MMOで遊ぼう!――8
まず膝丈ぐらいの高さのテーブルが目を惹く。
その上に銀色をした半球状の物品が置いてあった。
まるでクロッシュ――フランス料理などで、皿に被せる保温用の被い――にそっくりだ。……もしかして流用したのか?
さらに人だかりもできていて、遠く目には何かの露店のようにも見える。
「あれは……俺の予想が正しければ『大小』だと思う」
一応は答えたものの、数えるほどしか見たことがない。もう少し近くで見なければ、断定は難しかった。
説明を聞いた三人は不思議そうだ。言葉が足りなかったらしい。
代表するかのように、ネリウムが質してくる。
「『大小』?ですか。それを……売っているので?」
「売っている? 売っているといえば、売っているのかな? でも、物じゃ――アイテムじゃなくて、サービスというか……あれはゲームで……運試しを売っているんです」
この説明に納得したのは、リルフィーだけだった。
まだ色々なことを――特にMMOの暗部を知らないアリサは、とても驚いている。思い掛けないことに、ネリウムもだ。
それなりにキャリアのあるネリウムが知らなかったのは、少し意外ではあった。
ただ、その気にならなければ、なかなか窺い知れない。その機会に恵まれなかったのか?
実はネットゲーム業界では創成期の頃から、職業的犯罪者の関与が警戒されている。
大きな理由の一つは資金洗浄――マネーロンダリングに利用できるからだ。
MMOに限らず、ネットゲームはゲーム内通貨を設定していることが多い。
その通貨はRMT――リアルマネートレードで売買されている。
これは運営が禁止していようと、プレイヤー間でマナー違反とされていようと……事実として受け止めなくてはならない。
そして取り扱う業者は、色々な方法でゲーム内通貨を集める。
人を雇って集めさせることもあるだろうし、一般プレイヤーから直接買うこともあるだろう。
また売る時にだって、実に多彩な方法でトレードを――集金を成立させる……らしい。
しかし、どの方法を取ろうとも、公的には無かった経済活動となる。
ようするに帳簿も要らず、納税の必要もなく……全体的な金銭の流れなど、容易には把握できないものになってしまう。
裏社会の住人にすれば、絶好の隠れ蓑だ。
……そもそもRMTというアングラな商売からにして、かなり早い段階で職業的犯罪者の経営になっている。
それと関わりの深い問題点が、ゲーム内での賭博だ。
仮に賭けの勝敗に従って、ゲーム内通貨をプレイヤー同士がやり取りしたとする。
道徳的な考え方を脇へおけば、ほとんどの者は何の問題も感じないだろう。
結局のところ……MMO内で賭博をして、やはりゲームのお金を――ようするに玩具のお金をやり取りしたに過ぎない。普通の人はそう考える。
しかし、それでは済まない。
プレイヤーが知らなかろうが、運営がRMT撲滅に日夜努力していようが……ゲーム内通貨は金品と見做されている。金品を賭けて賭博をすれば、それは立派な犯罪だ。
なのにネット上では、非常に発覚しにくい。
その事実は、ギャンブルで生計を立てる犯罪者を招きよせる。
特有の問題点もあるが、収益はそのままマネーロンダリングできるオマケ付きだ。安全な隠れ家として寄生されてしまうのも、珍しくないらしい。
この構図を知っている運営は、神経質なまでにMMO内で行われる賭博を警戒している。
大手ギルドによる宝くじ販売など定番だし、トトカルチョ程度なら黙認するかもしれない。
だが、あからさまなギャンブルは――玄人が遊ぶようなのは駄目だ。どこの運営でも、待ったを掛けにくる。
そもそも歓迎してないMMO内での遊びなのに、違法性まである賭博だ。当然といえば当然のことだろう。
とにかく、もっと近くで確認してみよう。
そう結論付けて問題のテーブルへ向かってみると、さらに面食らうこととなった。
行われていたのは予想通りに『大小』で、テーブルは専用の独特なレイアウトになっている。
しかし、それに驚かさせられたのではない。
実に意外なことに、『聖喪』の姉さん方がディーラーをやってらっしゃったのだ。雰囲気を出すためか、チャイナ服姿を披露の大サービスまでしている。
そして、ちょうど例のクロッシュを持ち上げる瞬間だった。
想像通りに、中には三個のサイコロがある。
出目を見た客は一斉に溜息を漏らしたり、歓声を上げたりした。
それを尻目に『聖喪』の姉さん方は、次々とテーブルに置かれていた金貨を回収してしまう。残念ながら予想を外してしまった客の分なはずだ。
その一方で、金貨をいくつかの場所に置いていく。おそらく見事に的中した客への配当金だ。
「おや? タケルも遊びに来たのかい?」
「『ツゥハンド』なら大歓迎だよ。楽しんでいっておくれ」
「……大幹部らしく……豪快に負けてけ、タケル」
俺達に気付いた姉さん方から、歓迎の言葉を貰えた。
だが、あまりの展開に少し思考停止してしまう。すぐには言葉が出ない。
「遊ぶ……かどうかは判りませんが……その御召物、お似合いですよ」
「ええ、本当に……かっこ良いです!」
アリサとネリウムは同性の気安さからか、姉さん方の服装を誉めそやす。
なかなか気付けないことだが、チャイナドレスは女性にも人気がある。
コスチュームプレイは蛇蝎の如く嫌うのに、仮装ならOKなのは謎だが……とにかくそうだ。褒められた姉さん方は気を良くしている。
まあ会話の潤滑油にはなるか? 二人がいて助かった。しかし、タケルも?
疑問に思ってよく見てみれば、団長直属部隊のメンバーが客に混じっていた。
向こうも俺に気付き、「遊んでいたら、まずいか?」とばかりに目で問いかけられる。
すかさず「気にしないで下さい」とばかりに、愛想笑いで手を振って返しておく。
実際、問題ないはずだ。
道徳的な面からは、俺がとやかく言うことじゃない。
そしてオフでの個人行動に、口を挟みたくなかった。……ハンバルテウスなら威厳がどうの、風紀がこうのと言ったかもしれないが。
トラブルに巻き込まれたりが心配にはなるが、その時はその時だ。
あらゆることを想定しすぎたら、身動きが取れなくなってしまう。また、困った時に助け合うからこそ、群れている――仲間でいる意味がある。
だから団員が遊んでいても、問題には感じなかった。
厄介ごとの気配を感じさせたのは……目の前で大騒ぎをしているハイセンツの方だ。




