MMOで遊ぼう!――13
MMOとジャンケンと聞くと、まるで関連性を見い出せないかもしれない。
だが、それは大きな勘違いだ。
日常生活を例に考えれば、すぐに理解できる。
平穏無事で、全く争いのない生活をしていたとしても……何かをジャンケンで決めたことはないだろうか?
最後に残った一口、先に何かを使う権利、負けたら全員に飲み物を奢る……色々なことを決めてきたはずだ。
もちろんMMOも例外ではない。
むしろ順番や貧乏くじを引く役など、何かを決定する場面は多いくらいだ。
そしてコイントスやサイコロ、当番制や交代制など……数え切れないほどの決め方がある。
しかし、最も定番なのはジャンケンだ。
曾じいさんの話よれば、遠くMMOの黎明期からジャンケンは愛されていたという。初期のMMOでは、ジャンケンするだけで一苦労なのにもかかわらずにだ。
とにかくジャンケンは、歴代のMMOで脈々と継承されてきた。現代になっても――VRMMOの時代へとなっても、何一つ変わらずにだ。
そして、それは『ジャンケン賭博』も受け継いだこと意味する!
『ジャンケン賭博』……それはコアなVRMMOプレイヤーなら必ず知ってる。
そのくらいメジャーな賭博といっても過言ではない。……その名を聞けば、眉を顰める者もいるだろうが。
といっても、難しいルールなど一切ない。
普通のジャンケンと同じ――グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つ、あの三竦みなルールのままだ。
賭け方もシンプル極まりない。
まず対戦者同士で同額を用意する。
対等の条件なら金貨一枚だろうと、数万枚だろうと……ギルドホール一軒だろうと問題にはされない。いや、当事者が納得していれば、不平等でも問題にはされなかった。
そして勝者の総取りであり、敗者には何も与えられない。
これが『ジャンケン賭博』のルールであり、全てだ。
細かなルールが追加されることもあるが、それらは全て蛇足にすぎない。
真にエクストリームな『ジャンケン握り』は、対等賭けの一発勝負しか認めないからだ。
たった一回のジャンケン勝敗に、眩暈のするような金額が賭けられてこそ……エクセレントな『ジャンケン賭博』というのではなかろうか?
「ダメです……タケルさん……ジャンケンに……ジャンケンに、そんな大金を賭けちゃ……負けたら……負けたら、また檜の棒生活が……」
「やっぱり……タケルさんは……ついてらっしゃる方が……」
なぜかリルフィーとアリサは、意味不明なことをブツブツ言い出してる。
そしてネリウムは見たこともないような鬼の形相で、俺の頬っぺたを抓っていた。
いつもは見ているだけで知らなかったのだが、思っていた以上に痛い。そして全く嬉しくない。
つまり、俺は上級者じゃなく、その素養も無かったらしい!
……なんと心が安らぐ事実であることか。
しかし、なんでネリウムに怒られなきゃいかんのだろうか?
さらに――
「意外! それは不意討ちのリー×タケ!」
「なんども言っている! タケ×リーが正義だと!」
「……掟破りの……正式カップリングから! ……だが、それがいい!」
などと、姉さん方は意味不明な雄叫びを上げるし!
「だぁーっ! 皆、落ち着いて! エントリーフィー総取りのジャンケン大会がある。そういうことですね?」
場は混沌となり過ぎてて、個別にツッコんで回れそうもない。一まとめに済ますしかなかった。
「その通り! 参加料は一人につき金貨百枚だから……参加者が百人になったら、賞金は金貨一万枚さ!」
「ふふ……滾るよね、『ツゥハンド』?」
欲を言えば一対一、それも互いに大金を賭けるのが最も熱い。
ただ、大勝負をしようにも、いまは相手を探すだけで一苦労だ。さらに、そこまでお気楽な――無一文になっても構わないような状況でもない。
ここは健全な大会で済ました方が無難だろう。
それでも勝てば金貨一万枚獲得の計算で、まあまあ刺激的には感じる。
「ということだ、リルフィー! 今回は賭けたくても賭けようがない。エントリーフィーで――参加料で金貨百枚いるけど、今日一日の遊興費としては安いものだろうが!」
「えー……でも……どのみち勝てなきゃ……」
しかし、なおもリルフィーはぐずった。
毎度のこととはいえ、この火の着き難いところはいただけない。ただ、俺の方でも対処には慣れている。
「なにを言ってんだよ……ここはチャンスだろ? 一山当てて、それこそ『ヒールオール』を買ってやるぐらいの、甲斐性ってやつを見せてやれよ?」
リルフィーの肩へ手を回し、耳元で囁きかける。
これで陥落だ。他愛も無いというか……付き合いが長い分、お互いに弱点はお見通しというべきか。
……また姉さん方が歓声を上げる。
なんでなんだ? 意味が判らないし、気になるが――
それよりも先に対処する問題が迫っていた。
ネリウムだ。再び俺の頬っぺを抓ろうと腕を伸ばしてるところへ、語りかけて止める。
「『のびのび君・一号』のことですけど……ちゃんと代金さえ払ってくれれば、正式にお譲りしますよ?」
「えっ? あ、あれは……そういう意図では……ちょっとリーくんを懲らしめるためで……それに、いまは手元不如意といいますか……」
などと、言い訳を口にしだす。……少し珍しい光景だ。
それにネリウムらしくない隙でもあった。
対話に応じるのなら、誑かせる可能性も生まれる。
「なにを水臭いことを。もう付き合いも……このゲームのテストプレイの頃から、ずっとじゃないですか? 欲しいなら、欲しいといってくれればお譲りしますし……代金だって気長に待ちます」
「いえ……でも……そのように甘えるのは、良くないと言うか――」
なおもネリウムはがんばる様子だが、今日のところは俺の勝ちだろう。
「まあ、気になるのなら、支払いをしちまえば良いんですよ。金貨一万枚もあれば、お釣りがくるとは言えませんが……大半は賄えるかと」
なにかモゴモゴといっているが、これで陥落だろう。そして――
「というわけで、アリサ! 今日は皆で『ジャンケン大会』に参加して遊ぼう!」
口をあんぐりと開けたままだったアリサにも、話を持ちかける。
「へっ? いえ、私はっ! その……ルールとか知りませんし――」
「あー……ようするに、ごく普通のジャンケンだよ。そもそも誰もがルールを知ってて、特別な道具も要らなくて……GMにも発見されにくいからの、『ジャンケン賭博』なんだぜ?」
などと説明しながらも、少し悲しくなってしまった。
いまみたいに大っぴらにゲームや賭博などの大会が行われるのは、MMOとして常の姿ではない。
こんなことを始めたら、GM介入必至の大騒ぎになるのは確実だ。首謀者のBAN処分すらあり得る。
だが、肝心のGMは姿すら見せやしない。
……どこで何をしているんだ? この非常時に?
「でも、お金を賭ける……のですよね?」
「あまり堅苦しく考えなくても、ただの遊び――他愛もない遊びだな。今日は楽しむことにしたんだから、一生懸命に遊ばないと!」
そう答えながら、自分にも言い聞かせてる気分になった。
現状は糞で最悪だ。先の見通しも利かない。依然としてシビアでもある。
だからといって、嘆いていても話は始まらない。必要なのは行動だ。
それと同時に、煮詰まり過ぎないこともだろう。
程度問題はあろうが、やはり息抜きは重要だ。今日一日ぐらい、楽しんでも罰はあたらない。そして何よりも――
俺達の休暇は、まだ始まったばかりだ!
今日ぐらいは羽目を外す!
いままで溜めてしまったストレスを、全部溶けきらせる勢いで遊ぶのだ!




