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『不落の砦』――6

「最初にお伺いしたいのですが……タケル様は『基本溶液』を……いかほどでお買い付けなさるおつもりなのです?」

「『基本溶液』? なんの話なの? これから狩るのは『ゴブリン』だよ、リリー? スライムシリーズじゃない」

 秋桜は不思議そうだ。まあ、すぐにそこまで考えられたリリーの方が凄いか。

「買い付けまでするか決めてないが……基本、投売りされたのを押さえるだけの予定だ。買い付けをするにしても、一つ金貨九枚か十枚を考えていたな。お前らは買い叩くつもりなのか?」

「そうですか。ならば私共も合わせましょう。十枚では甘く見られるでしょうから、九枚でどうでしょうか?」

 意外な要請がなされる。

 価格協定を持ちかけてくるのは予想通りだったが……ほとんど適正価格で承諾するとは思わなかった。

「タケル達が九枚か十枚なんだろ? それじゃ、私達は十一枚だ! ふふ……負けないからな!」

 秋桜はよく意味の解からない主張をした。

 それだと買うたびに金貨一枚の損になるが……いいのか?

「お姉さま! ……仮に『基本溶液』一万個を商ったとしても、価格差一枚でたったの金貨一万枚にしかなりません。被る悪評とつり合わないではありませんか! それに目端の利くものが、相場の乱高下に相乗りしてくるはずです。そちらの方も考えねばなりません」

 リリーは秋桜を叱るが……興味深い見解だった。

 対価としての悪評につり合わないというのは、俺も同意見だ。

 しかし、他のプレイヤーの動きまでは考慮してなかった。戻ると確定している相場の暴落だ。目端の利くものなら相乗りしてくるだろう。

 他人の得点は自分の失点と同意義でもある。

 むしろ、積極的に適正価格で買い付けることで、暴落を最小限に抑えに回った方が良いかもしれない。不特定で目に見えない多くの相手を儲けさせないで済むし、買い叩きに回った場合の悪評も避けれる。

 やはり、リリーは油断できない相手だ。

 メタゲームの分野では、完全に上回られている気がする。

「先に俺からの提案……というより、要求だ。何か土産をよこせ。無ければこの話はご破算にするしかないな……持って帰っても反対される」

 ある程度の裁量は貰っているし、実質的に俺達がやる事は『引き役』のルート変更、封鎖範囲の変更だけだ。反対まではされないだろう。

 だが、このまま交渉を締結したら……「いきなり襲撃されたから交渉に行ったものの、相手の提案をほぼ丸呑みして帰ってきました」となる。

 完全に子供の使いだ。

 俺はメンツに拘らない方だが……『RSS騎士団』としては顔が立たない。ハンバルテウスあたりが知ったら、大騒ぎすることだろう。『不落の砦』との消極的協力ですら問題視しそうなのに。

 リリーは難しい顔で考え込んでしまった。まさか、考慮してなかったのか?

「なんだよ、お土産とか……横暴だぞ! タケルはどこぞのガキ大将なのか?  ……あっ! 『コボルト・スレイ』のことだろ? あれは駄目だぞ! タケルは違うの持っているんだから、それで我慢するべきだ! 独り占めはずるい!」

 秋桜の方が大騒ぎしだした。

 それに『コボルト・スレイ』のことを蒸し返してくるとは。お前らに競り負けたせいで、うちは一つも確保できなかったんだぞ!

 煮え湯を飲まされたことを思い出したが……いくら俺でもそこまで強欲ではない。この程度の事情で要求できるものか。

 だが、意外にもリリーは承諾してきた。

「タケル様のお顔を潰すつもりはありませんでした。こちらから『コボルト・スレイ』の『タレント』を差し出しましょう」

「なっ……! リリー! それはやりすぎだぞ! ギルドマスターとして許可できない! ……確かにタケルはけちんぼだ! わからずやだ! にぶちんだ! でも、悪い奴じゃないんだぞ!」

 ……俺、秋桜に嫌われてるのかな。

 しかし、俺の立場では……止めるのは筋違いだ。かといって、こんな展開も気に入らない。どうしたものかと考えていると――

「もちろん、お釣りはいただきます。タケル様たちは『ゴブリン・スレイ』もお持ちでしたわね? 『コボルト・スレイ』と『ゴブリン・スレイ』の交換に……他になにか一つ、ちょっとしたサービスをしていただけません?」

 かなり現実的な条件を言ってきた。

 『コボルト』はクエストが関係する分だけ倒す機会が多い。同じ『スレイ』の『タレント』であっても、『コボルト・スレイ』の方が有用で価値は上だ。それでいながら序盤で用済みになるアイテムに過ぎないから、深刻な遺恨なども残らないだろう。

 なぜ、俺達が『ゴブリン・スレイ』を所有しているのを、知っているのかは気になるが……まあ、妥当にも思える。

「……そうだな……俺への貸しを一つオマケでどうだ?」

「ご冗談を……」

 即答で断りやがった!

 これなら口先で誤魔化すことも可能で、楽チンだったのに。

「……『鋼』グレードのレシピ一つ……それも『剣』が良いですわ。『ノーマルソード』、『バスタードソード』、『グレートソード』……種類はどれでも結構です。それでいかが?」

 ……なにが「ちょっとしたサービス」だ! 露骨に探りにきやがった。

 『それは都合が悪い』『使っているから駄目』『余分は無い』……なんと答えてもヒントになってしまいそうだ。

「……他の物にしろ」

「『剣』以外のレシピでも結構ですのよ? ……レシピがお嫌でしたら……『中級鍛冶道具』なんていかが?」

「他の物にしろ!」

 それで……なぜか……リリーは押し黙ってしまった。

 上目遣いで俺を見たままだし、目は少し潤んでいるし……もしかして、いまのやり取りで泣かせてしまったのか? そんな馬鹿な!

 だが、何かを言おうとしては躊躇い……唇を開いては躊躇い……潤む瞳に見つめられて……とても視線が外せそうもない!

 俺は――秋桜もだ! ――魅入られたかのように息を呑むしかなかった。

「タケル様――」

 やめろ! そんな風に見るんじゃない!

 俺には心に決めた(ひと)と、待たせている(ひと)がっ――

「――『錬金術』ですわね?」

 危うかった。

 思わず肯いてしまうところだった。

 だが、俺は堪えた。肯くまいとしすぎて、反動で首を仰け反らしたが……肯きはしなかった!

 リリーはニンマリと会心の笑み――実に邪悪な笑いだ! ――をしているが……俺は肯かなかった! 誰も裏切らなかった!

「す、凄い……」

 顔を真っ赤にした秋桜が呟く。

 やめろ! お前が顔を真っ赤にするようなことは、何も起きていない!

 ……そう、何も起きていないのだから……このことは誰にも言わないで良いだろう。

「さあ、タケル様! 取引と境界線の決定をしてしまいしょう。私、『錬金道具』の手配など……色々と雑用ができてしまいました」

 しれっとした顔でリリーが急かしてくる。

「……お釣りを取り過ぎとは思わないのか?」

 精一杯の抗議に、リリーは可愛らしく小首を傾げた。そして――

「そうかもしれませんわね。それでは、その分は……『私共への貸しを一つ』でいかがでしょう?」

 と言って、悪戯っ子のように笑った。

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