな。遊んでんじゃないぜ……暇潰しではあるけどよ」
説明はここまでと、切り上げてしまう。
カイは軽く肩を竦めて返してくるけれど……きちんと誤魔化せたのか、それとも批判する気が無くなったのかは不明だ。
「カイの方こそ、さっきから何してんだ?」
「私は……今までに起きたことを、書き記しています。昨日、市場で良さげな物も見つけましたし」
そう答えながらも、こちらに背表紙を見せてくれる。
予想よりも立派な装丁だった。
ノートだとか帳面などというよりも本、それも手書きの一品物といった印象を与える。つまりは正真正銘の手記になるのだろうか?
「なんだか意外だな……日記でも書く習慣があるのか?」
「想定外の長丁場になったので、細かな出来事は忘れてしまいそうで。これは……どこかその辺に保管させて下さい。私が持っていると……万が一の場合に無駄となりますし」
妙な言い回しをする。
そう感じながらも、流しかけて……危ういところで意味を理解できた。
カイが心配しているのは、万が一の場合……つまり自分が死んだ時のことだろう。
装備品なんかと同じように、アイテムとして持ち歩いたとする。
そうすれば勝手に見られることもないし、無くすこともないし、場所もとらない。
だが死んでしまった場合に、忘れ去られる可能性があった。
何を書き記したのかは知らないが、ある程度なら予想できなくもない。
本人も言うように、備忘録がメインではあるのだろう。
しかし、それだけではないはずだ。親やきょうだい、親類縁者、友人などへの――現実側で安否を気遣う人達への言葉もあると思う。いや、あって然るべきだ。
……物事の元凶である誰か――もしくは何か――への恨み言も、あるかもしれない。
そして万が一の場合、そのまま最後の言葉にすらなりかねなかった。
さらに考えたくはないけれど、この世界にいる全員が悲劇的な結末を迎える可能性もある。その時にはカイだけでなく俺達全員の顛末を、誰かに伝えるかもしれない。
しかし、せっかく書いた手記を、自分のアイテムとして仕舞い込んでいたら?
誰かがサルベージしない限り、存在すら知られぬままとなるかもしれない。
だが保管場所を『詰め所』にしておけば、俺や他のメンバーでも管理可能だ。……カイと一緒に、手の届かぬ何処かへ行ってしまうことがない。
「趣味が悪いぞ」と言い掛け、口を噤む。
麻痺してしまっている感はあるものの、現状は依然としてシビアだ。
死と隣りあわせといっても過言じゃない。俺達もカイを見習って、何か書き残しておいても良いぐらいだ。……まるで遺言みたいで、ぞっとしないけれど。
「いまさら奇妙な物の一つや二つ、増えても気にしないけどよ……俺は盗み読むぜ?」
「べつに構わないですよ? 読まれて困る内容ではありませんし。……それでも隊長の悪口には、もう少し力を入れておきましょう」
軽く冗談を言ったら、見事に嫌味で返された。
性格の悪さで勝てる気がしない。なぜ作戦立案に役立ててくれないのだろうか?
「なんだか解りませんけど……がんばって、カイさん! あと、俺も読んで良いっすか?」
能天気にリルフィーが会話に入ってきた。
最近になって察するという能力が芽生えだしたが、いかんせん幼稚園児レベルだ。多くは期待できない。
「リルフィーが読んで面白いことは無い! というかお前のことが書いてあったら、九十五割が悪口だ!」
「それじゃあ一冊まるまるが、俺の悪口じゃないっすか!」
真剣なクレームに、その場に居た全員から失笑が漏れた。
こんな風に狙って笑いを取れるのなら、リルフィーには『お笑い』の才能がある。
ただ、まあ……本物だからなぁ……。プロに言わせると『笑われる』と『笑わせる』には、天と地の開きがあるらしいし。
「だあっ! うっさい! それより! もう練習は良いのか?」
「バッチリですよ、タケルさん!」
目先を変えたら、すぐに食い付いてくるのは……素直というべきか、騙されやすいというべきか。
ただ、|握り拳から親指だけを立てるサイン《サムズアップ》で、自信満々な顔付きにはムッときた。
「はーん? 本当か? それじゃ、いくぞ? 最初はグー! ジャンケン、ポン!」
掛け声と共にジャンケンを仕掛けてみた。
不意討ちにも遅れることなく、見事に着いてくる。それに練習の成果も出ていた。
互いの手役は俺がグーで、奴はパー。俺の負けだ。
「勝った! パーで勝てた!」
「……基本はできるようになったみたいだな」
ここで褒めないのはフェアーじゃない。癪だが認めておくべきだろう。
「あの……先ほどから謎だったんですけど……なんでジャンケンの練習なんですか? ジャンケンって運否天賦の遊びですよね?」
不審そうというか……頭の弱い人間を見る目でカイが、訊ねてくる。
「もちろんだ。純粋に運を競うからこそ、ジャンケンはエクストリームなんだぜ? でも運ゲーにする為のテクニックも、習得しておく必要がある」
理路整然と説明してやったのに、ますます不審そうな顔になりやがった。
「なんだよ……カイも知らなかったのか? そんなんじゃ悪の『ジャンケン握り』に騙されても知らないぜ? 聞いたことはないか? 『最初はグー・必勝法』というのを? そこから生まれた……対『最初はグー・必勝法』があるんだよ」
『最初はグー』という方式は、非常に優れた機能を持つ。
それは対戦相手同士のタイミングをアジャストする――つまり不正タイミングで起きる『後だし』などを、簡単に抑止することだ。
やり方も簡単極まりない。
「最初はグー」と掛け声をかけながら、対戦者全員が手役のグーを出すだけ。
いわば練習、前哨戦だ。多少はタイミングがずれても構わない。目的は次のタイミングを周知することだからだ。
やってみれば判ることだが、意外とタイミング合わせなしでのジャンケンは難しい。
それまではタイミングの合わないことで――『後だし』で揉めたという。相手にバレない程度に遅れてだすのが、テクニックですらあったというから驚きだ。
とにかく『最初はグー』というシステムは、その簡単さもあって広く受け入れられた。
だが、定番になるにつれ……『最初はグー』の特性を利用した必勝法が編み出される。
それが『最初はグー・必勝法』だ。
『最初はグー』をした場合、全員が最初の手役はグーになっている。
当たり前のことだが、これがミソで……手役はグーのままか、グーから他へ変わるしかない。
相手の手役がグーのままならば、自分はパーを出せば勝てる。
グーから変わるのであれば、チョキかパーで確定だ。自分はチョキを出しておく。相手がパーなら勝ち、自分と同じチョキでも引き分けで済む。
この理屈が、とある有名な作品で説明されてしまった……らしい。たしか曾じいさんの時代のことだ。
もちろん相手の手は、ある程度素早く動かされる。見切る動体視力が必要だ。
しかし、その条件さえ満たしてしまえば、必勝の名に恥じない勝率を誇った。
そして仮想世界では――アバターでなら、必要十分な動体視力を確保できる。
あらゆるゲームは、必勝法の確立と共に廃れる定めだ。
なのにジャンケンは、終わらなかった!
対『最初はグー・必勝法』が編み出されたからだ。
『最初はグー・必勝法』は、非常に単純な理屈に拠っている。
それは最初の一回目が――タイミング合わせの一回目の手役が、グーに固定されていることだ。
すべての理屈はそこに立脚している。ならば崩すのは簡単なことで、最初の手役をグーにしなければいい。
ただ、なぜか『最初はグー』方式では、最初にグー以外を出すと負けと決まっている。つまり、単純にパーやチョキを出すのではダメだ。
そこで緩くグーを握る。
正拳を握るようにであり、決して親指は握りこまない。そして人差し指と中指は、指の根元から開いてしまう。ただし、第一関節と第二間接は開かない。
ポイントは伸ばせばすぐにチョキであり、ギリギリでグーの範疇に留まることだ。
感覚的に表現するのなら……グーとチョキとパーの中間点になる。
「これは『ベーシック握り』と呼ばれているテクだな。さらに『裏ベーシック握り』とかもあるけど……まあポイントは、ジャンケンには王道が無いってことだ。何か必勝法が生まれても、すぐにそれを破る方法は編み出されるし――」
そこまで説明したところで、全員が呆れていることに気付いた。
なんともショックなことに、アリサまでもが苦笑いをしている!




