MMOで遊ぼう!――9
情報部のメンバーは賭け事禁止などと、お行儀の良いことを言い出すつもりは毛頭ない。揉め事にならない範囲なら、好きにしてくれて良かった。
それにハイセンツが、はしゃぎ過ぎていている訳でもない。
やや騒いでる感はあるし、多少の注目を浴びてはいた。それでも許容範囲に収まっていると思う。
頭痛の種になりそうなのは、一緒になって遊んでいるタミィラスさんの方だ。
珍しく師匠のガイアさんや、『組合』のメンバーとも離れての単独行動らしい。……もしかしてハイセンツに合わせたのか?
二人で『大小』を競うように遊んでいるみたいなのだが……軽い口喧嘩でもしてるのかと勘違いしそうな賑やかさだ。
その喧騒の中、なんとハイセンツの奴は、タミィラスさんへ頻繁に口答えをしている!
俺の知る限り、そこまで勇気のある漢はいなかった。
……どうしよう?
一応、俺はハイセンツの先輩役だ。このMMOや『RSS騎士団』に上手く馴染めるよう、配慮する責務がある。
それに『鑑定士』と呼ばれたこともあった。
タミィラスさんのアバターが、非常に高度な芸術作品であることは……教えておくべきか?
この一件は、いつも俺を悩ませる。万が一にでも奴が奇跡的な機転を利かせ、『鑑定士』としての俺に相談してきたら……どうすればいいんだ? 何と答えても、どちらかに角が立ってしまう。
……保身ばかりを考えるのは卑怯か。
それはあまりにも人情に欠ける。ハイセンツは四又の四又目に掛けられるという、実に無残な捨てられ方をしたばかりだ。
ここでタミィラスさんに弄ばれたら、立ち直るのに長く時間が掛かるかもしれない。
いや、そもそも栄えある『RSS騎士団』の一員だ。
休暇中に超美人とチャラチャラ遊ぶなどという、リア充じみたことは好ましくない。タミィラスさん相手にでも堂々と言い返すことで、ハイセンツはもの凄く漢を上げてる感はあるが……とにかくそうだろう。
……何とも悩ましい。
しかし、ここは『神の一手』を継続するしかなさそうだ。そう結論付け、俺は――
何も見なかったことにし、そっとハイセンツを視界から締め出した。
男を売る稼業の厳しさに耐えている間にも、三人は物珍しそうに『大小』を眺めている。
お客が次々と自分の予想に賭けてるだけだが、それだけでも吃驚するような出来事らしい。多少は免疫のある俺にしてみれば、なんとも微笑ましい感じだ。
……リルフィーの奴は、似たようなのを経験済みのはずなんだが。
「これは……どのように賭ければ良いので?」
「サイコロが三つだから……チンチロリンの親戚なのかなぁ?」
リルフィーとネリウムは、そんなのんびりした会話をしている。
アリサに目で「遊ばないのか?」と訊ねてみれば、もの凄い驚いた顔で手を振って断られた。……育ちの良いところがあるから、ギャンブルなんて慮外のことかもしれない。
「これはチンチロリンとは違うぜ。サイコロを振るのは胴元側――ディーラーだけ。カジノになんかにあるルーレットの方が親戚で、基本的には三つのサイコロの合計値を当てる遊びだ」
実際、賭け方がやや理解しにくいだけで、『大小』は単純なギャンブルに分類される。
ただ、ネリウムは理解した徴に首を何度も肯いて返してくるが……リルフィーの方は解ってなさそうだ。
アリサの方は……理解する気があるのかすら、疑わしかった。
ニコニコ笑っているが、おそらく自分では賭けそうもない。まあ、それでも楽しそうにしているから、無理強いするようなこともないのか?
このゲームを始めて以来、女の子は謎になる一方だ。一生理解できないような気すらする。
「で、合計値は四から十七――テーブルにも、対応した賭ける場所があるだろ? 倍率も書いてある。合計値が十なら六倍とか、四なら五十倍とかな。大と小は……大なら十一から十七までだったら当り。小は四から十まで。配当は二倍。だから『大小』って呼ばれてるらしい」
「ふむふむ……しかし、それでは三と十八が出たらどうするのです?」
ネリウムがそんな質問をしてくるが、実に敏い。
それが疑問に思えたのなら、そうそうギャンブルで騙されたりはしない……かな?
「三つとも同じ出目だったら――ゾロ目だったら、『ルーレット』の0と同じで親の総取り。ゾロ目に賭けとかないと配当金は貰えない」
驚いたことに、その説明だけでネリウムは深く肯いた。
これで理解できるのなら、控除率などの説明も省いて良いかもしれない。
意外とゲーマーはギャンブルとの相性が良かったりする。基本が出来ている証拠だと思うが……リルフィーの顔には、「解ってません」と書いてあった。
「やってれば、そのうち解る。そんなに難しくない。リルフィー! 金を出せ!」
「な、なんなんですか、唐突に!」
リルフィーは文句を言いつつも、金貨を取り出した。
その簡単さに、少し不安にもなるが……まあ、日頃の信頼関係の賜物だろう。
一掴みほど、手近だった『小』へ賭ける。
「あっー! な、なにするんですか!」
「うるさい! これで『小』――サイコロの合計値が十以下なら大当たりだ! でも、一の目が三つの一ゾロ、二の目が三つの二ゾロ、三の目が三つの三ゾロは、合計値が十以下だけどハズレってことだ。解ったか?」
一瞬、リルフィーは納得しそうになった。
だが、すぐに我に返り、金貨を取り戻そうと動き出す。
……驚いたことに、少し成長してやがる!
「酷いっすよ! これノーカンっす! 違いますから!」
「おっと、リー君! いったん賭けたら、動かしちゃ駄目なんだせ?」
だが、姉さん方に怒られてしまう。
諦めの悪い手を窘めるように、細長い竹の棒で叩かれもしている。往生際の悪い奴だ。
「しかし、まあ……よく閃いたというか……『大小』なんてやる気に――」
そこまで言いかけて、愚問であることに気付いた。
まず、これはギャンブル必勝法の一つだ。
それは主催者側――胴元となることに他ならない。『ルーレット』や『大小』などは計算上、お客がどのように賭けても必ず胴元が勝つようにできている。
悪魔にでも魅入られない限り、まず儲かるし……最悪の危機には、もう一つの必勝法を導入すれば万全だ。
そして『大小』を選んだのも、容易に推察できた。
これならサイコロを三つ用意すれば開催可能だ。大袈裟なホイールが必須の『ルーレット』と比べたら、段違いの手軽さだろう。
俺が初めて『大小』を見たのは、別のMMOでの話だが……やはり選考理由は、準備の簡単さが決め手だったらしい。
そして楽に準備できるわりに、『ルーレット』と同様な間口の広さがある。
リルフィーは理解に時間が掛かったし、アリサに至っては興味が無いようだが……普通は数回も見れば理解可能だ。
『聖喪』らしい方法には思えなかったが、勝利は約束されている。胴元になるのは、おかしな話でもなかった。
そう思って途中で話すのを止めたのだが――
「いやー……ウチも係わり合いになりたくなかったんだけどさぁ……泣きつかれちゃって」
と、思いもよらない答えが返ってきた。どういうことだ?




